小寄道

日々生あるもの、魂が孕むものにまなざしをそそぐ。凡愚なれど、ここに一服の憩をとどけんかなと想う。

フクシマとの細やかな繋がり

2018年05月05日 | 日記

 

長いものには巻かれろつう諺があっけんど、あれは間違いだべよ。一度巻かれたらどんどん巻かれ、最後には首に巻かれて絞め殺される。    中村敦夫作:朗読劇「線量計が鳴る」から

昭和生まれの世代であったら「木枯し紋次郎」というTVドラマを見た方は多いであろう。時代劇はどうもね、という女性でも、長楊枝をくわえて「あっしには関わりねえことでござんす」とニヒルに吐き捨てる渡世者「紋次郎」の名前は耳にしてはいないか。

時代劇ではあるが、マカロニウェスタンのアウトローのような主人公。古色蒼然とした「股旅物」ではない、現代的な匂いさえ感じさせた時代劇。洋画ばかり観ていた私でさえ、紋次郎の何作かを見て斬新だと思った。

▲長楊枝はときに飛び道具となる。※注:画像は著作権で保護されている場合があります。当ブログはアフェリエイト等の営利を目的に作成していません。

中村敦夫は突然、テレビ映画界にあらわれた異端のスターだった。好景気でにぎわいムード一色の日本人に対して、もっと冷静にご自分をみたらいかが、とある種の冷や水を投じた観があった。そんな「モノ申す」、普通の役者にはない不思議な存在感があった。(無論、原作者の笹沢左保の力は大きい。しかし映画では、あの菅原文太が2作演じたのだが、中村ほどにはヒットしなかった)

このシリーズで一世を風靡したものの、残念ながら「木枯し紋次郎」の役に縛られてしまったのか、ほかに印象に残る役どころはない。いや、TVドラマをほとんど見なかったので、実際にはよく知らない。

しかし、何がどうしたのか、その後中村敦夫は政治家として転身を果たす。当時の印象では、独自のポリシーをしっかりともち、権力におもねることのない発言は、市民目線の真っ当なものだったと記憶している。支持者も多くいたはずだ。彼が民主党に属していたのわからない。でも、安倍政権になってから、「中村敦夫」の名前を聞かなくなった。

なにかの著書が評判になった。60代も後半であったか、政治から離れて引退し、執筆にいそしんでいるのかぐらいに思っていた。わたしの記憶から、中村敦夫の存在は完全に消えていた。

昨日、金曜日の新聞に、78歳になる中村敦夫の特集記事が掲載された。

福島原発をテーマにした自作自演の朗読劇『線量計が鳴る』を全国で上演しているという記事であった。傍らには福島にちなんだ著書の紹介もあり、高齢にもかかわらず中村敦夫が旺盛な活動をしていることを興味深く読んだ。

福島との関りがそれほどに深いのは、東京生まれだが戦時中福島県いわき市に疎開したからだった。中学卒業まで過した彼は、福島が第二の故郷だという。そして、表現者として原発事故に対して何ができるか悩んだとあった。

「何が問題なのかを客の知性に刻印しなきゃいけない」という彼は、観に来る客の原発への危機意識が高いことに手ごたえを感じ、この朗読劇を各地で開催していくことに意欲的だ。もちろん、「原発ゼロ」に向けての精魂を込める強い意志がつたわってくる記事であった。78歳の年齢になんかこれっぽちも怯(ひる)んでいない。頭を垂れるしかない。

▲5月4日「東京新聞」の記事。今後の上演予定は横浜、名古屋など。各地の市民で構成された実行委員会が中村をサポートしている。機会があれば、是非とも行きたい。


さて、この私にも、福島との細やかなつながりをもっている。弱くとも確かな「フクシマ」との結びつきがなければ、日常のことにかまけて原発のその後や、避難した人々のことを考えなかったと思う。少なくとも、除染後の状況、放射性物質の行方、指定廃棄物の処理など、自分なりに追って調べることはなかったはずだ。もちろん、中村敦夫のような強い原体験があったならば、「ぐうたら」な私をもっとマシな人間にさせたかもしれないが・・。

その「フクシマ」との小さな接点とは、まず地元の「月1原発映画祭」で、原発関連の多彩な映画を気軽に観られる環境があったこと。上映後に監督・関係者とのトークを聞けたことも大きい。
そして、あと一つある。
私には3.11以前から、福島県の塙町にある「天然工房」というパン屋さんから、国産小麦の手づくりのパンを送っていただいていた。県内でも汚染度のきわめて低い地域だったので、原発による影響は少なく、天然素材の美味しいパンを各種届けていただいていた。
ところが、突如として「天然工房」との隣接した牧草地(鮫川村)に、環境省が指定廃棄物焼却試験場を建設することになった。この問題点、経緯などはこのブログで何回か記事にした。
話がながくなりそうだ。次回にまわして、いちおう筆をおくことにする。続く
 


