秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

小説   斜陽 13   SA-NE著

2018年01月03日 | Weblog

有里の口から突然飛び出した言葉に、僕は茫然となった。
あの時に、「結婚」を意識していなかった自分の不甲斐なさに、ただ何も答えられなかった。

有里の父親は、厳格な人で、母親は専業主婦で、良妻賢母の見本みたいだと、いつか有里に聞いたことを思い出した。
代々続いてきた、立花家を存続させる為に、有里に婿養子をとる。それ以外の選択肢は、与えられなかった。
まして、私生子の僕を有里の両親が受け入れてくれる筈もなく
僕は僕で、入退院を繰り返す病弱な母を、見捨てることは出来なかった。

僕は混乱したまま、有里に応えた。
「多分、僕は君を幸せには出来ないと思う。縁談の話を勧めて貰って、親を安心させたら…」
有里は今まで見たことのない、虚ろな目で暫く僕を見つめて、ポロポロと涙を落とした。

「なんで、結婚なんかするなって、止めてくれないの」
そう言いながら、僕の腕を何度も何度も掴んだ。
「僕の父親は、素性さえ判らないのに、君の両親を悲しませる訳にはいかないよ」

僕達は、呆気なく別れた。僕は、直ぐに携帯電話の着信音とメールの受信音を変えた。
僕の誕生日の日に、日付が変わると同時に届いた、保護しておいた、有里からのメールは、消去出来なかった。

智志、お誕生日おめでとう私が世界で一番
貴方を愛してる
ずっとずっと愛してる。

僕は暫く、仕事でミスが続いた。有里の存在が、どれ程僕に生きるチカラを与えてくれていたかを、痛感していた。
有里に会うのが辛くて、母親の病院も紹介所を書いて貰って、受診先を変えた。母さんは、全てを察しているみたいだった。

何も言わなかったけれど、夜中に一度だけ泣いて震えていた背中を見た。
真っ暗な部屋で仏壇の前に座って、
「わたしのせいなのね…」と言いながら、泣いていた。

1ヶ月後、
有里からメールが届いた。
週末の日曜日に
結婚式します
最後のわがままを聞いてください。
明日一日、私に智志の時間をください。

僕は震える指先で、返信した。

いつもの公園の
駐車場で8時に待ってるよ

僕は有里に逢えることが、唯嬉しかった。
僕は新しい服を買いに街に出た。服に合わせて靴も揃えた。理髪店にも寄った。

そして、有里にプレゼントを用意した。
有里の好きなクローバーのガラス細工のキーホルダーを、購入した。

街はいつも人で溢れていた。
人の波は都会のお祭りみたいに、毎日同じ場所に群れをつくって、音と光に操られながら
普通を装った人々が、それぞれの家のドアの向こう側に帰って行く。

あの時の僕は、
意地悪な神様に、肩をそっと触れられていたんだよ。きっと…。

















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