がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
639)トコトリエノールの抗がん作用(その1):HMG-CoA還元酵素の分解を促進し、スタチンの抗腫瘍活性を増強する
図:グルコースの解糖や脂肪酸のβ酸化で産生されたアセチルCoA(①)は、アセトアセチルCoAを経て3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル補酵素A(HMG-CoA)に変換される(②)。HMG-CoAはHMG-CoA還元酵素によってメバロン酸に変換され(③)、メバロン酸からゲラニル・ピロリン酸(④)、ファルネシル・ピロリン酸(⑤)が合成され、さらにコレステロールが合成される(⑥)。ファルネシル・ピロリン酸からゲラニルゲラニル・ピロリン酸が合成され、このゲラニルゲラニル・ピロリン酸とファルネシル・ピロリン酸は低分子量Gタンパク質のRasやRhoをプレニル化して活性化する(⑦)。さらにメバロン酸経路の中間代謝産物はインスリン様成長因子-1(IGF-1)受容体の活性化にも関与する(⑧)。これらはがん細胞の増殖を促進する(⑨)。高脂血症治療薬のスタチンはHMG-CoA還元酵素とHMG-CoAとの結合を競合阻害することによってHMG-CoA還元酵素の活性を阻害する(⑩)。ビタミンEの一種のデルタ(δ)-トコトリエノールはHMG-CoA還元酵素の分解を促進する(⑪)。その結果、デルタ-トコトリエノールはスタチンの抗腫瘍効果を増強する。
639)トコトリエノールの抗がん作用(その1):HMG-CoA還元酵素の分解を促進し、スタチンの抗腫瘍活性を増強する
【トコトリエノールはビタミンEの一種】
ビタミンEを1つの栄養素を思っている人が多いのですが、実際にはビタミンE分子には8種類の異性体があり、4 種類(α、β、γ、δ)のトコフェロー ル(Tocopherol)と 4 種類のトコトリエノール(Tocotrienol)によって構成されています。
トコフェロールの側鎖は飽和していますが、トコトリエノールの側鎖には3個の二重結合があり、この部分はイソプレノイドの構造になっています。(下図)
トコフェロールは、マルチビタミンやビタミン E のサプリメ ントに含まれる一般的なビタミンEです。トコフェロールはナッツ類や種子類に天然成分として多く含まれており、食事から多く摂取されています。
トコトリエノールはトコフェロールの 40~60 倍の抗酸化作用があります。抗炎症作用や諸臓器の細胞を保護する作用もあります。
さらに、トコトリエノールの抗がん作用は多くの研究で示されています。細胞周期の進行に関連するタンパク質の阻害、血管新生阻害、抗腫瘍免疫の増強、NF-kB 活性の阻害、Raf-ERK シグナル伝達系などの増殖シグナル伝達系の阻害など多彩なメカニズムが報告されています。
トコトリエノールはがん細胞の増殖を抑制するだけでなく、細胞死(アポトーシス)を誘導します。マウスを使った動物実験でも有効性が認められています。
抗がん剤と併用して抗がん剤の抗腫瘍効果を高めることが報告されています。
α- トコトリエノールと β-トコトリエノールと比較して、γ- トコトリエノールとδ-トコトリエノールはより強い抗がん作用を示します。
トコトリエノールにはトコフェロールが有さない様々な薬効(抗炎症作用、抗がん作用、コレステロール低下作用、神経細胞保護作用、放射線保護作用など)を持つことから、近年多くの注目を集めています。
【トコトリエノールはHMG-CoA還元酵素の量を減らす】
トコトリエノールにはHMG-CoA還元酵素阻害作用が明らかになっています。
トコフェロールとトコトリエノールにはいずれも強力な抗酸化活性がありますが、トコトリエノールの化学構造にはトコフェロールに無い特徴があります。それは、トコトリエノール分子の側鎖部分はイソプレン構造になっている事です。
「イソプレン」と呼ばれる構造は炭素5個と水素8個(C5H8)でできています。このイソプレン構造が鎖状や環状に結合して、低分子の精油成分(炭素10個のモノテルペン類、炭素15個のセスキテルペン類など)や、高分子のコレステロールやカロテノイドやユビキノンなどが作られます。
基本単位のイソプレンは、メバロン酸経路のイソペンテニル二リン酸が生合成前駆体です(下図)。つまり、植物に含まれるテルペノイドやステロイドはほとんどメバロン酸経路由来です。
図:植物や動物で合成されるイソプレノイドはメバロン酸経路で合成されるイソペンテニル・ピロリン酸由来のイソプレン構造が集まって合成される。したがって、HMG-CoA還元酵素を阻害するとイソプレノイドの合成は阻害される。
