前回記事の続き。竹下節子氏からジャーナリストの田中龍作氏のブログ記事の存在を示唆された。あらかた統一教会と安倍元首相及び祖父岸信介との深いつながりに特化した内容だ。とりわけ、当教会が自ら限定したマスコミ向けに記者会見を主催したが、その報道は教団の説明を鵜呑みにしたお座なりの内容と姿勢だった。これに対して、統一教会と係争中(?)の弁護士たちが、それは茶番だと抗議し、法的アジェンダを公開で訴えた。
田中龍作氏は、その一連の動きを踏まえ、つまりは統一教会は、自民党ぐるみで関係をもち、安倍元首相はそのフィクサーであることを指摘した記事であった。その記事の落としどころは、「統一教会による過酷な収奪システムの大黒柱が安倍首相だったのである。被害者救済活動を35年にわたって続けてきた弁護士たちが、口を酸っぱくして言い続けてきた」とあった。(前回記事の竹下氏のコメントにリンク先を添付)
ただし、氏の記事には、統一教会と安倍元首相との強い結びつきは、きっちりと論証されていないと感じた。なぜ「収奪システムの大黒柱だった」か、それを実証する前提、例証なり、証拠立てる手続きが省かれている。なので、田中氏の記事は予断に基づくものと判断せざるをえない。
犯人は当初、統一教会の会長を狙ったという。さらに深い因縁のあった故岸信介から、孫の故安倍晋三に私憤の矛先を向けたといわれる。岸・安部が実際に統一教会内の献金システムに、どこまで関わっていたのかは、現在の時点では教会の当事者にしか分からないことだ。
たとい、関わっていたと類推できても、安倍元首相が狙撃された事件との関連で山上容疑者を訴追する本筋とはならない。あくまで参照できる記事内容にとどまっているものと思った。
とりあえず、今回の事件背景と考えられるトピックを、ネット等の記事から任意に拾ったので羅列する。
■安倍首相の祖父岸信介氏は、自民党および統一教会の黎明期より統一教会と密接な関係を持ち続けてきた。
■岸がかかわったのは統一教会というよりも、その教祖である文鮮明を中心に、「右翼のドン」とも呼ばれた日本財団の笹川良一と岸信介などが協力して「国際勝共連合」なる団体を創立。両者ともに文鮮明と交流があった。岸が文と親しげに握手をしている写真も残されている。
■岸信介氏はしばしば統一教会本部を訪れ、教会員を激励する講演を1970年、71年、73年と継続的に行った。
■「国際勝共連合」社会主義陣営や新旧左翼の運動に対抗するために結成された。そして、統一教会の学生組織として生まれたのが「原理研究会」(別記1)であった。
■岸もそうだが、安倍元首相が統一教会とかかわりを持ったのは、反共運動の側面からであり、信仰という面には関心はなかったであろう。選挙の際に、統一教会のメンバーが、自民党の候補者のボランティアとして活動してきた面も大きい。
■安倍元首相は昨年9月12日、旧統一教会の友好団体が開いた大規模集会に「総裁はじめ、皆さまに敬意を表します」と約5分に及ぶビデオメッセージを寄せるなど、最後まで旧統一教会との関係を断ち切ろうとしなかった。
■安倍元首相が昨年、統一教会の関連団体の集会に、現在の教団トップである韓鶴子総裁を讃えるメッセージを寄せたことは事実で、容疑者は、それを知って、安倍元首相が統一教会の信仰を広めることに貢献していると考えたようだ。
次に、統一教会に関わること、及び同教会と容疑者山上某の家族に関するトピック。
■旧統一教会の創説者、故・文鮮明総裁は1968年、反共主義の政治組織「国際勝共連合」を設立し、長きにわたって自民党議員と協力関係を続けてきた。一方、旧統一教会を巡っては「国際合同結婚式」や「霊感商法」が次々と明るみに出て、日本でも社会問題となった。
■山上容疑者の母は統一教会を信仰する以前に、実践倫理宏正会という団体の活動に入れ込み、その傾倒が理由でノイローゼ状態になった父は自ら命を絶った。
■彼女は熱心な信者となり、度々、子供を置いて長期にわたり渡韓するほどだった。山上容疑者には、兄と妹がいるが、母がいない間、「ネグレクトどころではない、もっとひどい状態です。兄は病気で自分で食事を作ることもできない」という状態が続いた。
