12月24日。クリスマスイブだというのに彼女に仕事が入った。
町の商店街を抜け、人通りが少なくなる通りにある小さなBARで彼女と待ち合わせをしていた。
このBARは、お洒落で老若男女に人気があった。マスターは30歳くらいの男性で、温かく味がある人だ。
「いらっしゃいませ。」私がドアを開けると、声優のような甘い声で迎えてくれる。
「彼女と待ち合わせをしてて、ひとまず一人でお願いします。」私が言うと、マスターは快くカウンターの席に案内した。
私がコートを脱いで座ると、一際目立つ80歳くらいのしわくちゃの老婆がカウンターの隅の席に座って静かにお酒を楽しんでいた。
大きな帽子をかぶり、色が付いた分厚い眼鏡をはめ、高級な指輪やアクセサリーを手や胸に身に着けていた。
私がマスターと話していると、老婆が私の方を見て笑った。その後に、マスターが「あちらのお客様からです。」と言って老婆が飲んでいる同じお酒を目の前に置いた。
私は「ありがとうございます。」と老婆に目で挨拶をすると、老婆は太った体を起こして、私の隣の席に座った。
「クリスマスだといういうのに、あんた一人なのかい?」いきなり言われたから戸惑った。
「違いますよ。今彼女と待ち合わせをしているんです。」
「へぇ。そうなのかい。男を待たせるとはよほどの女なんだね。」老婆は、お酒を飲み干すと、マスターに目で合図して、同じものをマスターは注いでいた。
私は、時計に目をやった。待ち合わせの時間は過ぎている。仕事が長引いているのだろう。老婆が大きな口を広げてまた笑った。
「彼女来ないねぇ。見捨てられたんじゃないのかい。」
「違いますよ。仕事が遅れているだけです。」
「へぇ。それならいいんだけども。暇なら私の話でも聞くかい?」
「何の話ですか?」
「そりゃ。私の大事な人の話しだよ。」
「文句言っている割には、彼氏がいたんですね。」
「彼氏なんてもんじゃないよ。私が人生で唯一大好きな人だったね。」
「好きな人の話ですか。ぜひ聞きたいです。」老婆は、大きなため息をつくとポツポツと語りだした。
「私が若い時にあんたみたいに、このBARで待ち合わせをしていたんだ。この店は、古くてね。若いマスターがいるだろう。あれのお爺さんが経営している頃だった。」話し声が聞こえたのか目の前にいるマスターが苦笑いをしていた。老婆は、お酒を一口飲むと更に続きを話し出した。
「私が待っていると、急に胸騒ぎがしてね。私の感はよく当たるんだよ。彼が車の事故に遭ったと店に電話が来てね。病院に急いで行ったんだ。彼は、全身傷だらけで、一日もてばいい方だと医者が言ったんだ。私は、信じられず、泣いて何度もクリスマスという日を恨んだ。よりによってクリスマスにこんな事があるなんてひどい事だと思わないかい。だけど、クリスマスという日は、奇跡が起きるんだって信じて一日中神様に祈ったんだ。」
「それからどうなったんですか。」私が聞くと、店のドアが開いて、彼女が手を振った。
「待った。」彼女から外の風の香りがしていた。
「いい男を見つけたね。大事にするんだよ。」老婆はポツリと彼女を見て言うと、マスターの方を向いた。さっきの話しの続きを聞きたかったが、これ以上聞かない方がいい様な気がした。
その後、彼女と店を出た。出る時にウサギのステッキを持った蝶ネクタイをはめた紳士な老人とすれ違った。すれ違うとき、「待たせたからまた怒るだろうな」と呟いていた。
まさかさっきの老婆の彼ではないだろうなと思うと、隣にいる彼女が「さっきの人とどんな話しをしていたの?」と聞いてきた。
私は「クリスマスに相応しい話しだったよ。」とだけ答えた。クリスマスという日は、人に語りたくなる様な物語が生まれる日なんじゃないかなと思った。
