379)オピオイド増殖因子と低用量ナルトレキソン療法と膵臓がん

図:オピオイド(オピウム類縁物質、モルヒネ様物質)にはアヘンアルカロイド(モルヒネなど)と内因性オピオイド(ベータ・エンドルフィンやエンケファリンなど)があり、細胞のオピオイド受容体に結合して作用を発揮する。これらのオピオイドは通常のオピオイド受容体(δ、κ、μ)を介して鎮痛作用や多幸感や免疫調節作用を発揮する。内因性オピオイドのうち、メチオニン・エンケファリンはオピオイド増殖因子とも呼ばれ、様々な組織やがん細胞において細胞増殖を抑制する作用を持つ。オピオイド増殖因子(=メチオニン・エンケファリン)やオピオイド増殖因子受容体を増やす方法として低用量ナルトレキソン療法がある。メチオニン・エンケファリンを点滴で投与するがん治療の臨床試験も行われており、有効性が示されている。

379)オピオイド増殖因子と低用量ナルトレキソン療法と膵臓がん

【オピオイド増殖因子による膵臓がんの治療】
膵臓がんは難治性がんの代表です。ステージI(がんが2cm以内で膵臓内にとどまり、リンパ節転移の無いもの)にように早期の段階で見つかって手術を受けた場合は、50%前後の5年生存率が報告されていますが、このような早期の症例は膵臓がん全体の1割以下です。
ある程度進行して見つかると、切除できても5年生存率は10%程度です。
腰痛や体重減少などがんによる症状がでてから見つかった場合には、5年生存率は5%以下と極めて悪い成績が報告されています。(158話参照)。しかも、膵臓がんは増えています(350話参照)。
そこで、膵臓がんの治療成績を高める方法の研究が求められています。
がんの代替医療でも、膵臓がんの治療成績を高める様々な治療法が試されています。
このような膵臓がんの代替医療の一つとして「オピオイド増殖因子」があります。
以下のような論文があります。

Opioid growth factor improves clinical benefit and survival in patients with advanced pancreatic cancer.(オピオイド増殖因子は進行した膵臓がん患者の臨床的利益と生存率を高める)Open Access J Clin Trials. 2010(2):37-48.2010年
【要旨】
研究の背景:膵臓がんは消化器系悪性腫瘍の中で最も予後が悪い。がん細胞が膵臓に限局せずに他の臓器や組織に広がると抗がん剤治療が主な治療法となるが、膵臓がんに対して抗がん剤治療は生存率を高める効果は乏しい。
目的:オピオイド増殖因子(OGF;メチオニン-エンケファリン)は生体内に存在するペプチドで培養細胞やヌードマウスに腫瘍を移植する実験系において、膵臓がん細胞の増殖を阻害する作用が示されている。この研究の目的は、抗がん剤抵抗性になった進行性の膵臓がん患者に対するOGF治療の有効性を評価することである。
方法:この前向き第2相の非盲検臨床試験(prospective phase II open-labeled clinical trial)では、標準的な抗がん剤治療に耐性になった進行した膵臓がん患者24例を対象にして、OGFを250μg/kgの用量で週1回の点滴投与を行った。
臨床的利益、画像検査による腫瘍の縮小、生活の質、生存率などを評価した。
結果:今までの研究では、臨床症状の改善率(clinical benefit response)はジェムシタビン治療では23.8%、5-フルオロウラシル(5-FU)では4.8%であったが、OGF治療では53%の患者に臨床的改善が認められた。
OGF投与を8週間以上受けたものは、CT検査で腫瘍の縮小あるいは安定(不変)が62%で認められた。OGF治療を受けた患者の生存期間中央値(median survival time)は65.5日で無治療の生存期間中央値(21日)の3倍であった。血液検査での検討では、副作用は認めず、生活の質の改善も認められた。
結論:膵臓がん患者に対してOGF治療は臨床的利益を高め、生存期間を延ばす効果がある。OGFによって患者の生活の質が悪化することもない。膵臓がんの早期の段階からのOGF治療の開始や他の抗がん剤治療との併用は、さらに有効性を高める可能性が示唆された。

