海福院
元和2年(1616)福島正則が夬室(かいしつ)和尚を開山として創建した福島家の菩提寺で、福島正則及び一族の墓がある。正則に関する遺物古文書がある。勤王家町尻説久(如水)の墓がある。
庭園は蘺島軒秋里(りとうけんあきさと)の作庭、江戸末期の書院式露路、蹲の形式をとどめている。
狩野探幽は妙心寺法堂の蟠龍(ばんりゅう)を描くにあたって当院に滞在中、酒興に乗じ、新しい唐紙に唐人猿回しの画を無断で描いたため、帰宅した院主にきつく叱られたという。ただ方丈に狩野益信筆「山水図」4面を残している。
押し入れには、茶儀の一切を仕組んだ茶室がある。これはむかし禅僧が歌舞音曲・遊芸・茶花をいましめられたにも拘わらず、ひそかに茶をたしなんだ名残といわれる。
寺院前回の記事 ⇒ 寺院右0616 妙心寺 雑華院(ざつげいん)
関連記事 ⇒ まとめ024 妙心寺
下の地図のユーザー地図 の囲みをクリックすると 付近の記事が探せます