やあ、いらっしゃい。
今年の夏はスポーツの秋ならぬ「スポーツの夏」。
五輪に高校野球にサッカープロ野球云々。
種々有れど貴殿の記憶に残ったスポーツは何だったかな?
私はやはりソフトボールだが…。
野球については拘りを持って観戦していたので、9月に入ってから改めて感想を書こうと思う。
前宣伝が鬱陶しいと感じもしたが、五輪のお蔭で数々のドラマを楽しめた。
参加した全ての選手に有難うと言いたい。
四方山話はこのくらいにして…今夜から数日は、怪談の系譜について話す事に致そうか。
これは怪談に限らずなのだが、話を聞いていて「その話に似たもの、何処かで聞いたな」と思う事が、しばしば有りはしないかい?
日本だけでなく、他国の物語に精通する岡本綺堂は、こんな思い切った告白をしている。
「日本固有の物語なぞ1つも存在しない」
「彼の『今昔物語』を始めとして、室町時代、徳川時代の小説類、殆ど皆中国小説の影響を蒙っていない物は無いと言ってもよろしいくらいで、私が一々説明致しませんでも、これは何の翻案であるか、これは何の剽窃(パクリ)であるかという事は、少しく中国小説を研究なされた方々には一目瞭然であろうと考えられます。
甚だしきは、歴史上実在の人物の逸事として伝えられている事が、実は中国小説の翻案であったというような事も、往々に発見されるので御座います。
そんな訳でありますから、明治以前の文学や伝説を研究するには、どうしても先ず隣邦の中国小説の研究から始めなければなりません。
彼を知らずして是を論ずるのは、水源を知らずして末流を探るようなものであります。」(中国怪奇小説集―開会の辞―より)
――何事も0から生れた訳では無い。
そう心の何処かに留めとくがよろしかろう。
前置きはさて置き、先ずは中国唐代に段成式(だんせいしき)が集録した奇談集、『酉陽雑爼(ゆうようざっそ)』に有った1篇を御覧頂きたい。
貞元(ていげん)年間の事である。
望苑(ぼうえん)駅の西に王申(おうしん)と言う、大層心掛けの優れた百姓が住んでいた。
道端に楡の木を沢山植えて出来た日蔭に幾棟の茅屋を設け、往来する人々をそこで休ませては水を呑ませたり、役人が通行すれば別に茶を勧めたり等、数々の善行を積んでいた。
この様な日々を送る内、或る日1人の若い女が来て、水を求めた。
女は碧い肌着に白い着物を着ていた。
「私は此処から十余里の南に住んでいた者ですが、夫と死に別れて子供も無く、これから馬嵬(ばかい)駅に居る親類を頼って行こうと思っているので御座います」
女の話し方は実にはきはきしていて、その立ち居振る舞いも愛らしかった。
王申は気の毒に思い、水を与えるばかりでなく、家へ招き入れて飯をも食わせてやった。
そして今日はもう遅いから泊まって行けと勧めると、女は喜んで泊めて貰う事に決めた。
明くる日、昨夜のお礼に何かの御用を致しましょうと言うので、王の妻が試しに着物を縫わせてみると、針の運びが早いだけでなく、その手際が実に人間業とは思えない程に精巧を極めているので、王申も驚かされた。
殊に王の妻は一層その女を愛するようになって、仕舞には冗談の様にこんな事を言い出した。
「聞けばお前さんは近しい親類も無いと言う事だが、いっそこの家のお嫁さんになっておくれでないかね」
王の家には今年13になる息子が在った。
当時は13で嫁を迎えるのは珍しくなく、両親も以前より、息子に相応しい良い娘を探そうと心掛けて居たのであった。
王の妻の誘いを聞き、女は笑って答えた。
「仰る通り、私は頼りの少ない身の上で御座いますから、もしお嫁さんにして下さるなら、この上もなく幸せで御座います」
相談は直ぐに決まって、王夫婦も喜んだ。
善は急げと云うので、その日の内に新しい嫁入り衣裳を買い調えて、その女を息子の嫁にしてしまったのである。
その日は暮れても暑かったが、この頃此処らには盗賊が徘徊するので、戸締りを厳重にして寝ると、夜中になって王の妻は不思議な夢を見た。