注:
この臨床試験では、手術不能で抗がん剤治療に耐性になった24例の進行膵臓がん患者(男性12名、女性12名)がOGFの点滴治療を受けています。23例は遠隔臓器は腹膜播種のあるステージ4で、1例は転移は認めませんが、腫瘍が動脈を巻き込み大きいため切除不能の患者です。いずれもゲムシタビンを主体にした抗がん剤治療を受け、効果が認められなくなった段階で試験に参加しています。
生存率の比較に使用された対照は同様の進行状況(除外基準を一致、平均年齢は同じ)で、ホスピスに入院して緩和ケア以外の治療を受けていない患者166名です。
体重1kg当たり250 µgのOGFを50mlの生理食塩水に溶かして45分以上かけて点滴しています。1週間に1回の投与です。
この論文で使用されている臨床的利益(Clinical benefit)というのは、患者の疼痛と全身状態(日常の生活活動のレベル)と体重減少の程度の3つで評価した臨床症状の改善の有無と度合いです。
進行した膵臓がん患者さんは、病気が進行すると痛みと体重減少が強くなり、日常の生活活動レベル(Karnofsky performance statusで評価)も低下していきます。腫瘍の縮小がみられなくても、これらの症状に改善がみられれば、有用性があるということになります。
膵臓がんの場合、この3つの指標(疼痛、体重、パフォーマンス・ステータス)のうち1つ以上の改善が4週間以上続き、他の指標の悪化を認めないときに臨床的利益があると評価します。(J Clin Oncol 15(6): 2403-13, 1997)
その他の指標には、奏功率(腫瘍が縮小する率)、無増悪生存期間、生存期間などが使われます。生存期間の延長ががん治療における最も重要な目標になるのですが、腫瘍の縮小や生存期間の延長が達成できなくても、痛みや体重や生活活動レベルにおいて改善が得られれば、その治療は有効だという評価になります。
過去の論文(J Clin Oncol 15(6): 2403-13, 1997)で、膵臓がん患者における臨床症状の改善率(clinical benefit response)はジェムシタビン治療が23.8%で5-FU治療が4.8%と報告されています。この論文の結果と比較して、オピオイド増殖因子での治療による臨床症状改善率が53%であったという報告です。
臨床症状の改善率は対照比較試験ではなく過去の成績との比較なので、本当に有効性が高いかどうかは二重盲検試験で結果がでるまでは何とも言えません。
(ただし、過去の論文の数値は抗がん剤治療を開始した症例での検討であるため、このOGF治療の対象となった患者よりも早い段階の患者です。末期がんの状態で臨床的利益を53%で認めたOGF治療は、抗がん剤耐性になる前に開始すればもっと臨床的利益が出る確率は高いという推論は成り立ちます。論文ではそのような考察がなされています。)
進行膵臓がんで無治療の場合との比較では、生存期間中央値で約3倍(65.5日 vs 21日)の延長が認められています。8週間以上治療を継続できた13名では、62%(13例中8例)で腫瘍の縮小(部分奏功3例)と腫瘍安定(5例)が認められています。生存期間が225日以上はホスピス群が2.4%に対してOGF群では17%でした。
この論文のfigure 3の生存曲線が以下です。

図:実線がホスピスに入院して無治療の患者、点線がOGF(オピオイド増殖因子)の治療を受けた患者の生存率。(Open Access J Clin Trials. 2010(2): 37–48. 2010年の論文のFig.3)

膵臓がんの抗がん剤治療にはジェムシタビン(ジェムザール)とTS-1が使用され、この治療法が優先されるので、抗がん剤治療をまだ受けていない患者での検討はFDA(米国食品医薬品局)が許可していないので、抗がん剤治療が使えなくなった進行がんでの検討しかできないと記載されています。また、このような進行がんの患者さんにプラセボを使う二重盲検試験は倫理的にできないので、オープン試験(非盲検試験)で実施せざるを得ないという事情もあるようです。
ただし、動物実験では、OGF単独でジェムシタビンよりも高い抗腫瘍効果が報告されており、またジェムシタビンとOGFとの併用で相乗効果が認められています。
OGFによる副作用もほとんど問題ないレベルです。OGFはもともと体が持っている成分で、通常の抗がん剤のような正常細胞に対する毒性は皆無だと言えます。
メチオニン・エンケファリンを点滴で投与する臨床試験は1980年代から行われています。
健常人やがん患者やAIDS患者を対象に免疫系に対する作用が検討されています。この臨床試験では体重1kg当たり10~50μgのメチオニン・エンケファリンを点滴で週に1回投与しています。その結果、ナチュラルキラー(NK)細胞やTリンパ球の活性が顕著に亢進したという結果が得られています。副作用はほとんど認められていません。(Mem.Inst.Oswaldo Cruz, Rio de Janeiro, Vol 82, Suppl. II: 67-73, 1987)  

