316)アディポネクチンの寿命延長作用と抗がん作用

図:がんの発生率は80歳代がピークになり、90歳以上の超高齢者はがんの発生率や罹患率やがんによる死亡率が低下することが知られている。また、百寿者(100歳以上の高齢者)の調査によると、超高齢者ではアディポネクチンの血中濃度が高いこと、BMI(Body Mass Index)が低いことが報告されている。アディポネクチンは寿命の延長とがん細胞の発生予防や増殖抑制作用があることが知られている。そこで、超高齢者におけるがんの発生率や罹患率の減少をアディポネクチンの観点から考察すると2つのメカニズムが考えられる。一つは、アディポネクチンを増やすような食事や生活習慣が、寿命の延長とがん予防の両方の結果を引き起こす可能性(A)であり、もう一つは、超高齢になると食事量の減少などによって体脂肪が減り(BMIの減少)、その結果として、アディポネクチンの産生が増え、アディポネクチンの抗がん作用によって、がんの発生や進展が抑制される可能性(B)である。いずれにしても、寿命の延長とがんの発生予防や進展抑制を目指す上で、アディポネクチンを増やす方法は有望である。

316)アディポネクチンの寿命延長作用と抗がん作用

【超高齢者でがんが少なくなるメカニズムの解明ががん治療に役立つ】
前回の315話では、超高齢になるとがんの発生率も罹患率もがんによる死亡率も低くなることを紹介しました。
加齢に伴って、組織の幹細胞における遺伝子変異が蓄積し、がんに対する生体防御能(免疫力や抗酸化力など)は低下するため、それらの総和として、加齢とともにがんの発生率が高くなることは容易に理解できます。しかし、がんの発生率や臨床的ながんの発症(罹患)率やがんによる死亡率が80歳代をピークにして急激に低下するという事実は、超高齢になると、がんを抑制する何らかのメカニズムが存在することを意味します。多くのメカニズムが想定されていますが、恐らく、複数のメカニズムの相乗的あるいは総合的な効果によるものと思われます。そのようなメカニズムを利用すれば、「がんとの共存」や「体にやさしいがん治療」や「がんの自然退縮」を達成できる可能性があります。
がんに対する治療は、がん細胞を直接攻撃する治療が主体になっていますが、がん細胞の増殖や悪性化を促進する生体内の因子が多数存在し、このような間接的にがん組織の成長を制御している因子に作用する治療法をもっと検討する必要があります。この目的では、超高齢者でがんが少なくなるメカニズムを知る必要があります。

【百寿者ではアディポネクチンの血中濃度が高い】
100歳を超えるような超高齢者でがんが少ない理由として、大きく2つの可能性が考えられます。一つは、超高齢になるとがんを促進する因子が減少するか、がんが抑制する因子が増加するという考えです。超高齢になると、細胞の活性が低下するので、遺伝子変異の蓄積した幹細胞の増殖活性が低下するのかもしれません。あるいは、発がんを促進する炎症反応が不活性になるためにがんが発生しない、増殖因子や成長因子の産生が低下するのでがんが増殖しにくい、などの可能性があります。
もう一つは、100歳を超えるような人は普通の人とは違う何かがある、という可能性です。体質の違いかもしれませんし、日頃の食生活や生活習慣が関与しているかもしれません。つまり、長寿の達成とがんを予防する共通の因子が存在するという考えです。いわゆる長寿遺伝子の活性化は、長寿の達成とがんの予防の両方に効果があるので、長寿を達成する人ががんの発生も少ないというメカニズムです。
恐らく、この両方のメカニズムが総合的に作用して、超高齢者にはがんの発生や臨床的ながんの発症が少ない可能性が示唆されます。
後者(長寿とがん予防に共通の因子の存在)のメカニズムのヒントは、超高齢者と普通の人(例えば70歳以下の人)との違いを検討した研究から得られます。
例えば、慶應義塾大学医学部老年内科のグループが、百寿者(100歳を超える高齢者)のデータを集めて解析しています。
百寿者のBMI(Body Mass Index)は19.2±3.3で、対照(平均年齢55.4歳)のBMIは23.0±2.9で、当然のことながら、超高齢者では筋肉や脂肪の量が少なく、痩せている人が多いことが判ります。さらに、体脂肪が減ると産生が増加するアディポネクチンの量が、若い人の約2倍もあるという結果が得られています。
具体的には、100歳以上の女性(百寿者)66人とBMIが同じレベルの若い女性66人の血液中のアディポネクチンの量を比較したところ、百寿者のアディポネクチンの平均値は20.3 μg/mlで、若い女性の平均値10.8 μg/ml より約2倍高い数字を示したのです。
アディポネクチンは人間の脂肪(脂肪細胞)から分泌されるホルモンの一種で、寿命を延ばす作用と同時に、がんを抑制する作用があります。つまり、超高齢者でがんが少なくなる理由の一つとして、「アディポネクチンが高い人が超高齢まで生きる事ができ、アディポネクチンはがんを予防する効果があるので、超高齢者はがんが少ない」あるいは「超高齢になると、食事摂取量の低下や体脂肪の減少などでアディポネクチンの産生が増えるので、がんの発生や進展が抑制される」という考えができます。

【アディポネクチンは寿命を延ばし、がんを予防する】
脂肪細胞の働きは単に脂肪を蓄えるだけでなく、様々なアディポカイン(アディポサイトカイン)という生理活性のある蛋白質を分泌し、個体の恒常性維持や代謝の調節に大きく関わっています。アディポネクチンはアディポカインの一つで、肝臓や筋肉細胞の受容体に作用してAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化し、インスリン抵抗性を改善し、動脈硬化や糖尿病を防ぐ作用があります。さらに、がん細胞におけるAMPKの活性化は様々な抗がん作用を発揮します。
肥満になると、脂肪組織にマクロファージなどの炎症細胞が浸潤し、TNF-αやIL-6などの炎症性サイトカインの産生が増えます。これらの炎症性サイトカインは脂肪細胞からのアディポネクチンの産生を減少させます。
アディポネクチンは抗炎症作用があり、TNF-αやIL-6は炎症を増悪させ、酸化ストレスを高めます。アディポネクチンはインスリン感受性を高め、TNF-αはインスリン抵抗性を高めます。炎症と高インスリン血症は発がん過程やがん細胞の悪性化を促進します。つまり、肥満ががんの発生や悪化を促進する理由の一つは、脂肪の増加によって体内で炎症性サイトカインの増加とアディポネクチンの産生低下が起こるからです。(下図)

  

多くの疫学研究で、血清アディポネクチンの濃度とがんの発生率が逆相関することが示されています。例えば、血清アディポネクチンの濃度と様々ながんの発生率を検討した2002年から2011年までに発表された45編の研究論文をレヴューした総説論文があります(ISRN Oncol. 2012;2012:982769.)。これによると、血清アディポネクチンの濃度が高いほど、乳がん、前立腺がん、子宮内膜がん、大腸がん、食道がん、膵臓がんなど多くのがんの発生率が減少することが示されています。
また、アディポネクチンはがん抑制遺伝子のLKB1を活性化し、その下流のシグナル伝達系にあるAMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)の活性化とmTOR(mammalian target of rapamycin:哺乳類ラパマイシン標的蛋白質)の活性阻害によって、がん細胞の増殖や転移を防ぐ作用があることが報告されています。そして、アディポネクチンは糖尿病や動脈硬化やメタボリック症候群を予防し、寿命を延ばす作用があります。
したがって、アディポネクチンの産生を増やすことは、長寿とがん予防の両方を達成するために極めて重要と言えます。

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