小寄道

日々生あるもの、魂が孕むものにまなざしをそそぐ。凡愚なれど、ここに一服の憩をとどけんかなと想う。

極私的アメリカの点描その④ 終わりなき銃社会

2022年01月16日 | エッセイ・コラム

アメリカが銃社会であることは、日本人なら誰もが知っていると思う(子どもは除く)。

だいぶ前のことで恐縮だが、マイケル・ムーア監督の映画『ボウリング・フォー・コロンバイン』は、コロラド州ジェファーソン郡立コロンバイン高等学校で起きた銃乱射事件を扱った傑作ドキュメンタリーだった(いじめられたことを苦にした二人の男子高校生が、12名の生徒と教師一人を射殺した凄惨な事件。その真相を探るために、ムーア監督自身がアメリカ各地、カナダを歩き、銃社会の現実を取材する。その様子が突貫的かつユニークで面白い。当時の全米ライフル協会会長がアメリカ俳優のチャールストン・ヘストンも登場した)。

そういえば昔、ルイジアナ州にホームステイしていた日本の高校生が射殺される事件もあった。ハロウィンの時に、高校生は間違ってある家を訪問。その時、家の主が高校生を暴漢だと思いこみ発砲、殺してしまった。「Freeze(フリーズ/動くな)」と言われたのを「Please(プリーズ/どうぞ)」と聞き間違え、家の敷地に入ったからだと報道された(撃った人は無罪)。

それ以降も、学校内での生徒乱射事件、抗議デモに対する反対派の銃撃事件などが繰り返された。そのつど銃規制論議が全米で沸き起こるのだが、アメリカ憲法修正第2条の「自衛の権利」の主張のまえに、多くの州は制限はするが銃の所有を認め、今日に至っている。

もっと言えば、リンカーン大統領、ロバート・ケネディ司法長官、マーティン・ルーサー・キング牧師らは銃で暗殺されたし、レーガン大統領狙撃事件(側近が被弾)、ジョン・レノンも銃で撃たれた。大統領や著名人までも銃弾によって斃れたにもかかわらず、アメリカには銃社会が依然として続いている。(ケネディ大統領の暗殺を忘れるなんて! これも闇歴史の一つ)

そんな社会背景には何があるのか? 銃社会から脱却できないアメリカ人の心性とはいかなるものか? 現在、アメリカでは乱射事件を筆頭に、単なる銃絡みの事件や事故、自殺者などを含めて、毎日100人近くの人々が命を落としているという。

▲BLMなど人種差別問題、最近のコロナ禍、2020年代になり銃による死亡が増える。

       

▲猟銃以外に軍事用の連射型のライフル銃も人気。ライフルだけでなく、全米マシンガン協会もある。

憲法修正第2条の「自衛の権利」とは、「人民が武器を保管し、また携帯する権利は、これを侵してはならない」というもの。これは、アメリカの独立戦争以来の「規律のとれた民兵(ミリシア)」を想定していて、アメリカの州には州兵が存在し、軍として機能している(たぶん、全州にはない)。これは、イギリスからの独立戦争、先住民との闘い、州同士の利権争いなどの歴史を通じて培われた、白人社会(※)の伝統でもある。つまり、民間人でも自分の身の安全を保つには、銃を使うことのメリットが体に刷り込まれている。(※20世紀初頭まで、イギリスを筆頭にヨーロッパからの移民がほとんどで80%強が白人だった)

また一方で、現実的には多くの銃犯罪が、黒人やヒスパニック系の貧困層で起こっているのも事実。貧困問題を解決しない限り、本当の意味で銃犯罪は減らないという議論も確かにある。そして、銃による過激な事件が起き、メディアが銃規制キャンペーンを行うと、「銃が人を殺すのではなく、人が人を殺すのである」という鉄板の反論が、全米ライフル協会や政界に影響力のある銃企業のロビイストから即座に打ち出される。