【オピオイドにはがん細胞の増殖を抑制する作用がある】
前述の膵臓がんの臨床試験はペンシルベニア州立大学医学部で実施されています。オピオイド増殖因子の抗がん作用の研究の多くはこのグループからの報告ですが、それはオピオイド増殖因子の抗がん作用を最初に見つけたからです。
オピオイド(Opioid)とは「オピウム類縁物質」という意味で、オピウム(opium)アヘン(阿片)の英語名です。アヘンはケシ(芥子)の未熟果から得られる液汁を乾燥させたもので、モルヒネやコデインなどの麻薬を含みます。モルヒネやオキシコドンなどの麻薬性鎮痛薬をオピオイド鎮痛薬と言います。
モルヒネなどのアヘンアルカロイドが結合する細胞の受容体(オピオイド受容体)が1973年に発見され、このオピオイド受容体に作用する内因性の物質としてエンケファリンやベータ・エンドルフィンなどの内因性オピオイドが多数発見されました。
すなわち、内因性オピオイドとオピオイド受容体は体の苦痛を和らげるために体内にもともと存在し、モルヒネなどの麻薬はオピオイド受容体に結合することで、鎮痛作用や快感をもたらしていたのです。(下図)

図:オピオイドとオピオイド受容体の関係。オピオイド(オピウム類縁物質)にはアヘンアルカロイド(モルヒネなど)と内因性オピオイド(ベータ・エンドルフィンやエンケファリンなど)があり細胞のオピオイド受容体(δ、κ、μ)に結合して作用を発揮する。内因性オピオイドは中枢神経系に作用して鎮痛作用や多幸感を引き起こし、脳内の報酬系にも関与しているので、脳内麻薬とも呼ばれている。

モルヒネなどの外来性のオピオイドはアルカロイドという化合物ですが、内因性オピオイドはアミノ酸が数個から数十個つながったペプチドで、作用する受容体の違いによってエンドルフィン類エンケファリン類ダイノルフィン類に分類されます。
内因性オピオイドは神経系に対する作用だけでなく、免疫細胞の働きの調節やがん細胞の増殖を抑制する作用も知られています。内因性オピオイドのうち、メチオニン・エンケファリンにがん細胞の増殖を抑制する作用が見つかっています。
オピオイドの抗腫瘍効果を研究していたペンシルバニア州立大学のイアン・ザゴン(Ian Zagon)博士らは、マウスに神経芽細胞腫を移植した動物実験で、オピオイド受容体を持続的に阻害する高用量のナルトレキソンを投与すると腫瘍の増殖が促進され、オピオイド受容体を1日4~6時間だけ断続的に阻害する低用量のナルトレキソンを投与すると腫瘍の増殖が著明に抑制される現象を発見し1983年に報告しています。この研究はサイエンス(Science)という雑誌に報告されています。(ScienceはNatureと並んでレベルの高い雑誌なので、この発見は非常に重要だということです)
この論文の要旨の日本語訳を以下に記載します。 

Naltrexone modulates tumor response in mice with neuroblastoma.(ナルトレキソンはマウスにおける神経芽細胞腫の増殖に影響する)Science, 221(4611): 671-3, 1983
【要旨】
オピエイト拮抗薬のナルトレキソンはA/Jaxマウスに移植したS20Y神経芽細胞腫の増殖に対して、投与量に応じて増殖促進作用と増殖抑制作用の2つの相反する作用を示す。
モルヒネの鎮痛作用を4~6時間だけ阻害する量のナルトレキソン(体重1kg当たり0.1mg)をマウスに連日注射すると、移植腫瘍の増殖は抑制され、腫瘍の発生率は36%に減少し、腫瘍が増大するまでの期間が98%延び、生存期間が36%延びた。
一方、モルヒネの鎮痛作用を24時間阻害する量のナルトレキソン(体重1kg当たり10mg)を神経芽細胞腫を移植したマウスに投与すると、腫瘍の発生率は100%になり、腫瘍が増大するまでの期間は27%短くなり、生存期間が19%短くなった。
神経芽細胞腫を移植されたコントロールのマウスは29日以内の100%において腫瘍が発生した。
これらの結果は、ナルトレキソンは腫瘍の増殖を調節する作用があり、神経系と発がんの関係において内因性オピオイドとオピオイド受容体に何らかの役割が存在することを示唆している。 