このようなイソプレノイドはメバロン酸経路で作られます。そして、このようなイソプレノイドの中に、HMG-CoA還元酵素の合成を阻害したり、分解を促進して、メバロン酸経路を抑制する化合物が知られています。
ビタミンEの中でも、トコトリエノールは、総コレステロール値とLDL コレステロール値を低下させることが示されています。この作用はトコフェロールにはありません。
トコトリエノールがコレステロール値を低下させるメカニズムとして、トコトリエノールのイソプレノイド部分が、コレステロール生成に必要なHMG-CoA還元酵素の量を減らす作用が明らかになっています。
HMG-CoA還元酵素の活性を阻害するスタチンが抗がん作用を示すことが明らかになっています。しかし、スタチンでHMG-CoA還元酵素の活性を阻害するとフィードバック機構でHMG-CoA還元酵素の合成を促進するメカニズムが作動します。
HMG-CoA還元酵素の合成を阻害し、分解を亢進するイソプレノイドはスタチンの抗がん作用を相乗的に強化することが明らかになっています。
以下のような報告があります。
Suppression in mevalonate synthesis mediates antitumor effects of combined statin and gamma-tocotrienol treatment.(メバロン酸合成の抑制はスタチンとガンマ - トコトリエノールの併用治療の抗腫瘍効果を仲介する)Lipids. 2009 Oct;44(10):925-34.
【要旨】
スタチン類は3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル-コエンザイムAレダクターゼ(HMG-CoA還元酵素)活性を阻害するが、ビタミンEのアイソフォームであるガンマ-トコトリエノールは分解を促進し、さまざまな腫瘍細胞株でHMG-CoA還元酵素の細胞レベルを低下させる。
スタチンまたはガンマ-トコトリエノール単独での処理は用量依存性に阻害作用を示したが、これらの薬剤の併用治療は、それぞれの有効量以下の用量で+ SA乳房腫瘍細胞の増殖を相乗的に阻害した。そこで、有効量以下での低用量のスタチンとガンマ - トコトリエノールの併用による抗増殖作用の作用メカニズムに置けるHMG-CoA還元酵素経路の関与を検討する目的で研究を行った。
8 μMのシンバスタチンによる処置はRap1AとRab6のイソプレニル化を阻害し、細胞増殖を阻害した。2 μMメバロン酸の添加はこれらの効果を逆転させた。
しかし、4μMのガンマ-トコトリエノールの投与による増殖抑制効果はメバロン酸合成の抑制に依存していなかった。
有効量以下のシンバスタチン(0.25μM)、ロバスタチン(0.25μM)、メバスタチン(0.25μM)、プラバスタチン(10μM)、またはガンマ - トコトリエノール(2μM)のそれぞれ単独での治療は、タンパク質プレニル化または細胞分裂促進シグナル伝達に影響を及ぼさなかった。
しかし、スタチンとガンマ-トコトリエノールの併用は、それぞれの有効量以下の投与で、+SA細胞増殖を有意に阻害し、HMG-CoA還元酵素の総量を減少し、Rap1A とRab6のプレニル化を低下させ、MAPKシグナル伝達系を抑制した。そしてこれらの作用は、メバロン酸の添加によって阻止された。
これらの知見は、低用量のスタチンとガンマ-トコトリエノールの併用治療の相乗的な抗増殖効果が、HMG-CoA還元酵素活性の阻害およびそれに続くメバロン酸合成の抑制に直接関係していることを示唆している。
上記の論文に出てくるRap1A とRab6はRas関連タンパク質で、低分子量GTP結合タンパク質の一種で、Rasと同様にイソプレニル化が阻害されると活性が阻害されます。
スタチンはHMG-CoA還元酵素の活性を阻害し、トコトリエノールはHMG-CoA還元酵素の分解の分解を促進して細胞内のHMG-CoA還元酵素の量を低下させます。
したがって、スタチンとトコトリエノールを併用すると、それぞれを単独で使用した場合の有効投与量以下の濃度でも、相乗効果によってHMG-CoA還元酵素の活性を十分に阻害し、抗腫瘍活性を示すという事です。
【トコトリエノールは他の薬剤の抗がん作用を増強する】
Synergistic anticancer effects of combined γ-tocotrienol with statin or receptor tyrosine kinase inhibitor treatment.(γ-トコトリエノールとスタチンまたは受容体型チロシンキナーゼ阻害薬との併用治療による相乗的な抗がん作用。)Genes Nutr. 2012 Jan;7(1):63-74.
