朝から晴れて、気持ちのいい日光を浴びようと・・。で、散歩も少し遠くへと・・。
スニーカーで歩くことの小さな誇らしさ。回り道も厭わない、かるい余裕をもちながら。
そうだ、たまには小石川方面もいいかなと思いついた。
あの牧野富太郎もいた、徳川時代からの本草学を継承し、帝国東大病院附属の薬草研究所であった小石川植物園がいい。まずここだ。余裕あれば、春に行った江戸川橋にもいくのも一興 . . . 本文を読む
老後の自問自答①
日本国憲法の真の制定者とはだれか。
これが最初の、わたしの自問である。その答えは、「わたしたち国民である」。現状では、これに尽きると考える。
この一文を書くにいたるまで確認せねばならぬこと多々あった。おりしも集団的自衛権が合憲か違憲かが、当事者ともいうべき憲法学者らの発言もあって、憲法解釈について様々なメディアが連日のように扱っている。(別記参照)
か . . . 本文を読む
土曜日に財布を落とした。老人性痴呆のはじまりなんだろうか.気持ちは落ち込み、身体から力も抜けた。自分を責めても、なにも生まれないと、ひたすら気分転換を心がけた。あちこち電話して手配した。現金より、カード紛失のほうが怖い。月曜日、まずは免許証の再交付が先決だとかんがえ、東陽町に行った。手続きをすませ、新しい免許書の交付を待っていた。
自宅から電話があった。一瞬耳を疑った。そのまま交 . . . 本文を読む
夕刊にあった穂村弘の記事がおもしろかった。学生時代に、写真を撮られるとき少しでも目を大きく見せたいがため、ぱちっと見開いた。後でその写真をみた瞬間、激しく後悔したらしい。「少しでも目を大きく見せようとしてぱちっと見開いた」ひとが写っていたからだという。「自分のささやかな欲望が外から丸わかりなるのは実に恐ろしいことだ」と穂村弘は書いている。
まだ、わたしは「老後の自問自答」を書こう . . . 本文を読む
今年の十月で65歳になる。馬齢を重ねてなんとやらである。他人様に自慢できるものはない。恥ずかしきことの数々をつみかさね、こうして今もなお青っぽい独白まがいのことを曝そうとしている。さいしょから曖昧かつ自嘲的な文章を書いているじぶんが情けない。
こんな自問自答を四六時中くりかえしている糞爺はきもちわるい。なんとしても自力で始末せねばなるまい、と震えながら決意した。そう、老い先の輪郭 . . . 本文を読む