ナルトレキソンはモルヒネ中毒の治療に使われる薬です。オピオイドとオピオイド受容体の結合を拮抗阻害することによってモルヒネの作用を阻害します。
モルヒネの鎮痛効果を24時間阻害する(モルヒネとオピオイド受容体の結合を24時間阻害する)量のナルトレキソンを投与すると腫瘍の増大が促進されるということは、なんらかの内因性のオピオイドががん細胞の増殖を抑える作用があることを示唆しています。
このがん細胞の増殖を抑制する内因性オピオイドとして同定されたのが、メチオニン・エンケファリンという内因性オピオイドです。メチオニン・エンケファリンはオピオイド増殖因子(Opioid Growth Factor; OGF)とも呼ばれています。

【メチオニン・エンケファリンはがん細胞の増殖を抑制する】
エンケファリン (enkephalin) は、5つのアミノ酸からなるペプチドで、C末端のアミノ酸がメチオニンのものとロイシンのものの2種類が存在します。
メチオニン・エンケファリン(Met-enkephalin)はTyr-Gly-Gly-Phe-Met(チロシン-グリシン-グリシン-フェニルアラニン-メチオニン)の5つのアミノ酸からなり。ロイシン・エンケファリンは最後のメチオニンがロイシン(Leu)になっています。
このうち、メチオニン・エンケフェリンは別名「オピオイド増殖因子(Opioid growth factor)」とも呼ばれ、細胞(正常細胞とがん細胞)の増殖を抑制する作用があります。
このオピオイド増殖因子の受容体が膵臓がんや肝臓がん、乳がん、卵巣がん、頭頸部扁平上皮がんなど多くのがん細胞に発現しており、オピオイド増殖因子(=メチオニン・エンケフェリン)が結合すると、細胞の増殖がストップすることが報告されています。
膵臓がん細胞を移植した動物実験においてメチオニン・エンケフェリンを投与すると、がんの縮小や延命効果が得られることが報告されています。前述のように進行した膵臓がん患者を対象にした臨床試験でもメチオニン・エンケファリンの腫瘍縮小効果が確認されています。
細胞はその細胞自身あるいは近接する細胞の増殖を制御するような伝達物質や増殖因子を分泌しています。これをオートクリン(自己分泌:分泌された物質が分泌した細胞自身に作用する)やパラクリン(傍分泌:分泌された物質が、分泌した細胞の近隣の細胞に作用する)と言います。
分泌された物質が血液に運ばれて離れた組織に作用することをエンドクリン(内分泌)といいます。
オピオイド増殖因子はオートクリンあるいはパラクリンの機序で細胞の増殖を抑制する因子として作用し、発生や創傷治癒や血管新生や細胞増殖の調節を行っていると考えられています。
オピオイド増殖因子受容体は細胞核の核膜の外側に存在し、オピオイド増殖因子と結合して核の中に移行し、DNA合成を止める作用を持つことが明らかになっています。
オピオイド増殖因子とその受容体の結合を長期間阻害する量のナルトレキソンを投与すると、オピオイド増殖因子による細胞増殖抑制作用が阻害されるので、創傷治癒が促進することが報告されています。
角膜損傷後の角膜細胞の再生を促進するために高濃度のナルトレキソンの点眼薬が有効という報告もあります。つまり、オピオイド増殖因子は様々な組織において細胞増殖を調節する作用があるようです。
傷の治りを促進するためにはOGFの働きを抑制し、がん細胞の増殖を抑制するためにはOGFの働きを亢進するのが良いということです。
日のうち数時間だけオピオイドとオピオイド受容体の結合を阻害すると、抗がん作用が増強するという現象の作用機序についてはまだ不明な点が多く残されていますが、オピオイド受容体の断続的な阻害によって内因性オピオイドの産生量とオピオイド受容体の量が増えることが関連していると考えられています。
すなわち、オピオイド増殖因子(OGF)とオピオイド増殖因子受容体(OGFR)の結合が断続的に阻害されると、受容体の方はより多くのOGFと結合しようと受容体の発現を増やし、受容体の感受性を高めるようになります。さらに、OGF自体の産生を高めて、OGFとOGFRのシグナル伝達を維持しようとします。その結果、OGFとOGFRの反応が増幅されることになりのです。
オピオイド増殖因子受容体は677個のアミノ酸から構成され、通常のオピオイド受容体(δ、κ、μ)とは異なる構造をしています。

