“伊夜袁許邇斯弖 伊麻叙久夜斯岐”
<イヤオコニシテ イマゾクヤシキ>
と、オウジンは、日向から来た采女「髪長比売」の顔容麗美<カオヨシ>をこの「豊明の日」に初めてまじかに見て、
「アッ失敗した。この女性がこんなに綺麗だったとは思わなかった。早くからその美しさを知っておればよかった。今では息子に与えてしまったのが悔しいが、仕方ない。ああ残念だったなあ。」
と思うのでした。
「袁許<オコ>」とは、「おかしなこと」ですが。宣長は「あはうらし」という意味だとしています。
このような恨み言葉をオウジンは宴会場で堂々と歌ったということは、おのが息子のこれからの幸せを一杯願った親心がその中に含まれているのです。
なお、この歌の前段の歌を書いておきますのでお読みください。
水たまる 依網(よさみ)の池の
堰杙(いぐい)打ち 刺しける知らに
蓴繰(ぬなはく)り 延(は)へけく知らに
我が心しぞ
伊夜袁許邇斯弖 伊麻叙久夜斯岐”
<イヤオコニシテ イマゾクヤシキ>
と、オウジンは、日向から来た采女「髪長比売」の顔容麗美<カオヨシ>をこの「豊明の日」に初めてまじかに見て、
「アッ失敗した。この女性がこんなに綺麗だったとは思わなかった。早くからその美しさを知っておればよかった。今では息子に与えてしまったのが悔しいが、仕方ない。ああ残念だったなあ。」
と思うのでした。
「袁許<オコ>」とは、「おかしなこと」ですが。宣長は「あはうらし」という意味だとしています。
このような恨み言葉をオウジンは宴会場で堂々と歌ったということは、おのが息子のこれからの幸せを一杯願った親心がその中に含まれているのです。
なお、この歌の前段の歌を書いておきますのでお読みください。
水たまる 依網(よさみ)の池の
堰杙(いぐい)打ち 刺しける知らに
蓴繰(ぬなはく)り 延(は)へけく知らに
我が心しぞ
伊夜袁許邇斯弖 伊麻叙久夜斯岐”