「ととのえる」という言葉は、辞書的には「めざすべき状態に全体をまとめる」というのが一義とされる。
「ととのえる」という言葉には、「乱れがないように整理する、全体の調和をはかるようにする」、そんな二つの意味が含まれている。もちろん自分流の解釈だが・・。「ととのえる」という意味はたしかに曖昧で、ととのえるべきことの事情、理由は、いまの私にとっては「死」しかない。
「死」の付属としての「生」をととのえたい。急ぐことはない。来るべきこと、向うべきことを自分なりに受けとめれば済む話だ。
死に向かって、来ることつまり今後のこと、現在の「迷い?揺らぎ?」に対して最善を尽そう。
結論から書けば、肺に癌細胞が活性化していることが判明した。吾の血脈において癌で死ぬ人は殆んどいなかった。なにゆえに逸れえない、我が身の定めは行方知れず、遂に癌という細胞と共生もしくは闘う運命を背負ったのか・・。
いや、なにも仰々しい因果はなにもない。自然の摂理の範囲内のはなし。
生と死は、実感的には99.9%は生に帰属し、死は瞬間的な出来事として認識される。私見では、それは等分のことだと思う故に、狼狽えることもなく死を感受することができた。
とはいえ、その心境をかたることは、いまの現在、とうてい無理なのである。「ととのえられない」、その一点が理由だ。
感情を排して、罹患した事実と今後の治癒をこのブログに示すことができれば、一人二人には参考になるような、事実なり感慨をシェア(供与ではない)できるのではと思った。
とりあえず、切れ切れの言葉で恥ずかしく、近々にこの挽回、客観的かつ正確な記述を期しているので、過分な思慮は「大丈夫」と申し上げます。こうしか言表できない自分を憐れんでおり、自画自嘲を曝けだしたい天邪鬼の行く末でしょうか。
▲10月に入ってからCTがらみの検査4,5回。MRの検査、呼吸能力検査など2,3日に1回のスケジュール。その合間をぬって、仙厓の作品展を観にいく。ストロースも好きだったな・・。
まずは、戦争もない、貧困や災害も孤独もないポジティヴな要素を確認して、今はたくさんある治療のプロトコルを納得いくまで検討なさってください。
時には、岡潔さんの「上空移行の原理」 を採用して、困難の緩和を図ってください。
応援しています。
心からの応援メッセージをいただきました。胸に響くお言葉に、年甲斐もなく少し感涙しました。
先日、Sekkoさまのブログにコメントを寄せたとき、その時間が深夜3時頃であり、夜更かしする小生の身体を気づかっていただいたことを思い出したのです。
そのことも頭にあり、お忙しいにもかかわらず拙ブログへのコメントは、頭に刻み込んでおきたいと存じます。
咳がひどいときは深夜にも眠られず、病いの進行度はフェーズ3Aだそうです。
恥ずかしながら「上空移行の原理」は存じませんが、岡潔の思想は心の拠りどころになるはず。ポジティヴに自分の身に取り込みたいです。
ほんとうにありがとうございました。