秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

小説  斜陽 35  SA-NE著

2018年02月03日 | Weblog


お盆の帰省客で、高松駅の構内は人で溢れていた。
うどん県と書かれたポスターの全面を飾るぶっかけうどんの写真や
徳島阿波おどりの踊り子の精悍なポスター、秘境に誘うと書かれた

かずら橋の写真が、構内の壁を彩っている。
一番厄介だったのは、美香さんへのお土産探しだった。

真夏のチョコレートは、どんなに保冷剤を詰めても
原型をキープする自信がなかったから、メールで伝えた。

「美香さん、夏のチョコレートは無理です。ごめんなさい。普通の洋菓子にします」
美香さんから遅れて返信があった。

「許してあげます。但し高級な洋菓子にして下さい。安い品物は私の口には合いません。
12日のお昼に大歩危駅で合流しましょう」
美香さんのリクエストに応える為に、昨日3時間を費やした。

僕に一人で何かを選択させるなんて、何かの罰ゲームみたいに思えた。
3時間かけて選んだ洋菓子を二箱持ち、3日分の着替えが入ったボストンバックを持ち
在来線の乗り場に向かいながら、故郷に向かう帰省客の一人になったみたいで、ちょっと嬉しかった。

適度な冷房が効いた指定席に座り、車窓に広がる景色を見ながら
8ヶ月前に初めて祖谷を訪ねた、大雪の日を思い出していた。
一年も経っていないのに、随分遠い日の出来事みたいな気がした。

後ろの席では、通路を挟んで、家族連れが座っていた。
中学年位の女の子が、隣の母親に話しかけている、つっけんどんな声が座席の隙間から聞こえた。

「ママっ、去年も最後って言ったよね。おじいちゃんに会えるのは、今年が最後よって!
その前にも同じことを言ったよね。毎年ディズニーランドに行きたいのに、なんで毎年おじいちゃん家なの?」
「ちょっと…静かにしなさい…」

「ねえ、ねえ、パパとママが話していた、おじいちゃんの遺産って何!?」
「黙って…もう、あなたはどうして、何でもすぐに口に出してしまうの…」
「ママに似たから~ってパパが前に言ってたよ、おまえはママとそっくりだって!」
そう言うと、お菓子の袋を裂くように開ける音がした。

周りの数人が、失笑していた。僕も思わず可笑しくなって、窓際のカーテンを半分だけ閉めた。
僕は手帳を取り出した。祖谷の事を走り書きにした、僕だけの祖谷史みたいなものだ。

祖谷の人口のピークは昭和32年。9000人近くが、あの小さな村に存在していたんだ。
どんなに賑やかな暮らしだったのかと、想像してみても全くピンとこなかった。
ネットでも、手に入らない祖谷の古書を探していた。

昭和31年に初版発行されたままの
「阿波の平家部落史」
と言う本だ。

もし、美香さんのお父さんが所有している古書の中にこの本があれば、
僕は今年中で一生の運を使いきるだろうって位、欲しい古書だった。
5月に美香さんに、
「お父さんの本を着払いで送って欲しいのですが」
と送信したら、

「代品の無い、貴重な物は絶対に郵送しません。古書は父の宝物でしたから」
と返信がすぐに届いた。
僕は祖谷の初盆の風習にも興味があったけど、正直、目的は古書を持ち帰りたかった。

後ろの席の家族連れは、琴平駅で降りた。
僕の足元まで散らばっていたお菓子の欠片を、スニーカーの先で座席の下に蹴った。
僕は手帳に書いた、母の戒名を見ていた。

2月に美香さんと別れる時に、
「お盆に帰る時は、お母さんのお位牌の戒名を書いておいてね」
って妙なことを、言われた。逆らうと恐いから、言われた通りに手帳にメモした。
阿波池田で乗り換えて、大歩危を目指す。
汽車のデッキに凭れて、規則的な横揺れを愉しんでいた。

空は夏空。ざわめく様な異なる緑色の木々に抱かれながら、
白い岩肌が続き、エメラルドグリーンの水面が、乱反射しながら輝いて蛇行していた。

汽車はゆっくりと、ブレーキをかけながら、ホームに着いた。
レールの軋む音は、僕を母の故郷へと誘う音だ。
美香さんの車の赤色が、真上に上がった太陽に照らされて、爛々と輝いていた。










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