息子が散らし髪で母の枕元に現れて、泣いて訴えるのである。
「私はもう食い殺されてしまいます…!」
妻は驚いて眼を覚まして、夫の王を呼び起した。
「今こんな忌な夢を見たから、息子の部屋へ行き、少し様子を見て来ようかと…」
「止せ、止せ」と、王は寝惚け声で叱った。
「新夫婦の寝床を覗きに行く奴が在るものか。お前は良い嫁を貰ったので、嬉し紛れにそんな途方も無い夢を見たのだ」
叱られて、妻もそのままに眠ったが、やがて又もや同じ夢を見たので、もう我慢が出来なくなった。
再び夫を呼び起して、無理に息子の寝間へ連れて行き、外から試みに声をかけたが、中からは何の返事も無い。
戸を叩いてもやはり黙っているので、王も不安を感じて来て、戸を開けようとすると堅く閉ざされている。
思い切って戸を抉じ開け入ってみると、部屋の中には怖ろしい物の影が見えた。
それは恐らく鬼とか夜叉とか言うのであろう。
体は藍の様な色をして、その眼は円く光り、歯は鑿の様に鋭かった。
その異形の怪物は驚く夫婦を衝き退けて、風の様に表の方へ立ち去って行った。
脅えながら息子の安否を確かめると、唯僅かに頭の骨と髪の毛とを残しているのみで、他は影も形も見付からなかった。
中々に惨く、恐ろしい話である。
さてこの話によく似たものが、日本にも存在する訳だが…紹介は明日に回させて貰うとしよう。
今夜の話は、これでお終い。
さあ、蝋燭を1本、吹消して貰おうか。
……有難う。
それじゃあ鬼に遭わないよう、気を付けて帰ってくれたまえ。
――いいかい?
夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
そして、風呂に入ってる時には、足下を見ないように…。
では御機嫌よう。
次の夜も、楽しみに待っているよ…。
参考、『中国怪奇小説集(岡本綺堂、編著 光文社、刊 酉陽雑爼―王申の禍―の章より)』。
今年の夏はスポーツの秋ならぬ「スポーツの夏」。
五輪に高校野球にサッカープロ野球云々。
種々有れど貴殿の記憶に残ったスポーツは何だったかな?
私はやはりソフトボールだが…。
野球については拘りを持って観戦していたので、9月に入ってから改めて感想を書こうと思う。
前宣伝が鬱陶しいと感じもしたが、五輪のお蔭で数々のドラマを楽しめた。
参加した全ての選手に有難うと言いたい。
四方山話はこのくらいにして…今夜から数日は、怪談の系譜について話す事に致そうか。
これは怪談に限らずなのだが、話を聞いていて「その話に似たもの、何処かで聞いたな」と思う事が、しばしば有りはしないかい?
日本だけでなく、他国の物語に精通する岡本綺堂は、こんな思い切った告白をしている。
「日本固有の物語なぞ1つも存在しない」
「彼の『今昔物語』を始めとして、室町時代、徳川時代の小説類、殆ど皆中国小説の影響を蒙っていない物は無いと言ってもよろしいくらいで、私が一々説明致しませんでも、これは何の翻案であるか、これは何の剽窃(パクリ)であるかという事は、少しく中国小説を研究なされた方々には一目瞭然であろうと考えられます。
甚だしきは、歴史上実在の人物の逸事として伝えられている事が、実は中国小説の翻案であったというような事も、往々に発見されるので御座います。
そんな訳でありますから、明治以前の文学や伝説を研究するには、どうしても先ず隣邦の中国小説の研究から始めなければなりません。
彼を知らずして是を論ずるのは、水源を知らずして末流を探るようなものであります。」(中国怪奇小説集―開会の辞―より)
――何事も0から生れた訳では無い。
そう心の何処かに留めとくがよろしかろう。
前置きはさて置き、先ずは中国唐代に段成式(だんせいしき)が集録した奇談集、『酉陽雑爼(ゆうようざっそ)』に有った1篇を御覧頂きたい。
貞元(ていげん)年間の事である。
