日常の暮らしをいとおしむ
◆心に染みる言葉
泉北高速鉄道の改札口を出ようとしたらカードがない、あちこち探していたら、後ろで待っている方がいて、思わず「待たせてすみません」と言うと、若い娘さんが「いえいえ、私もそんなことありますから大丈夫ですよ」と言う。
なんと美しく心に染みる言葉なんだろう。この娘はどんなふうに育ち、どんな暮らしをしているのだろうかと思いを馳せながらいつまでも後姿を見送っていた。
◆ていねいな心配り
またあるとき、広島のお母さんたちの教育懇談会に寄せていただいた。少し早めに着いたのに、すでにたくさんの人が準備をされていた。演台には、どなたかの庭で咲いていたであろう季節の花が美しく生けられていた。
受付のところで、赤やピンクのリボンのついたしおりが目にとまった。なんと拙著から私の言葉をとってそれをしおりにして参加者に差し上げるのだと言う。
この行き届いた心配り!やっぱりなあ。人が次々と笑顔でやって来て、すぐに会場はいっぱいになった。心が届くところには、人が集まるのだ。帰ってからも、手書きの心のこもった礼状と、皆さんの感想の言葉をアルバムのようにきれいに製本されたものが送られてきた。またまた胸がいっぱいになった。
◆季節とともに暮らす
なんとも慌しい日々の中で、こんなていねいな営みがあり、心配りがある。カサカサになった心で日常の生活を送りたくないと改めて思う。
今朝、いつものウォーキングをしてきた帰り道、野草を摘んできて、庭に咲いていた白いホタルブクロと一緒に生けた。部屋の空気が一瞬で緑色になり、生き返ったような気分になり心が躍る。「なんでも子どもみたいに嬉しいんやなあ」と夫。
さて、それからこだわりの朝食の準備をする。畑から採りたてのキャベツをレンジでチン。田舎から送ってきたダイダイでとった酢をかけて1品。牛乳に玄米のフレークをうかせて2品目。季節の果物3種類に小豆の炊いたものを入れ、そこへヨーグルト、黒豆のきな粉、最後にこれも田舎からいただいた純粋のはちみつをかけてこれで3品目。
なでしこの花を生けたテーブルでゆっくりいただいて、一日が始まる。開け放した窓から爽やかな風が吹いてきて、空は真っ青。命が喜んでいると感じる。
今日は少し時間があるので、庭で穫れた梅をきれいに洗い、ヘタをとって、梅ジュースの用意をする。3年前の梅ジュースもこくがあって抜群に美味しい。自分の庭で白い花を咲かせ、鶯もやってきた梅だから一層いとおしい。
移りゆく季節に合わせて、絵や書もまめに掛け替えている。古着屋で手に入れた帯を使って自分で表装したあざみの絵を飾った。紫陽花の絵に添える詩も墨で書いて貼ってみた。あらストレス解消!
洗ったばかりの顔で
あじさいがさいています
花びらをよせあって
小さいしずくをいっぱいだいて
しずくのひとつぶひとつぶに
あじさい色の空をうかべて
しんとして
(尾上尚子「あじさい」)
◆手書きで届けたい
今日はまだすることがある。信州から届いたプレゼントのお礼状に絵手紙を添えて送る。
そして、学生たちの悩み相談に手紙を書くことに。中学校時代のいじめで今も人間不信で苦しんでいることを綿々と書いてきた学生。この生々しい事実を読んでどんなにか辛かったかと胸が痛くなる。
こんな私に「先生こんな話初めて人にします」と前置きして心開いて語ってくれる学生に手紙を書かないではいられない。
私は電話やメールの時代になっても、やっぱり自分の文字で自分の言葉で手書きにこだわって手紙を書くことを大切にしている。
どんなに忙しい時でもカバンに葉書きを入れていて、電車を待っていたり、講演が始まる待ち時間にでも、ちょっとした隙間の時間で葉書きを書いて、そこらのポストへポトンと投函する。心が届くということを大切にしたいから。
日々の暮らしを丁寧にいとおしんで生きたい。
(とさ・いくこ和歌山大学講師)