【要旨】
進行がんまたは転移がんの患者において、長期生存の可能性を提供する治療法としては、現時点では全身化学療法しか無い。
γ-トコトリエノールはパーム油中に高濃度で見出される天然型ビタミンEの一種であり、強力な抗がん効果を示す。しかし、その消化管からの吸収および輸送における制限のため、血液中および標的組織中の濃度を治療有効レベルに維持することが困難という問題がある。
スタチンは3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル-補酵素A(HMGCoA)還元酵素の阻害剤であり、有望な抗がん作用が示されている。しかし、抗がん作用を得るためには高用量の摂取が必要であるが、高用量の投与は毒性(副作用)を引き起こすので、スタチンの抗がん剤としての使用は制限されている。
同様に、エルロチニブ(erlotinib)やゲフィチニブ(gefitinib)はそれぞれのHER/ErbB受容体サブタイプの活性化を阻害することによって抗がん作用を発揮するが、異なるEGF受容体ファミリーメンバー間のヘテロ二量体化によって、単一の受容体サブタイプの阻害からがん細胞を救済することができるため、これらの受容体型チロシンキナーゼ阻害薬の臨床的有効性も限界がある。
最近の研究では、非常に悪性の+SAマウス乳房上皮細胞に対するin vitroでの実験系において、低用量での様々なスタチンまたはEGF受容体阻害剤の単独およびγ-トコトリエノールとの組み合わせでの抗がん効果を調べている。
スタチンまたはEGF受容体阻害剤と有効量以下の用量のγ-トコトリエノールによる併用治療は、+SA細胞の増殖と生存を相乗的に阻害した。
これらの結果は、γ-トコトリエノールと他の抗がん剤との併用治療は、治療反応を増強するだけでなく、個々の薬剤の毒性や低い生物学的利用能、または高用量単独療法の副作用による治療の制限を回避する手段も提供し得ることを強く示唆する。
スタチンやEGF受容体阻害剤やその他の抗がん剤を個々に使用する場合は、有効な抗がん作用を得るためには高用量の投与が必要であるため、副作用が問題になります。
γ-トコトリエノールを併用すると、スタチンやEGF受容体阻害剤やその他の抗がん剤の、有効投与量を低下させることができるという結果です。
つまり、γ-トコトリエノールを併用すると、個々の薬剤を単独で使用した場合の有効量以下(subeffective doses)の用量で有意な有効性を示すので、副作用を減らすことができると言う事です。
トコトリエノールとスタチンの相乗効果に関しては以下のような報告があります。
Tocotrienols potentiate lovastatin-mediated growth suppression in vitro and in vivo.(in vitroおよびin vivoの実験系において、トコトリエノールはロバスタチンによる増殖抑制を増強する)Exp Biol Med (Maywood). 2007 Apr;232(4):523-31.