銃規制の緩いアメリカ南部、中西部の州では、アイデンティティを確認できたら誰もが買える。また、銃専門店だけでなく、大手スーパーにも銃コーナーが設置されている州もあり、銃を所持することの壁は低い。小生が考えうるに、アメリカの銃規制を封じ込め、「銃文化と伝統」を支えているのは、銃を持つことの意義が浸透している白人社会だ。そして彼らはほとんど全員、「人を殺すことなかれ」と説くキリスト教の圧倒的な信者たちなのだ。

さて、銃社会を存続させている白人社会において、自衛手段として銃保持だけでなく開拓時代からの動物の狩猟などの歴史をもつ、「ハンティング文化」が今もなお健在だという事実を見逃してはならないだろう。

つい2,3日前、愛読しているブログ『どーか誰にも見つかりませんようにブログ』(別記1)で、映画「ディア・ハンター」を視聴したことが論評されていた。この映画は小生がかなり印象に残ったというより、上下巻のビデオで買った数少ない映画である。主演がロバート・デ・ニーロであり、クリストファー・ウォーケン、メリル・ストリープ、彼女の最初の旦那ジョン・カザールなどが出演したベトナム戦争映画だ。

3時間ちかい長尺の映画で、最初の70分は故郷の鉄鋼業や炭鉱のある町にすむ若者たちが結婚式でどんちゃん騒ぎをやり、そして男たちだけで山に鹿狩りに行くことが延々と映し出される。これらのシーンが無駄が多く、「ディア・ハンター」は凡作だとする人が多くいた・・。

鹿狩りから帰ったシーンが終わると、突然ベトナムの激しい戦争シーンになり度肝を抜かれる。そしてデ・ニーロたちは、敵のベトナム軍につかまり池にある水中の檻に閉じ込められている。つかまったアメリカ人は一人ずつ出され、仲間同士で本物のロシアンルートをやらされる。どちらかが命を落とすまで、銃弾1発入った銃を頭に当てて、交互に勝負する。一発目で運悪く発射すれば死ぬ。恐怖から泣き叫んで止める。ベトナム人はそれを見て笑い、金のやりとりを行う。いかん、論点がずれてしまう。

映画の題名の「ディア・ハンター」は鹿狩りであるが、デ・ニーロたちはロシア移民の子孫たちという設定。遅れてアメリカに移住してきた白人たちは、まずアメリカ建国精神を体現し、WASPらの先達者たちの生活スタイルを模倣し、順化させてきた。アメリカのPopsも歌えば、アメリカが関わってきた戦争にも積極的に従軍する。リベラルでアイビーリーグの大学に入り、反戦運動やロックコンサートに現を抜かしているのは、金持ちのボンボンだと蔑むしかない。中低所得者層の白人移民たちの青年はそう思い込むしかなかった。

「ディア・ハンター」の監督・マイケル‣チミノ(別記2)は、70分もかけて結婚式と鹿狩りのシーンに費やしたが、ベトナム戦争にいく若者たちの心情と伝統的なアメリカ精神を体現するロシア系のコミュニティを見事に重ね合わせた。まさにアメリカナイズされた不屈のスピリットでベトナム戦争に行く、その儀式として一人前の男になる「伝統の鹿狩り」に行ったのだ。マッチョな男として存在証明する通過儀礼といえるかもしれない。

デ・ニーロは親友に語る。「狙いを定めて、ワンショットで決めろ」。これは、この映画のキーワードになり、映画の最後の方にも、デ・ニーロが一人で鹿狩りに行くシーンがある。そこでは、わざと銃口を外して鹿を逃がす。男として感極まってしまうシーンである。

『ディア・ハンター4Kデジタル修復版』予告

▲最近、本記事のアクセスが増え、「ディア・ハンター」の新・予告版を追加した(2022.6.10 )

