秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

小説  斜陽 25  SA-NE著

2018年01月20日 | Weblog


美香さんは雨戸の端の木の朽ちた小さな隙間に指をかけて、雨戸を取り外した。
赤錆びた錠前は雨戸と一緒に呆気なく外れて、枯れ草の上に落ちた。

何かの植物の蔦が、倒れたまま家の入り口を塞いでいる竹に絡まるようにして
軒下から茅葺きの屋根に伸びていた。

茶色の葉先は枯れていたけど、根っこは地面の土間らしき場所から、出ているみたいだった。
美香さんはリュックから、使い捨て手袋と携帯用のライトを取り出した。

「これは私の防災グッズよ、何が役にたつか、解らないよね~」とやっぱりご満悦な顔で笑った。
美香さんは少し太陽光の射した土間らしき場所に立ち、

「失礼します。土足で入りますが、許してください」と手を合わせて、お辞儀をした。
僕が真似をしてお辞儀をしたら、
「森田くんは自分の家なんだから、遠慮しなくていいのだよっ」と笑った。

囲炉裏の間が見えた。その奥に襖の部屋があるみたいだった。次第に目が慣れてきて
物の位置が判るようになった。
「美香さん…あれは何ですか…」

僕が恐る恐る指差した囲炉裏の場所には、何かの黒っぽい固まりが見えた。
美香さんは靴を履いたまま中に入っていって、その黒い固まりをじっと見て、突然大声を上げた。

「うわぁ~~~なんじゃこりゃあ~~~」
僕は恐ろしくなって、一旦外に出た。
僕の足元に美香さんが、何かの固まりを、投げてきた。

僕は「うわぁ!」と悲鳴をあげて、後ろに下がった。
美香さんはすぐに外にでてきて、お腹を抱えるようにして、笑っていた。

「森田くん、よーく見てよ。怖いと思っていたら、何でも怖い物に見えるのですよ~
これはちぎれて原形の無くなった、灰を被ったバスタオルの固まりでした~」
「美香さん、悪ふさげは無しにして下さいよ。僕は気が小さいから、心臓に悪いですよ」
と言いながら、渋々と中に入っていった。

ネズミがかじって、部屋中に新聞紙とか、タオルとか色んなものが、散らばってるわ!
ネズミ、おそるべしっ」と言いながら、美香さんは襖の奥の部屋にライトを点けて、入って行った。

「こら~森田っ、何を立ち止まっているっ、一緒にこちらに入って来なさいっ」
美香さんの呼ぶ声は聞こえても、僕は暗い場所が怖くて、足がすくんでしまう。
暫く美香さんの、実況だけを聞いていた。

「寝間(ねま)には何も異常なしっ、キチンと押し入れの中に入れてあるから
布団はカビて臭くてボロボロだから、使えません~」
美香さんは右の居間らしき場所に入って行った。

僕も恐る恐る、付いていった。
天井が、スッポリと落ちていた。
雨漏りが原因なのか、そのまま床一面腐っていた。
足を乗せたら、まるで雪の上を歩くみたいに床が沈んだ。

「床が抜けたらケガするからね、腐ってない場所をよく見て、歩いてよ」
ライトを照らしながら、美香さんが真顔で言いながら、食器棚の前に立って、呟いた。

「コップとかお茶碗とかは、腐らないんだよね。ここだけ見てたら
昨日まで誰かが生活してた感じよね…」

「見事に片付けて、出ていったのね。無駄に何も飾ってないし
流し台の中に全部仕舞ってあるから、見た目には普通の家と変わらないね。天井と床が問題だね…」

「神棚と仏さまの棚も片付いているね。埃はかなり被っているけど、まだ家の神様が住んでるみたいね。
いやっ?神様はもう引っ越したかな?」

美香さんはそう言いながら気になるのか、その前で手を合わせていた。
「だいたい、昔の人は大切な物は、仏さまを祀る棚の下の開き戸に仕舞って置いたのよ」
美香さんは、棚の下の開き戸を開けた。

中から白い桐の小さな箱が出てきた。
その箱をもって、美香さんは家の外に出た。
僕は美香さんに促されて、箱の蓋を取った。

僕は「え…写真…?」
と少しびっくりして、美香さんに見せた。

「昔は写真って誰かに撮してもらわない限り、無かったよね。
カメラを持っていた人が珍しかったものね」
美香さんは、5枚の写真を一枚ずつ、老木の上に並べていった。

僕は一枚の写真を見て、愕然とした。
老夫婦と母が並んで、畑で座って笑っている写真だった。

「美香さん、この二人のお年寄り、僕の夢にでてきた人に似てるんです」
「え~それって何~鳥肌がたってきたわ」
と言いながら、美香さんは二枚目の写真を見た。

「公民館で撮ったんだね。集落の人、めちゃくちゃ若いわっ!
シゲ爺ちゃん、男前~この頃は流石に鼻水垂らしてないね~」

「これは森田くんのお母さんの若い頃ね、一人で写っているわね。
やっぱり今の森田くんに目元が似てるわ」
「母の若い頃の写真が、一枚も無かったから、僕、これをお守りにします」
そう言って、その写真を掌に乗せて軽く指先で撫でた。

「これは白黒写真よ~みんなで田植えしてるんだね~真っ直ぐに一列に並んで腰を曲げて、昔の人は凄いよね~」
五枚目の写真を見て、美香さんが「え…」と小さな声を上げた。

「私の家の前…お父さん…お母さん…山下さん?…
森田くんのお母さん…わたしも写ってる…なんで?」

僕はその写真を見て、施設の山下サワコさんの話していた
美香さんの家に3人で泊まりに行った時の話を思い出した。

「美香さん、ほらっ、山下サワコさんが言っていた、あの日に写したんだと思いますよ」
美香さんは、一瞬ぽかんとして、

「記憶になかったわ…私の家は、お客さんがいつも来ていたから」
「この頃のお父さん、今の美香さんに似てますね。特に目元が」
「森田くんの家で、私の写真が眠っていたとは、想像も付かなかったわ」
美香さんは、暫く5枚の写真を、じっと見ていた。

「森田くん、お墓参りに行こうか」
美香さんは、箱を僕に渡して、雨戸を元に戻していた。
美香さんの携帯電話が、鳴った。シゲ爺さんからだった。














































































































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