【要旨】
3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル補酵素A(HMG-CoA)還元酵素は、メバロン酸経路における律速酵素であり、メバロン酸経路は増殖関連タンパク質の膜固定および生物学的機能のために必須の中間体を提供する。
HMG-CoA還元酵素の競合阻害剤であるスタチンは、前臨床試験のレベルではがん細胞の増殖抑制活性を示すが、ヒトにおける臨床応用では、心血管疾患の予防に使用される用量では抗がん作用が認められず、その用量制限毒性によってがん治療への応用が妨げられている。
がん細胞ではHMG-CoA還元酵素の活性は亢進し制御異常な状態にあるが、イソプレノイドによる転写後の発現抑制に対する感受性は保持されている。したがって、このイソプレノイド媒介性の転写後発現抑制は、スタチンによるHMG-CoA還元酵素の阻害作用を増強する。したがって、イソプレノイドとロバスタチンの併用は、がん細胞のHMG-CoA還元酵素の活性を相乗的に抑制し、その結果、がん細胞の増殖も相乗的に抑制する。
イソプレノイドを含むビタミンEの異性体のd-ガンマ-トコトリエノール(d-gamma-tocotrienol)とd-デルタ-トコトリエノール(d-delta-tocotrienol)、およびロバスタチンはマウスの悪性黒色腫細胞B16の増殖を用量依存性に抑制し、その48時間培養の50%増殖阻害濃度は、それぞれ、20±3μM、14±3μM、1.5±0.4μMであった。
ロバスタチン(1μM)とd- ガンマ-トコトリエノール(5μM)の併用投与は細胞増殖を完全に阻止し、その増殖抑制作用はロバスタチン単独(12%)およびd-ガンマ-トコトリエノール単独(8%)によって個別に誘発された阻害の合計をはるかに超えた。
これら2つの薬剤の相乗効果は、ヒトDU145前立腺がん細胞およびヒトA549肺がん細胞においても示された。
C57BL6マウスに、ロバスタチン12.5mg/kg体重、d-デルタ-トコトリエノール62.5 mg/kg体重、または両方の薬剤の混合物を補足した食餌をB16細胞移植後22日間与えた。併用投与群のみが、コントロール群(薬物非投与群)に比べて有意に腫瘍縮小を認めた。
がん細胞のHMG-CoA還元酵素を転写後に抑制するイソプレノイドとの併用は、スタチンの有効投与量を低下させ、がんの化学予防や治療における新規のアプローチを提供し得る。
がん細胞内のコレステロールが高いほど悪性度が高いという報告があります。コレステロールががん細胞の発生や増殖を促進することが多くの研究で示されていますが、そのメカニズムは単純ではなく、まだ不明な点が多く残されています。
例えば、細胞膜でコレステロールが増えると、細胞膜の流動性に影響し、さらに脂質ラフト(Lipid Raft)の構造にも影響して、その結果、シグナル伝達系にも影響する可能性が指摘されています。
ラフト(Raft)とは筏(いかだ)のことで、細胞膜中に特定の脂質(スフィンゴミエリンやコレステロールなど)とタンパク質(受容体など)が集合した領域(ラフト)が浮かんでいる構造を脂質ラフトと言い、シグナル伝達や物質輸送などで重要な役割を果たしています。細胞内のコレステロールの量が脂質ラフトの働きに影響するということです。
コレステロールはアセチルCoA(グルコースや脂肪酸などの分解によって生成される)からメバロン酸を経由して合成されます。この生合成経路をメバロン酸経路と言います。
細胞内でメバロン酸経路は、コレステロールだけでなく細胞の増殖や機能に重要な働きを持つ多くの物質を産生しています。
例えば、細胞内シグナル伝達系のスイッチとして働くGTP結合タンパク質の機能にメバロン酸経路の中間代謝産物のファルネシル・ピロリン酸とゲラニルゲラニル・ピロリン酸が必要です。
GTP結合タンパク質(Gタンパク質)は内在性のGTP加水分解(GTPase)活性をもつタンパク質の総称で、この内、低分子量Gタンパク質群(Ras, Rho,など)は分子量が2万~3万のタンパク質で、これまで100種類以上報告されています。RasやRhoはがん遺伝子として知られています。
RasやRhoといったGTP結合タンパク質(Gタンパク質)が機能を発揮するためにはGタンパク質がプレニル化をいう修飾を受ける必要があります。プレニル化反応(Prenylation)とは、疎水性のプレニル基を付加する反応のことです。プレニル基とは、炭素数5のイソプレン単位で構成される構造単位の総称ですが、このプレニル基はメバロン酸経路で合成されます。
また、がん細胞の増殖を促進するインスリン様成長因子-1(IGF-1)の受容体の働きにも、メバロン酸経路の代謝産物が必要で、メバロン酸経路の阻害がIGF-1受容体の働きを阻害して、がん細胞の増殖を抑制することが知られています。
このように、がん細胞のメバロン酸経路を阻害することは、がん細胞の増殖を抑制することになります。
【イソプレノイドはHMG-CoA還元酵素の量を減らす】