余談になるが、小生はユーチューブの国際カップルをよく見ている。男が日本人で相手が外国人の組合せがほとんどで、アメリカのテネシー州にそんなカップルがいて、日本男性が嫁さんの親戚に誘われて鹿狩りに行く動画を去年アップしていた。プライバシーもあるので詳しくは書かないが、この青年は体は凄くマッチョであるが、嫁さんにぞっこんで四六時中ベタベタしている。アメリカ人の美しい嫁さんは、そんな日本の夫をペットのように可愛がる。そんな二人を見て周囲はどう思ったか・・。で、日本人の夫は男だけが参加することができる「鹿狩り」に行く羽目になった。そんなユーチューブを彼がアップしたのだ。

場所は特定できないが、男たちは森に行き、5日間の日程で山小屋に暮らす。鹿狩り専用の家の造りで、これまでにハンティングした鹿の角、頭蓋骨がずらりと壁に掛けられている。男たちはここでハンバーグ、ソーセージ、ポテトフライだけを食べて過ごす。

 

▲日本人男性はもちろん何もできない。へらへら笑っているので咎められたりする。彼はしかし呟いた「ここはピースフルじゃないね」。君は正常だ。

 

(別記1)『どーか誰にも見つかりませんようにブログ』は、ここから⇒ 映画「ディア・ハンター」視聴の記

氏のブログは、胆力のある筆力で毎日更新される。題材は硬軟縦横であり、視点は客観・中立である。竹下節子さんからひょんなことから紹介していただくことになり、それ以来読者になった。ときに長尺の評論は、小生のような軟弱な頭ではついていけなくなること暫し。今回の「ディアハンター」の論評は、アメリカの銃社会を考えるいい切っ掛けをあたえていただいた。また、70年代にくり返し観た映画のトップ10に入る、私の中の名画であった。

ここで語られる氏の「ホモ・ソーシャリズム」とは、アメリカの桎梏ともいえるテーマであり、トランプを生みだすようなアメリカの社会的矛盾のひとつとも言える。時間のない方は、下記に示す氏の言葉に目を留めていただきたい。軽快な言葉遣いにもかかわらず、氏の慧眼がひかっている。

「ホモ・ソーシャリズム」なる言葉を想起しました。よく意味は私も知らないんですが、どうも男たちだけの回路としての男社会みたいなものがあるという文脈で使用されていたりする。
おそらくは「♂たち」による社会回路を暗喩して、その言葉が使用されていたと思う。
それを分かっているからこそ、この映画のタイトルは「ディアハンター」であり、その「鹿狩り」というレクリエーションには「女は連れて来るなよ。狩りは男だけの遊びなんだぜ」というセリフが係っているのだろうな、とね。

 

(別記2)マイケル‣チミノ監督は、次回作の『天国の門』でずっこけた。1890年代のワイオミング州を舞台にしたロシア・東欧系移民の悲劇を扱った映画であるが、これまた3時間半を超える大作(アメリカ一般公開版は149分)。彼のアイデンティティに関わるテーマ、ディアスポラとしてのロシア・東欧系移民の実態を甦らせた。アメリカに移住した祖先たちへのオマージュでもある。

しかし、そのテーマ表現の思い入れがたっぷりで、エピソード・シーンの製作に金と時間をかけ過ぎた。興行的にも大失敗して、映画会社が倒産することになった。不名誉な意味で映画史に名を残した作品であり、監督が金と時間を采配できた最後の映画だとされる。それ以降、プロデューサーや映画会社が、映画作りを徹底管理するシステムに移行した。

実際のマイケル‣チミノ監督は、屈強な男らしいタフなイメージをもっていたが、なんと見た目は女性らしい、ソフトな雰囲気をもつ男性で驚いたことがある。繊細にみえて、自分の表現したいものはとことん執着するタイプだったのか・・。延々と続く「ディア・ハンター」の結婚式のシーンは、それを裏付けている。