望苑(ぼうえん)駅の西に王申(おうしん)と言う、大層心掛けの優れた百姓が住んでいた。
道端に楡の木を沢山植えて出来た日蔭に幾棟の茅屋を設け、往来する人々をそこで休ませては水を呑ませたり、役人が通行すれば別に茶を勧めたり等、数々の善行を積んでいた。
この様な日々を送る内、或る日1人の若い女が来て、水を求めた。
女は碧い肌着に白い着物を着ていた。
「私は此処から十余里の南に住んでいた者ですが、夫と死に別れて子供も無く、これから馬嵬(ばかい)駅に居る親類を頼って行こうと思っているので御座います」
女の話し方は実にはきはきしていて、その立ち居振る舞いも愛らしかった。
王申は気の毒に思い、水を与えるばかりでなく、家へ招き入れて飯をも食わせてやった。
そして今日はもう遅いから泊まって行けと勧めると、女は喜んで泊めて貰う事に決めた。
明くる日、昨夜のお礼に何かの御用を致しましょうと言うので、王の妻が試しに着物を縫わせてみると、針の運びが早いだけでなく、その手際が実に人間業とは思えない程に精巧を極めているので、王申も驚かされた。
殊に王の妻は一層その女を愛するようになって、仕舞には冗談の様にこんな事を言い出した。
「聞けばお前さんは近しい親類も無いと言う事だが、いっそこの家のお嫁さんになっておくれでないかね」
王の家には今年13になる息子が在った。
当時は13で嫁を迎えるのは珍しくなく、両親も以前より、息子に相応しい良い娘を探そうと心掛けて居たのであった。
王の妻の誘いを聞き、女は笑って答えた。
「仰る通り、私は頼りの少ない身の上で御座いますから、もしお嫁さんにして下さるなら、この上もなく幸せで御座います」
相談は直ぐに決まって、王夫婦も喜んだ。
善は急げと云うので、その日の内に新しい嫁入り衣裳を買い調えて、その女を息子の嫁にしてしまったのである。
その日は暮れても暑かったが、この頃此処らには盗賊が徘徊するので、戸締りを厳重にして寝ると、夜中になって王の妻は不思議な夢を見た。
息子が散らし髪で母の枕元に現れて、泣いて訴えるのである。
「私はもう食い殺されてしまいます…!」
妻は驚いて眼を覚まして、夫の王を呼び起した。
「今こんな忌な夢を見たから、息子の部屋へ行き、少し様子を見て来ようかと…」
「止せ、止せ」と、王は寝惚け声で叱った。
「新夫婦の寝床を覗きに行く奴が在るものか。お前は良い嫁を貰ったので、嬉し紛れにそんな途方も無い夢を見たのだ」
叱られて、妻もそのままに眠ったが、やがて又もや同じ夢を見たので、もう我慢が出来なくなった。
再び夫を呼び起して、無理に息子の寝間へ連れて行き、外から試みに声をかけたが、中からは何の返事も無い。
戸を叩いてもやはり黙っているので、王も不安を感じて来て、戸を開けようとすると堅く閉ざされている。
思い切って戸を抉じ開け入ってみると、部屋の中には怖ろしい物の影が見えた。
それは恐らく鬼とか夜叉とか言うのであろう。
体は藍の様な色をして、その眼は円く光り、歯は鑿の様に鋭かった。
その異形の怪物は驚く夫婦を衝き退けて、風の様に表の方へ立ち去って行った。
脅えながら息子の安否を確かめると、唯僅かに頭の骨と髪の毛とを残しているのみで、他は影も形も見付からなかった。
中々に惨く、恐ろしい話である。
さてこの話によく似たものが、日本にも存在する訳だが…紹介は明日に回させて貰うとしよう。
今夜の話は、これでお終い。
さあ、蝋燭を1本、吹消して貰おうか。
……有難う。
それじゃあ鬼に遭わないよう、気を付けて帰ってくれたまえ。
――いいかい?
夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
そして、風呂に入ってる時には、足下を見ないように…。
では御機嫌よう。
次の夜も、楽しみに待っているよ…。
参考、『中国怪奇小説集(岡本綺堂、編著 光文社、刊 酉陽雑爼―王申の禍―の章より)』。