がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
367)「固形がんの抗がん剤感受性を高める方法」が重要な理由
図:白血病や悪性リンパ腫のような初めから全身に広がる血液がんの場合は抗がん剤治療が主体になり、実際に有効なことが多い。肺がんや胃がんや肉腫のような腫瘍組織の塊を作る「固形がん」の場合は、手術や放射線治療によって除去する治療が最も有効。しかし、固形がんの場合も、全身に転移した場合は抗がん剤治療が主体になる。しかし、血液がんと異なり、固形がんは様々な理由によって抗がん剤は効きにくい。固形がんの抗がん剤感受性が低いことががん治療の最大の問題になっており、固形がんの抗がん剤感受性を高める方法の開発が極めて重要である。
367)「固形がんの抗がん剤感受性を高める方法」が重要な理由
【がんの治療成績は改善しているのか?】
下図は米国の1975年から2009年までの全がんの年齢調整死亡率を示しています。
がんの罹患率や死亡率の年次推移を比較するとき、年齢調整した罹患率や死亡率で比較されます。
年齢調整(age-adjusted)というのは、基準となる集団の年齢構成(基準人口)に合わせて補正した値で、年齢調整した(同じ年齢構成と仮定して計算した)数値を比較することによって、高齢化などの年齢構成の変化の影響を取り除くことができます。
日本では昭和60年の人口構成が基準にされることが多く、米国では2000年の人口構成が基準にされることが多いようです。
図:米国における全がんの年齢調整死亡率(10万人あたりの全がん死亡数)の年次推移。
このデータによると、米国における全がんの年齢調整死亡率は男女とも1990年頃をピークにして、少しづつ減少しています。
2000年から2009年の間のがんによる死亡率の低下は男性で年平均1.8%、女性で年平均1.4%です。
全がん死亡率がピークの年(男性で1990年、女性で1991年)に比べて、最近では男性で20%程度、女性で15%程度の減少が見られています。この期間(2000年~2009年)の男性のがん全体の発症率は年間平均0.6%減少していますが、女性のがん発症率はほぼ一定です。 男性におけるがん発生率の低下には喫煙率の低下が大きく関与しています。
米国では多くのがんの死亡率は低下していますが、膵臓がんのように死亡率が上昇しているがんもあります(350話参照)。
日本でも、全がんの年齢調整死亡率は1990年代後半から減少しており、2011年の75歳未満の年齢調整死亡率は、2005年からの6年間で10%減少しています(92.4 → 83.1; 人口10万対)。
つまり、日本も米国も、最近は年間1~2%くらいの割合でがんの年齢調整死亡率が低下しているようです。
日本のがん対策推進基本計画では、75歳未満年齢調整死亡率を10年間で20%減少することを目標としていますが、達成できない目標ではないようです。
がんの発生率があまり変化していない(あるいはわずかな減少)状況で死亡率が顕著に減少するのは、検査や診断法の進歩で早期に見つかるがんが増えてきて根治率が上昇したことと、治療法の進歩によって治療成績が向上したことが主な理由と言えます。
例えば、米国の全がんの5年生存率は1970年代は50%程度でしたが、最近では65%に向上しています。日本でも最近の全がんの5年生存率は65%という数字になっています。
昔は進行した状態で見つかることが多かったので、がんの根治率が低かったのですが、CTやPETのような画像診断など検査法の顕著な進歩によって早期に見つかるがんが増えたことによって、根治可能な段階でがん治療が行われるケースが多くなったことが、がんの死亡率が減少している(がんの生存率が向上している)大きな理由になっています。
がんは転移がない早期に発見されて外科治療や放射線治療で原発がんを除去できれば根治できるからです。
しかし、転移した段階で見つかった場合は、現在でも根治は困難なのが現状です。
転移した進行がんの場合は抗がん剤治療が主体になりますが、固形がんでは抗がん剤は効きにくいという理由があります。
抗がん剤治療の成績も新薬の開発によって一部のがんでは向上していますが、多くのがんではあまり成績は上がっていません。それは、30年以上前から使われている抗がん剤の多くがまだ使用されていることからも判ります。(現在使用されている抗がん剤の多くは1953年から1983年の間に開発されている)
白血病や悪性リンパ腫のような血液がんには抗がん剤は良く効きます。しかし、固形がんにはあまり効果は期待できません。その理由は、抗がん剤治療は元々は白血病や悪性リンパ腫の治療法として開発され、その治療法が成功したので、固形がんにも効くだろうということで応用されたのですが、固形がんは血液がんとは異なる様々な要因があって、固形がんには抗がん剤治療が効きにくい理由があるからです。
【抗がん剤は血液がんには良く効くが固形がんには限界がある】