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4 コメント

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Unknown (スナフキンÀ)
2022-06-08 19:04:31
こんばんわ。中村敦夫氏の近況を聞き嬉しく思いました。
子供の頃、時代劇という分野を「お年寄りの娯楽」ではないかたちで見せてくれた「木枯らし紋次郎」です。たしかにフランコ・ネロやクリント・イーストウッドのマカロニウェスタンに似てます。時代劇臭くなかった。
股旅ものというジャンルが紋次郎以前から人気があったのかは知りませんが、とても斬新に感じた記憶が残ってます。
私も小寄道様と同じくTVを見ない方で、同じTVっ子世代なのに同世代のメロンぱんちさんの話が解らない事があります(笑) そのせいか、
紋次郎の他は和製中華ドラマの「水滸伝」の林冲くらいしか役柄に記憶がありません。政治家になる前に「チェンマイの首」などタイを舞台にしたハードボイルド小説を書いておられ、それがなかなか面白かったのと、何作か続編された為に作家の印象があります。それから何年もして政治家として登場された時は驚きましたが、街頭で熱の入った演説を聞いた記憶があります。内容は覚えてませんが。
最後に民主党の推薦候補者の応援に吉祥寺に来たところを偶然に見かけた事がありますが、颯爽として格好良かったですね。応援される議員が可愛そうなくらい、中村さんの方が注目されていました。
私は旧民主党系の政治家や政党は嫌いで、二度と国政を担当して欲しくないと思ってますが、中村敦夫氏が老いてなお荒野に吠ゆる狼なのを
記事で読み、少し嬉しく感じましたね。
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スナフキンさま (小寄道)
2022-06-08 21:46:12
コメントありがとうございます。
今回も古い記事、それも4年前のものですが、なんか渉猟して下さっているようで、こちらとしては大感激であります。
先日も、私の足についてご心配していただき、たいへん恐縮いたしました。スナフキンさんの個人的な情報が含まれていたので、こちらで勝手に非公開とさせていただきました。お心遣いに感謝するとともに、こうしてネット上ではありますが、スナフキンさんとの交流ができることを喜んでいます。
中村敦夫氏が現在なにをしているのか存じませんが、独力でなにか社会に対して表現活動をつづけるのは、もの凄いエネルギーを使うと思うのです。そういう彼にあやかるというか、感化をうけるのも私なりに大切なことだと感慨を新たにしますね。

スナフキンさんを含め、なにかしら他者との関りをもち、その方の話をきく、文章を読むことは死ぬまで続けられたら素晴らしい、と素直におもいます。
なんか情緒たっぷりな書き方になりました。これからもよろしくお願いいたします。
返信する
Unknown (スナフキンÀ小寄道様のおかげ!!)
2022-06-09 16:31:17
小寄道様、さっき中村敦夫さんの第2作目「ジャカルタの目」の初版を
古本屋のワゴンで発見しました。狂気乱舞しました。わーい!
私は怪盗ルパンから、フレデリック・フォーサイス「ジャッカルの日」まで、
冒険小説、スパイ小説、国際謀略小説が大好物です。
中村敦夫さんは「チェンマイの首」でデビューしてから、その取材力で
東南アジアを一国ずつ描いて、日本とアメリカとASEANのどす黒いネガをモンタージュしようとしてました。好きだったのだけれど、惜しむべくは現実の政治家になってしまって、冒険謀略小説を書かなくなってしまいました。それで長らく絶版で「消えた作家あつかい」で、そう石原慎太郎の青春小説やミステリや劇作をいま読めないのと同じてす。
それが、さつき返事を書いたら手に入るた。
これですね、こういう共時性はあるもので、ここに書いたから私の目が
道の片隅のワゴンから中村敦夫の字を見つけたのてすね。

それと日和田山の件はお気遣いしていたいたからだろうとは、思っていました。おそらく小寄道さまは私の正体を見抜いていると思いますが。
しかし、あの方は寛大な方で、同じようにすでに気づいておられるでせう。でも私が節度と礼節を護り、きちんと考えての自説ならば相手をしてくれるつもりなのでしょう。寛大なに方です。

では共時性と貴兄のご縁に感謝です。
それと、この前の一区切りつけましょうの件は、あのままに受け止めて下さい。互いに本音とある種の体感から来る確信がある以上、あれ以上はムダだと思います。要は理想を棄てず信念を貫ぬくべきか、それを捨てても新しい時代を観てみたいか。それだけの違いだと思います。 
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スナフキンさま (小寄道)
2022-06-09 20:34:53
コメントありがとうございます。
そう、中村敦夫氏は小説も書かれていたんですね。多才であるとともに、きちんと足で歩き海外を取材なさっている。
やはり、何かをなす人はやるべきことはやっていますね。どこぞの小説家とは違いますな。

中村氏の小説を古本屋で見つけたら、ぜひとも買い求めたいと思います。

それはともかく、人それぞれに、自説なり、思想の確信みたいなものはもっている。
互いにそのことには敬意をもち、議論を交わしあう。そして互いに考え方を深めたり、新たな発見をする。それ以上、以下もありません。
これからも、よろしくお願いします。
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