(参考)将来ラストベルトといわれるようになるペンシルベニアやオハイオ、ウェストヴァージニア、ミシガンなどの工業地帯に、遅れて移住してきたヨーロッパ移民たちは、工場や炭鉱の労働で口を糊してきた。それ以前の19世紀、アイルランドや東欧からの移民たちは、当初、農業などに従事したが小作人であり、大規模農法に移行するにつれ工場地帯に出稼ぎに行き、そこで所帯を持つようになった。

 

 


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4 コメント

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成功体験として根付いた伝統 (メロンぱんち)
2022-01-16 21:38:27
引用していただき有難うございます。恐縮です。

アメリカの銃社会の問題は、どうしようもないレベルで根強く残ってしまっており、アメリカ系白人のアイデンティティーとして溶け込んでしまっている感じがありますね。実際に戦って勝ち取ったという歴史を持っていて、それが成功体験にも繋がっているので伝統化してしまってるようで。現在でも「鹿狩り」がレジャーとして残っているという事は、尚更に深く関係していそうですね。

お互いに武器を持たなければ相互に安全であるという事を受け容れられない心性は、彼等の戦って勝ち取ったという成功体験と絡んだ「伝統そのもの」、血肉化してしまっているところがあるのかも知れませんね。
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メロンぱんち様 (小寄道)
2022-01-17 01:03:06
こちらにコメントいただき有難うございます。
祖先が勝ち取った成功体験に敬意を表す。白人社会のレジェンドとして歴史に刻むのは結構なことです。
ですが、現代の白人たちは、その遺産、伝統を自分たちのものとして、自らが血肉化したのか。ずいぶん勝手な気がします。
銃がもたらすリスクを熟考し、銃を所有しなくても祖先の成功体験を物語にして語り継ぐことはできないでしょうか。
鹿狩りというハンティングが大切な通過儀礼としても、別に動物愛護からではなく、生きている鹿を実弾で仕留めるというのは、あまりにもアナクロだと思います。バーチャル・スポーツでも実体験の感覚になるという時代です。彼らの心性が19世紀のままだったらしょうがないですけど・・。
まあ、日本人の私たちが、アメリカの白人のアイデンティティについて批判するのもおこがましい限りです。この辺にしておきます。

