金沢に暮らし始めて40数年.。この街で「見たものは、見た」。最近は「軒端に冬の山晴れて見ゆ」って心境に。
金沢暮らしの日々 ~努力は時々 報われる~
コンパクトシティー金沢 の コンパクトライフ?

パリと東京と金沢で、1/3つづ生活しているらしい永瀧達治&フランソワーズ・モレシャン夫妻の話では、「金沢は文化的な都市生活に必要なものが、すべて歩いて行ける範囲にある」らしいです。まあ、いわれてみれば、確かにそうかなと思う。
学生の時、車はもちろん、原付の免許すらなく、移動手段は 自転車か歩き。必然的に、行動範囲は限られてくる。北は浅野川を越えることはなかったし、南も犀川を超えるのも、三つの学生寮以外には用はなかった。
東は工学部どまりだし、西は?? うーん 金沢駅までかな。いわゆる駅西地域に行くことは全くなかったね。当時って「駅西」じゃなくて 「駅裏」って言ってたね。今はすっかりにぎやかになってるけど、その頃は 最果ての地に来たような殺風景な光景が広がっていた。
まあ、考えてみると きわめて狭い範囲で生きてたんだね。
しかも、4年間 テレビのない生活だったしね。音楽聴くか(もちろんラジカセね。レコードプレーヤーは持ってなかった)、本読んでるか、酒飲んでるか、これが暇な時間の過ごし方ベスト3だったね。
今でこそ、このブログを読んだ人は、僕がいろんな店に夜な夜な飲みに通っているように誤解(どこが誤解じゃ!)されてるかもしれないけど、学生の時は 友人たちで下宿に集まり、チキンラーメンを砕いたものをつまみによく飲んでいたなあ。
入学直後は6畳の部屋だったけど、そのうち4畳半へ そして卒業前は3畳の部屋になっていた。このサイズ、寝っ転がってる状態のままで 部屋の中の用事はなんでもできたね。
今、行政コストをかける範囲を狭くしようという「コンパクトシティー」が流行ってるけど、お金のない市民にとっては、昔 から「コンパクトシティー」で「コンパクトライフ」を送ってましたよ。
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