【オピオイド増殖因子はサイクリン依存性キナーゼ阻害因子の発現を増やす】
細胞が分裂して数を増やしていくとき、細胞周期は4 つの段階に分けられます。すなわち、DNA複製前のG1(Gap1) 期、DNA複製期(S期)、細胞分裂前のG2(Gap2)期、および最後の細胞分裂期(M) 期に分けられます。増殖を休止した状態の細胞はG0期にあると定義されます。
細胞周期がG1期からS期に移行するときがん抑制遺伝子のRbタンパク質サイクリン依存性キナーゼでリン酸化されることが重要です。Rbタンパク質がサイクリン依存性キナーゼでリン酸化されると転写因子のE2Fと結合できなくなり、フリーになったE2Fは増殖に関連する遺伝子の発現を促進して細胞周期を回します。
サイクリン依存性キナーゼはサイクリン依存性キナーゼ阻害因子というタンパク質によって機能が阻害されます。このサイクリン依存性キナーゼ阻害因子にはp21Waf1/Cip1/Sdi1p16INK4aなどのタンパク質が知られています。
オピオイド増殖因子受容体は核膜のところに存在し、オピオイド増殖因子が結合すると核内に入って、p16やp21などのサイクリン依存性キナーゼ阻害因子の産生を高めることが報告されています。その結果、細胞周期をG1/S期のチェックポイントで止めて、細胞増殖を阻害します。
高用量のナルトレキソンでオピオイド増殖因子とオピオイド増殖因子受容体の結合を阻害すると、細胞の増殖が促進されることになります。

図:増殖刺激はサイクリン(Cyc)依存性キナーゼ(CDK)を活性化してRbタンパク質をリン酸化する。Rbタンパク質は転写因子のE2Fと結合してE2Fの活性を阻害しているが、Rbがリン酸化されるとE2Fと結合できなくなってE2Fがフリーになって増殖関連遺伝子の転写を促進することによって細胞周期をG1からS期に移行させて細胞周期を回す。オピオイド増殖因子(OGF)はOGF受容体と結合すると核内に入ってCDK阻害因子のp16やp21の発現を促進する。その結果、サイクリン依存性キナーゼ(CDK)が阻害されて細胞周期が停止した状態に維持される。
 
【低用量ナルトレキソン療法は様々な病気の治療に効果を発揮する】
オピオイドとオピオイド受容体の結合を拮抗阻害するナルトレキソンは1984年に米国のFDAに麻薬中毒の治療薬として認可されています。麻薬中毒の治療には1日50から100mgを使用しています。
マウスに神経芽細胞腫を移植した動物実験で、オピオイド受容体を持続的に阻害する高用量のナルトレキソンを投与すると腫瘍の増殖が促進され、オピオイド受容体を1日4~6時間だけ断続的に阻害する低用量のナルトレキソンを投与すると腫瘍の増殖が著明に抑制される現象をペンシルバニア州立大学のイアン・ザゴン(Ian Zagon)博士らがScienceに報告したのが1983年です。
この論文に注目したニューヨークのバーナード・ビハリ(Bernard Bihari)博士は、多くの疾患の治療に低用量ナルトレキソン療法を行い、エイズや様々な悪性腫瘍、自己免疫疾患、神経変性疾患などの疾患に有効であることを発見しています。
その当時、ビハリ博士はアルコール中毒や薬物依存の治療に従事しており、ナルトレキソンを薬物中毒やアルコール中毒の治療に使っていたようです。中毒の治療には1日50mg以上のナルトレキソンを服用しますが、ザゴン博士らの報告にヒントを得て、1日3~5mg程度の低用量のナルトレキソンを使って、様々な病気の治療を行い有効性を報告しています。
今までに、エイズ患者の免疫不全や多発性硬化症、クローン病、線維筋痛症に対する低用量ナルトレキソン療法の有効性を示す臨床試験の結果が報告されています。
 
【ベータ・エンドルフィンは免疫力を高める】
エンドルフィン(endorphin)は「体内で分泌されるモルヒネ」という意味で、アルファ、ベータ及びガンマの各エンドルフィンがあります。

ベータ・エンドルフィンは31個のアミノ酸からなるペプチドで、強い鎮痛作用や抗ストレス作用があり、身体的や精神的な苦痛を和らげる効果を持つので脳内麻薬とも呼ばれます。マラソンなどで長時間走り続けると、最初は苦痛に感じていても次第に快感を得るようになるという「ランナーズハイ」は、ベータ・エンドルフィンの分泌によると言われています。
肉体的な痛みや疲労が高まると、脳下垂体などからベータ・エンドルフィンが分泌され、肉体的・精神的な苦痛やストレスを抑える作用を発揮するのです。偽の薬であっても、薬を飲んだという暗示によって治癒効果が現れるプラセボ効果は、薬に対する期待感や、治療を受ける安心感、医師に対する信頼感などによって高くなりますが、プラセボ効果が最もよく現れるのが痛みに対する効果だと言われています。この痛みに対するプラセボ効果も、期待感や安心感によってベータ・エンドルフィンの産生が増えるためという意見もあります。
ベータ・エンドルフィンは、免疫力を高める作用もあります。体内に侵入した病原菌や体内に発生したがん細胞を攻撃するナチュラルキラー細胞やリンパ球にはベータ・エンドルフィンに対するレセプター(受容体)が存在し、このレセプターにベータ・エンドルフィンが結合することによりこれらの免疫細胞が活性化します。
鍼灸治療による鎮痛効果や免疫増強効果は、鍼灸の刺激によって体内のベータ・エンドルフィンの分泌が高まるためと考えられています。
 