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町の商店街を抜け、人通りが少なくなる通りにある小さなBARで彼女と待ち合わせをしていた。
このBARは、お洒落で老若男女に人気があった。マスターは30歳くらいの男性で、温かく味がある人だ。
「いらっしゃいませ。」私がドアを開けると、声優のような甘い声で迎えてくれる。
「彼女と待ち合わせをしてて、ひとまず一人でお願いします。」私が言うと、マスターは快くカウンターの席に案内した。
私がコートを脱いで座ると、一際目立つ80歳くらいのしわくちゃの老婆がカウンターの隅の席に座って静かにお酒を楽しんでいた。
大きな帽子をかぶり、色が付いた分厚い眼鏡をはめ、高級な指輪やアクセサリーを手や胸に身に着けていた。
私がマスターと話していると、老婆が私の方を見て笑った。その後に、マスターが「あちらのお客様からです。」と言って老婆が飲んでいる同じお酒を目の前に置いた。
私は「ありがとうございます。」と老婆に目で挨拶をすると、老婆は太った体を起こして、私の隣の席に座った。
「クリスマスだといういうのに、あんた一人なのかい?」いきなり言われたから戸惑った。
「違いますよ。今彼女と待ち合わせをしているんです。」
「へぇ。そうなのかい。男を待たせるとはよほどの女なんだね。」老婆は、お酒を飲み干すと、マスターに目で合図して、同じものをマスターは注いでいた。
私は、時計に目をやった。待ち合わせの時間は過ぎている。仕事が長引いているのだろう。老婆が大きな口を広げてまた笑った。
「彼女来ないねぇ。見捨てられたんじゃないのかい。」
「違いますよ。仕事が遅れているだけです。」
「へぇ。それならいいんだけども。暇なら私の話でも聞くかい?」
「何の話ですか?」
「そりゃ。私の大事な人の話しだよ。」
「文句言っている割には、彼氏がいたんですね。」
「彼氏なんてもんじゃないよ。私が人生で唯一大好きな人だったね。」
「好きな人の話ですか。ぜひ聞きたいです。」老婆は、大きなため息をつくとポツポツと語りだした。
「私が若い時にあんたみたいに、このBARで待ち合わせをしていたんだ。この店は、古くてね。若いマスターがいるだろう。あれのお爺さんが経営している頃だった。」話し声が聞こえたのか目の前にいるマスターが苦笑いをしていた。老婆は、お酒を一口飲むと更に続きを話し出した。
「私が待っていると、急に胸騒ぎがしてね。私の感はよく当たるんだよ。彼が車の事故に遭ったと店に電話が来てね。病院に急いで行ったんだ。彼は、全身傷だらけで、一日もてばいい方だと医者が言ったんだ。私は、信じられず、泣いて何度もクリスマスという日を恨んだ。よりによってクリスマスにこんな事があるなんてひどい事だと思わないかい。だけど、クリスマスという日は、奇跡が起きるんだって信じて一日中神様に祈ったんだ。」
「それからどうなったんですか。」私が聞くと、店のドアが開いて、彼女が手を振った。
「待った。」彼女から外の風の香りがしていた。
「いい男を見つけたね。大事にするんだよ。」老婆はポツリと彼女を見て言うと、マスターの方を向いた。さっきの話しの続きを聞きたかったが、これ以上聞かない方がいい様な気がした。
その後、彼女と店を出た。出る時にウサギのステッキを持った蝶ネクタイをはめた紳士な老人とすれ違った。すれ違うとき、「待たせたからまた怒るだろうな」と呟いていた。
まさかさっきの老婆の彼ではないだろうなと思うと、隣にいる彼女が「さっきの人とどんな話しをしていたの?」と聞いてきた。
私は「クリスマスに相応しい話しだったよ。」とだけ答えた。クリスマスという日は、人に語りたくなる様な物語が生まれる日なんじゃないかなと思った。
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