■特殊な環境に育った山上容疑者の兄は後に自殺し、また山上容疑者本人も、母の信仰に悩み自殺未遂を起こしている。
■山上の伯父(母の兄)によると、「(寄付として家から)持って行かれてしまったのが、1億数千万円はある。私はね、(山上容疑者ら)3人の甥と姪の依頼で統一教会から5千万円を2009年に取り返したんですよ。その時の和解書もある。でも、取り返した金を母親がまた寄付してしまうんです」
もっといろいろあるのだが、2,3の記事から目にとまったものをピックアップした。要するに週刊誌ネタ以下の信ぴょう性しかなく、裏をとって書かれたものとはいえない。但し、全否定するものではなく、これまでの推移から何らかの役立ちそうなメモ程度のネタとして読んで欲しい。
なお、そのうちの一つに「前代未聞の射殺事件で世間を震撼させた容疑者の家庭環境について、7月14日発売の週刊新潮で詳しく報じる」とあって、統一教会への怨恨をもつ山上容疑者の個人的な背景がもっと深掘りされるであろう。
筆者としては、いまのところ山上容疑者の個人的(多分にメンヘラ)な犯行だという見方をしている。それも、彼の心因的な要素からの不条理な事件だと思っている。また、別の要因があるとすれば、俗にいう神戸の「酒鬼薔薇聖斗事件」の少年A、秋葉原通り魔大量殺人の加藤某と同世代であることが引っかかっていて、もちろん本件とは関係ないのだが、同じ世代に共通する鬱屈した社会背景が一つの遠因ではないかと、小生は思えてならない(日本が失われたX年と呼ばれる時期に思春期を迎えた)。
山上の母が統一教会に寄付し、破産したのは20年前とされる。かなり古い過去の怨恨をずっと、山上某は抱えてきたが、かなりストレスフルな人生である。その間に、自身でなんらかの打開策を講じない彼の性格、彼をバックアップするような人間関係の不在に、小生は特異さを感じざるをえない。
{付記}(安倍元首相狙撃事件と、統一教会の献金システム、および教会の民事事件等、さらに犯人及び家族と教会との因縁・相関がしばしばミックスして論じられている。それぞれは別個の事象であり、切り分けて検証されるべきだ。相関する場合には、その都度注釈して論じる必要があろう。)
以上、安倍元首相が動機の不明な一個人によって狙撃・殺害されたことは、国際的にも重大な関心を集めている。それに関する記事を前回に書いたが、それを補足するというより、事件の背景にある断片的なトピックを集めたものである。また、元首相とはいえ要人警護のお粗末なセキュリティで、現場に臨んだ警察側の知性の劣化に個人的に興味をもった。
覆面のSPが10人ほどいたというが、ふつう首相級のボディーガードをするなら、その周囲を5人程度で取り囲むような態勢をとる。360度開放された場所でのスピーチなら猶更だ。ま、各国のSPシステムから鋭く指摘されているようで、素人の口出しは憚れる。
兎にも角にも、世界中で安倍元首相の死を悼む方が多い。日本の政治のみならず、国際政治の舞台でも偉大な足跡を残した人物が、無思想・無定見の危ない40男の単なる思い込みの激しさ、見当違いのテロ行為で憤死させられたとしたら、多くの人の哀悼は行き場がなく、彷徨うだけとなる。喪失感、不信感はさらに強度をまして、日本保守の大衆を不安に陥れるにちがいない。
(別記1)統一教会の学生組織「原理研究会」について・・・かなり前になるが、金沢大の仲正昌樹の著作にはまったことがある。法政治、哲学、正義論、ドイツ戦後論など、独自の視点から丁寧に論理的に執筆されていた。自説を展開するなかで、東大の学生時代に統一教会の「原理研究会」に入ったこと、その挫折と深い自省から現在の考察に至ったという弁を、どの著書にも書いていた。誠実で真正な方だと感じた。
それから、ハイデガー、アレント、ベンヤミン、ルソーなど、哲学・思想家の読み直しというか、解説本・入門書を多く書くようになった。大学の講義の副読本みたいな著作で、面白いし為にはなるが、以前の鋭い自説を展開するポテンシャルを感じないのは淋しい。それは統一教会のことをメインに書いた本『Nの肖像 ― 統一教会で過ごした日々の記憶』を書いた前後からだと記憶している。ともあれ彼の書く本は、ヘーゲルやデリダも分かる上等な思想入門書であることは間違いない。