【低用量ナルトレキソン療法は内因性オピオイドの働きを高める】
前述の内容からベータ・エンドルフィンやメチオニン・エンケファリンの産生量を高めれば、体の治癒力や抵抗力を高める効果や、がん細胞の増殖を抑える効果を得られることが理解できます。
ナルトレキソンはオピオイドとオピオイド受容体の結合を競合的に阻害します。オピオイド増殖因子(OGF)とOGF受容体の結合も同様に拮抗阻害します。
薬物依存症の治療に使用する量(1日50~100mg)では、脳内におけるオピオイドとオピオイド受容体の結合を持続的に阻害して薬物依存を治す効果を発揮します。
しかし、この量の10分の1程度(1日3~5mg)の低用量を投与すると、その阻害作用は数時間しか続きません。
内因性オピオイドとオピオイド受容体の結合が1日数時間阻害される状況が続くと、体はその阻害されている状況を代償するためにより多くのベータ・エンドルフィンやエンケファリンなどの内因性オピオイドを産生するようになります。
さらに、細胞のオピオイド受容体の量が増えることも報告されています。
このような体内でのベータ・エンドルフィンやエンケファリンの産生増加とオピオイド受容体の発現亢進は、免疫力増強や抗ストレス作用、鎮痛作用、がん細胞の増殖抑制などの効果を引き起こすことが推測されます。 
マウスを使った実験で、低用量ナルトレキソン療法が、DNA合成と血管新生を抑制し卵巣がん細胞の増殖速度を低下させることや、抗がん剤のシスプラチンの副作用(毒性)を軽減し、抗腫瘍効果を増強することが報告されています。
低用量ナルトレキソン療法によるがん細胞の増殖抑制の作用機序に関しては、脳下垂体や副腎からの内因性オピオイドの産生増加(エンドクリン機序)の他に、断続的なオピオイド受容体の阻害ががん細胞に直接的な増殖抑制効果をもたらすオートクリン機序をザゴン博士は重視しています
すなわち、培養がん細胞を使った実験でも、持続的にナルトレキソンを作用させるとがん細胞の増殖が促進され、断続的にナルトレキソンを作用させると、がん細胞内でのオピオイド増殖因子(=メチオニン・エンケファリン)とオピオイド増殖因子受容体の産生が増え、オートクリンの機序でがん細胞の増殖が抑制されるという研究結果が報告されています。
ビハリ博士が低用量ナルトレキソン療法を行ったがん患者の多くは標準治療で効果が無くなった状態でしたが、約60%の患者に効果を認めたと報告しています。論文報告ではありませんが、24%の患者で75%以上の腫瘍縮小、35%の患者で病状安定あるいは腫瘍の縮小傾向を認めたと言っています。
がんの臨床例に関する有効性の検討は、症例報告や予備試験のレベルのものしかなく、信頼度の高い臨床試験の結果はまだ報告されていません。ナルトレキソン自体の特許が取れないため、がん治療薬として開発を行う製薬会社がなく、費用のかかる大規模な臨床試験が行われないという事情があります。
しかし、低用量ナルトレキソン療法は内因性オピオイドの産生増加によって体に備わった免疫力や治癒力を高め、さらにオピオイド増殖因子によってがん細胞の増殖を抑制するというユニークな作用機序と、副作用がほとんど無く安価な治療法であるので、がんの補完代替医療として世界中で利用者が増えています。
図:低用量ナルトレキソン療法は、ベータ・エンドルフィンやメチオニン・エンケファリン(オピオイド増殖因子)などの内因性オピオイドの産生とオピオイド受容体の両方を増やす作用がある。ベータ・エンドルフィンは強い鎮痛作用をもち、ストレスに対する抵抗力を高め免疫力を増強する。さらに低用量ナルトレキソン療法は、がん細胞のメチオニン・エンケファリンとその受容体の量を増やし、オートクリン(自己分泌)の機序でがん細胞の増殖を抑制することが報告されている。
 