がんの治療法には、手術と放射線治療と抗がん剤治療が標準治療です。
このうち、白血病や悪性リンパ腫のように初めから全身に広がる悪性腫瘍には手術による切除はできません。放射線治療は部分的に行われますが、主体は抗がん剤治療になります。
一方、胃がんや肺がんや大腸がんのように塊をつくる固形がんの場合は、手術と放射線治療が主体になります。転移が起こらない前に発見して手術や放射線治療で完全に除去するのが固形がんや肉腫の治療の原則です。
抗がん剤治療はがん細胞や肉腫が転移して全身に広がった場合に、手術や放射線治療が適用できない場合に行われます。
最初の抗がん剤はナイトロジェンマスタードで、第一次世界大戦に化学兵器として使われたマスタードガスのイオウ原子を窒素に置き換えた化合物です。DNAをアルキル化することによって核酸の合成を阻害して細胞の増殖を抑えます。
ナイトロジェンマスタードが最初にがん患者に使用されたのは1946年で、非ホジキンリンパ腫の症例で、劇的な効果が認められました。
その後毒性を弱めたナイトロジェンマスタード誘導体が開発され、シクロフォスファミドやメルファランといった抗がん剤が現在も使用されています。これらはアルキル化剤という抗がん剤に分類されています。
白血病や悪性リンパ腫の治療薬として効果を認められましたが、その作用機序から明らかなように正常細胞に対する毒性による副作用が強いのが問題です。つまり、「抗がん剤」と呼ばれていますが、「がん細胞だけを殺す」のではなく「細胞分裂している細胞を殺す」薬だからです。
しかし、白血病や悪性リンパ腫のような血液がんの場合は、手術や放射線治療のような局所治療ができないので、抗がん剤治療しかありません。そして、副作用が強くても、かなりの効果が認められたので、細胞毒性の強い抗がん剤がさらに開発されて使用されています。
血液がんに対する抗がん剤治療の成功をもとに、固形がんでも全身に転移して手術や放射線治療の適応にならない場合の治療法として抗がん剤治療が行われるようになりました。
しかし、血液がんほどの効果が認められないという現実に直面することになりました。
その理由は、塊を作る固形がんは、白血病や悪性リンパ腫のような血液がんとは異なる様々な理由があって、抗がん剤が効きにくくなっているからです。
例えば、白血病や悪性リンパ腫は腫瘍細胞の性質が均一で、細胞分裂の頻度が高いので、副作用が耐えられるギリギリの高用量の抗がん剤を投与したり、骨髄移植を併用する高濃度の抗がん剤治療によって、がん幹細胞を含めて腫瘍細胞を全滅することができます。
しかし、塊を作って、血液循環が不十分な部位がある(抗がん剤が到達しにくい)固形がんの場合は、高濃度の抗がん剤治療を行っても、がん幹細胞が生き残る可能性が高いといえます。また、がん組織自体が酸性化している固形がんや低酸素のがん組織には、抗がん剤が効きにくいという理由もあります。(359話、366話参照)
通常の抗がん剤治療は、副作用が耐えられる最大量を投与してがん細胞を短期間で死滅させる方法が基本になっています。抗がん剤に対する耐性が出てくる前に短期間にがん細胞を全滅させる方が良いと考えるからです。白血病や悪性リンパ腫ではこの方法が有効です。
しかし、固形がんの場合は、この方法は必ずしも有効ではありません。
精巣腫瘍や小細胞性肺がんのように抗がん剤治療が著効を示す固形がんもありますが、多くの固形がん(肺がんや膵臓がんや胃がんなど)に対しては、抗がん剤の効き目は限定的です。
その理由は、前述のような短期決戦にもっていっても、血液がんと違って、固形がんは抗がん剤が効きにくいからです。
元来、抗がん剤治療は手術や放射線治療ができない白血病や悪性リンパ腫に対して開発された治療法で、それをそのまま固形がんに応用した点に無理があるのかもしれません。それが「抗がん剤治療は受けてはいけない」という趣旨の意見が出てくる理由になっています。
しかし、なぜ効かないかという理由が判れば、それを解決すれば、抗がん剤治療が固形がんにも効くことになります。
つまり、「固形がんにおける抗がん剤感受性を高める」ことができれば、がん治療の問題点の多くが解決できることになります。
このブログでは漢方治療を含めて様々な補完・代替医療を紹介していますが、「転移した進行がんの抗がん剤治療の効き目を高めるためにはどうすれば良いか」という内容が自然に多くなっています。
がん治療における多くの問題は、「固形がんに対する抗がん剤治療の有効性が低い」ことに起因していて、これを解決することが、がんの補完・代替医療の最大の目的になっているからです。
「抗がん剤は効かない」と否定するより、「抗がん剤が効く方法を見つける」ことがより建設的など思います。
◎ 「がん細胞の抗がん剤感受性を高める方法」についてはこちらへ:
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