コレステロールは食物にも含まれていますが、体内のコレステロールのうち、食事由来は3割程度で、7割くらいは糖質や脂肪酸を材料にして体内(肝臓や皮膚、腸粘膜、副腎、卵巣、精巣など)で合成されています。メバロン酸経路の律速酵素は3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリルCoAレダクターゼ(3-hydroxy-3-methylglutaryl-CoA reductase ;HMG-CoA還元酵素)です。
一連の化学反応系において、全体の反応速度を決定する反応を律速段階と言い、その反応に関わる酵素を律速酵素と言います。律速(りっそく)というのは「速さ」を「律する(制御する)」という意味で、「全体の反応速度を決める」という意味の用語です。
HMG-CoA還元酵素を阻害すると肝臓でのコレステロール生合成を抑制することができるため、多くのHMG-CoA還元酵素阻害剤が開発され高脂血症治療薬として臨床で使われています。このようなHMG-CoA還元酵素の働きを阻害することによって血液中のコレステロ-ル値を低下させる薬(HMG-CoA還元酵素阻害剤)の総称をスタチン(Statin)といいます。
図:スタチンは肝臓においてヒドロキシメチルグルタリル-CoA(HMG-CoA)からメバロン酸に変換するHMG-CoA還元酵素を阻害することによってコレステロール合成を抑制する。
コレステロール合成やメバロン酸経路の阻害の目的であれば、スタチンの使用だけで目的を達成できるようにも思います。しかし、これには問題もあります。スタチンでHMG-CoA還元酵素の活性を阻害すると、細胞はHMG-CoA還元酵素の発現を増やしたり、分解を阻止して、HMG-CoA還元酵素の量を増やすメカニズムが作動するからです。
多くの酵素反応はフィードバック機序で制御されており、HMG-CoAの活性が阻害されると、その産生産物(コレステロールなど)の低下を感知して、細胞はHMG-CoAの量を増やすのです。
コレステロールは多くの生物学的過程で必須な働きを担っているので細胞内のコレステロール量が不足すると細胞機能に支障をきたします。しかし、コレステロールが過剰に合成されると細胞に毒性を示します。従って、細胞内のコレステロールのレベルを感知してコレステロール合成を調節する仕組みが必要になります。この仕組みについては638話で解説しています。
以上をまとめると、スタチン(特に脂溶性のシンバスタチン)にトコトリエノール(特に、ガンマとデルタ型)の併用は、HMG-CoAの活性とタンパク質レベルを減少させ、メバロン酸経路を効率的に阻害して、がん細胞の増殖を阻害し、細胞死(アポトーシス)を誘導できるという結論になります。
トコトリエノールはサプリメントとして市販されています。
ビタミンEは、トコフェロールとトコトリエノールの二種類に大きく分けられます。メバロン酸経路を阻害するのはトコトリエノールの方で、トコフェロールにはそのような作用はありません。むしろトコトリエノールのメバロン酸経路阻害作用をトコフェロールは阻害するという報告があります。
したがって、メバロン酸経路阻害作用を目的にトコトリエノールを使用するときはトコフェロールの入っていないものを摂取することが大切です。(市販されているトコトリエノールのサプリメンにはトコフェロールが入っているものが多くあります)
シンバスタチンなどのスタチンを使ったらがん治療を試すとき、トコフェロールの含有していないガンマ・トコトリエノールとデルタ・トコトリエノールのサプリメントを1日に100から200mg程度摂取すると効果が期待できます。
ベニニキ(Annatoo tree)の種子(seed)に含まれるベニノキ種子油は、トコフェロールをほとんど含有せず、デルタ(δ)トコトリエノールを90%、ガンマ(γ)トコトリエノールを10%含みます(下図)。
図:ベニノキ種子抽出油に含まれるビタミンEはほとんどがトコトリエノール(T3)で、その内90%がδT3、10%がγT3。また、T3の効果阻害作用が報告されているαトコフェロールをほとんど含んでいない。
また、トコトリエロールは消化管からの吸収が悪いのですが、ガンマ・シクロデキストリンで包接すると消化管からの吸収を良くできます。そのような製品としてはシクロケムバイオ社のデルタ・トコトリエノールCDという製品が最も良いようです。(詳細はこちら)
シバスタチンの抗腫瘍効果をデルタ・トコトリエノールが増強するメカニズム的な根拠は十分あります。したがって、試してみる価値はあります。しかし、市販されているトコトリエノールのサプリメントは、α-トコフェロールを含有していたり、消化管からの吸収が悪いものばかりで、がん治療には適さないようです。そこで前述のシクロケムバイオ社からデルタ・トコトリエノールCDを購入して銀座東京クリニックでのがん治療に使用しています。
◎デルタ・トコトリエノールとシンバスタチンを用いたがん治療についてはこちらへ:
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