オピオイド増殖因子(メチオニン・エンケファリン)は5つのアミノ酸からなるペプチドであるため、簡単に合成できるので、比較的安価で入手できます。
週1回で1回の投与量は体重1kg当たり50~250μgです。通常は50~100μg/kgで50kgで2.5mgから5mgの投与になるます。副作用もあまり心配ないようです。
低用量ナルトレキソン療法と併用して、がん細胞のOGF受容体の量と感受性を高めれば、相乗効果が期待できるかもしれません
メチオニン・エンケファリンは体内に存在し、40年前に発見されているので、物質特許がとれないので、製薬会社は臨床試験に参加しないので、正規のがん治療薬にはならず、ずっと代替医療の範疇での使用になると思われます。
最近の報告で、膵臓がんだけでなく、トリプルネガティブの乳がん、卵巣がん、肝臓がんなどに効果が期待できる結果が報告されています。
今年に入って以下のような論文がペンシルバニア州立大学のグループから出ています。
 
Opioid growth factor and the treatment of human pancreatic cancer: A review.(オピオイド増殖因子とヒト膵臓がんの治療:総説)
World J Gastroenterol. 2014 Mar 7;20(9):2218-2223.
 
Novel treatment for triple-negative breast and ovarian cancer: endogenous opioid suppression of women's cancers.(トリプルネガティブ乳がんと卵巣がんの新規の治療:内因性オピオイドによる女性がんの抑制)
Expert Rev Anticancer Ther. 2014 Mar;14(3):247-50. 
 
 
【メチオニン・エンケファリンをがん治療に用いる場合の法的根拠】
メチオニン・エンケファリンは医薬品としての使用は認可されていません。
米国では、FDA(食品医薬品局)が臨床試験の実施を許可していますが、このようなまだ臨床試験段階の薬の使用を考慮する場合の、法的な規制について理解しておく必要があります。
 
1)未認可医薬品の輸入使用や代替医療薬の処方に関する法的規制と医師の責任とは:
海外では認可されているが日本では未認可の医薬品の輸入使用、日本で認可されている医薬品の保険適用疾患外の使用、海外のサプリメントなどの代替医療薬の処方に関する法的規制と医師の責任は以下のように理解されています。
 
1。以下の条件を充たせば医師はどのような薬も使える。
日本国内において承認の有無を問わず、医師自らの責任において薬剤を使用することは可能です。しかし投薬も一つの生体的侵襲として違法性を具備するものであるから、一定の法的要件(目的、方法、同意)を充たす必要があります。
つまり、
①目的において治療とか治験という正当性がある。
②治療方法において、医学的な根拠や、効果を期待しうる相当な理由がある。

③インファオームド・コンセント(十分な説明と同意)により患者の同意がある。

の3点です。
つまり、医師の裁量でどのような薬も使用できますが、この3つの要件が充たされない未認可医薬品の使用や代替医療薬の処方は違法となります。
治療あるいは治験目的でない、有害となる可能性や効果の予測が困難、患者の納得と理解が不十分な場合は、外国で認可されていても使用は違法と考えられます。
 
2。患者が望んだからといって即処方できるわけではない。
最近のインファオームド・コンセントへの関心の高まりとともに、医師が患者の意思や権利を尊重する(あるいは尊重すべきであるとする)風潮が強まっているのは確かです。しかし、患者の希望があればそれに従って使用するということは許されません。
あくまで医師が適切と診断した上で治療方針を立て、正しい薬剤を選択し、それについてインファオームド・コンセントにより患者の同意を取るというプロセスが本来の治療の在り方です。

患者の懇願があったからといって、それが医学的あるいは医師の使命に誤っていたために万一事故でも発生すれば、それは医師の責任になります。

(例えば、安楽死を患者が希望しても、それを実行するような薬の使用はできません)
 
3。未認可医薬品は保険医療機関及び保険医は使用が困難。
医師が患者使用の目的で厚生労働省から薬監証明を取って個人輸入すれば、どこでも患者に投薬できるようにも考えられます。
しかし、「保険医療機関及び保険医療養担当規則」の第19条に、「保険医は、厚生労働大臣の定める医薬品以外の薬物を患者に施用し、叉は処方してはいけない」という規則が定められています。治験用に用いる場合に限って例外は認められていますが、基本的に、保険医療機関や保険医が未認可医薬品を患者に使用することは禁じられているのです。これは、保険診療に自由診療の治療を組み合わせる「混合診療」が禁じられている事とも関連します。
したがって、癌治療に未認可医薬品を制限なく使うためには自由診療とせざるを得ないという事情が発生します。
 