メロンぱんち様は、さらに「南北戦争」についても長文の記事を書かれましたね。実はまだ全文を読んでいません。去年から、理由あってアメリカについて勉強し直しています。
「南北戦争」の実相を検証するのも、その一つ。メロンぱんち様の考察をぜひとも参考にし、また感想、意見を述べたいと思います。ですが、老いた頭脳で、それができるかどうか・・。長い目で待っていてください。
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Unknown (スナフキンÀ)
2022-06-08 20:40:00
アメリカは異常! 
バイデン大統領ガッツあるなぁと少し見直したのが、なんだかNRA会員のガンスミスたち(野球帽にチェックのウエスタンシャツにピックアップトラック……まんまの人々)に囲まれ、互いの息がかかる距離で、  
「私は猟銃や護身用の拳銃を取り上げるとは言ってない。
たが、何故に100発装填できる軍用アサルトライフルが必要なのだ」
正しいです。  
拳銃とアサルトライフルでは殺傷力が違う。オートマチックはフルオートやバースト射撃に改造できますしね。アサルトライフルは完全に軍事用の殺傷「兵器」であって、それを高校生が入手できるのは狂っている!!
2億6千万人に4億丁のガンも狂ってますが、兵器を護身用という感覚はたしかに狂気と思えます。
もちろん、憲法修正案2条の武器所有の権利と、ミリシアの歴史的な関係は解るんですよ。たぶん日本人には理解できない。
あれは武器所有の権利というよりも「革命権」です!!
もともとアメリカ人は先住民と奴隷を除けば英国人でした。
それで英国の圧政が酷いから革命(リボリューションとアメリカンスクールの教科書に書いてありました)を起こして共和制にした。
武装権と考えるから、話がこんがらがるのであって、あれは革命権と私は推察するのですね。それで「政府の関与は嫌いだ」という「政府を信用しない人々」は地方に多い。
彼らがどれくらい東部エスタブリッシュメントと乖離しているかと言うと、少なくとも私が始めてUSAに行った1980年代、アメリカ人の半分は
生涯を産まれた州の外に出る事がない!と統計されてました。
え? そんな?
と思いましたが、車で2時間飛ばしてもトウモロコシ畑しかなかったり、
シベリア鉄道なみに風景が変わらない広大さを観て、なんとなく理解できた気がした。広いんです物理的に(笑)
そうしたカントリーな人々は、徴兵で戦争に行くのが、「始めての外国」どころか、「州外に出る初体験」だったりする。
出会った元ベトナム帰還兵のオジサンに言われました。
ビックリしたのは、最近、在日米軍基地に勤務する米兵と話をしたのてすが、21世紀なのに同じ事を言ってるのです。
「故郷の州を出たのは日本が初めてさ。初頭訓練を除けばね」
まぁ、そういう青年が未だに二等兵とかしている訳です。
東部で有名大学を出たワシントンの人たちに、果たして彼らを同じアメリカ人として、理解する気があるのですかねぇ??
明らかに銃が野放しな状況は狂ってますが、産まれた風土とコミュニティーしか知らず、外部に警戒心を持って武装する。そういう人たちと同じ世紀に生きながら、心持ちは1世紀くらい離れている。
私はそういうギャップが存在していて、それが銃規制の障壁になっているような気がするのですが。
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スナフキンÀさま (小寄道)
2022-06-09 00:04:42
コメントありがとうございます。
全面的に同意です。そして憲法修正第2条は、その主意はそう!「革命権」です。中央の連邦政府に各州は連なりますが、あくまでも州は国=ステイツであり、それぞれ独自の州法があり、自治権、革命権をもちます。(麻薬を合法する州もあれば、近親相姦やレイプされた女性の中絶を認めない州もある。大企業には極端な減税で配慮するか、誘致目的に課税しない州さえある。)

連邦政府がその権限を超えて、法外というか、常軌を逸するかのような治政に転じたばあい、州は上記の革命権を行使して武器をもって戦うことを辞さないとしたつまりそれは革命ですね。
だから、州軍を整備して州兵も配備する州もあります。空軍や海軍をもつ州がありますね。

そのほか、他州が自州に侵略してくるケースだってあり得る。南北戦争もしかり。州内の治安維持にも州兵は対応しますし、その指揮権は州知事? 詳しくは分かりません。
ただし、USAの国防省に監督権があり、たとえばイラクへ派兵したときは、州兵も動員されたようです。この辺の詳しいことは知りません。

例のトランプ支持派は議会を襲撃した時に、各州から6000人ほどの州兵が議会を守るために待機していたそうです。ごく一部は議事堂内にもいた。
つまり、連邦政府軍が指揮権なりをもっていたわけで、そのときの大統領はまだトランプ氏だったわけですね。まあ、議事堂を襲撃したところで、臨時政府を宣言すれば、それで革命成功、チャンチャンという訳にはいかないと考えますが。そこのところの事情、事実関係については、当方きちんと理解できていません。

スナフキンÀさまの該博な知識、ご存じだったらご教示ねがいます。

追記:アメリカ軍に入隊する人は、移民の低所得者層がほとんどで一定期間勤めた後、大学進学を目的にしているそうです。またアメリカ・ナショナリズム指向の人は、福音主義などプロテスタントの原理主義派が多い。つまり聖書のこと以外のことは知ろうとしないので、頓珍漢というかリベラルアーツとはほど遠い人たちです。

ということで、夜も更けてまいりました。お後がよろしいようで、おやすみなさい。
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