4。保険診療の病院に入院していても未認可医薬品は使用できる。
保険診療機関で未認可医薬品を使用する場合には、病院の倫理委員会の許可が必要で、治験という目的に限られます。しかし、自由診療のクリニックから処方を受け、処方医から入院中の主治医に治療依頼を行なうという手続きをとれば、保険診療機関に入院中でも、未認可医薬品の使用は可能です。この場合、入院している病院の倫理委員会の許可は必要ありません。
未認可医薬品の丸山ワクチンやハスミワクチンなどと同じ扱いです。
しかし、この場合、処方医師と患者側で、薬の使用について十分なインフォームド・コンセントの手続きをとり、患者の自己責任で薬を使用するという意志を明確にしておく必要があります。
 
5。日本に輸入できない医薬品や、自主規制の必要な未認可医薬品もある。
海外で認可されていても、承認国で処方規制のかかっている薬もあります。たとえば、米国で認可されている抗がん剤の中には、副作用の問題などから、製造している製薬会社やFDA(米国食品医薬品局)が、処方医や薬局を登録制にしている薬もあります。このような医薬品は原則として日本の医師が輸入することはできません。
サリドマイドは医師の個人輸入によって処方は可能ですが、薬の管理などに関して、日本国内においても厚生労働省よりきびしい指導があり、安易な処方はできないことになっています。
このような処方上の規制や法律を遵守し、適切に使用することが大切です。
 
以上のことから、日本で未認可でも、どこかの国で認可されている薬で、その使用に根拠があれば、使用は問題ありません。
 
問題は、医薬品として認可されていない場合です。
例えば、ジクロロ酢酸ナトリウムという薬があります。これは認可薬ではありませんが、試薬や原料として入手可能です。現在では、治療目的での製品がネット上(外国製)で販売されています。
ある種の小児の遺伝性のミトコンドリア病(ピルビン酸脱水素酵素複合体欠損症)や乳酸アチドーシスなどの一部の疾患には何十年も前から使用されています。そして数年前からがん治療にも利用されています。
米国では、ジクロロ酢酸ナトリウムを病気の治療への使用や販売を禁止しているようですが、その他の国では、販売されており、がんの代替医療に使用している医師や医療機関は多数存在します。
がん患者さん自身が、自分で購入して自己使用しているケースもかなり存在するようです。個人向けに販売しているサイトもあります。
つまり、ジクロロ酢酸ナトリウムの場合は、一部の疾患で治療目的で使用されていることと、がん治療での有効性の報告や臨床試験の実績があるので、患者の自己責任での使用ということであれば、医師が自由診療の元で代替医療的に使用することに法的な問題はないと言えます。
 
2−デオキシグルコースや今回のメチオニン・エンケファリンは、医薬品としての認可はどの国でもありません。これらは物質特許が取れないので、製薬会社が医薬品として開発することは無いので、医薬品になる可能性は無いと思われます。医薬品とならないという点はジクロロ酢酸ナトリウムも同じです。これらを基に改変して新しい物質を作成して特許を取得して医薬品として開発する可能性はあります。
2−デオキシグルコースやメチオニン・エンケファリンは米国で複数の臨床試験が行われており、その結果がすでに論文で報告されています。
米国のFDAが臨床試験を許可しているということは、上述の②の「治療方法において、医学的な根拠や、効果を期待しうる相当な理由がある。
」という最低限の条件を満たすことになります。
実際は、市販されている試薬を患者さんが自分で自己責任で自己使用する限りは、法的には規制の対象になりません。
したがって、自己責任で使用するという条件で、がん患者さんから依頼されて医師の個人輸入で入手し、患者さんに渡すことは、それが安全性の面から問題なければ、医師が治療に使用することに関して、法的な規制はないと思われます。
未認可医薬品の輸入代行業者が罰せられないのと同じ根拠で、患者さんの自己責任での自己使用ということを明確にしておけば、臨床試験の段階の物質を治療に用いること自体は可能だと言えます。
メチオニン・エンケファリンは1980年代から臨床試験でヒトへの投与が行われており、FDAが臨床試験を許可しており、ネット上でOGFを販売しているサイトがあるので、紹介した次第です。
膵臓がんやトリプルネガティブの乳がんなどで試してみる価値はあるかもしれません。1ヶ月に4回点滴するとして約10万円程度で実施できそうです。

画像をクリックするとサイトに移行します。

 
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 378)フルクト... 380)オピオイ... »