秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

小説  斜陽 39  SA-NE著

2018年02月08日 | Weblog


「昔、親子で参加するキャンプのイベントがあって、ロープとか紐の結び方を
習った時の感覚を思い出したんです。
この結び方は多分、記憶は曖昧ですが、もやい結びに似てますよ…」
「やっぱり、賢い人は記憶力が違うわね~」
美香さんは、僕を覗きこんで笑った。

「これと同じものを、108組作るのよ、二年分ならその倍ね。
一年でも二年でも、今はその家が自由に決めているみたいよ」
「美香さんのお父さんも、初盆ですよね。これを作らなくていいんですか?」

「8月の1日に親戚の人が数人集まって、二年分作ってくれたの。私もその時に教えてもらって
松結わえ初デビューしたんだけど、森田くんみたいに、上手に結べなかったわ」
美香さんは藁の固さに悪戦苦闘していた。

「僕は上手に結べても、小さいのが二本とかの、物の加減がさっぱり判りません。
適当と言う言葉が一番苦手で、定規を充てて印を付けて、このラインを超えたらアウトとか
明確にして貰わないと、決められません。昔、母から帰りが遅くなるから、お茶を沸かしておいてと頼まれて
やかんにお茶の葉を半分位容れて、叱られた時がありました。あれ以来母はお茶パックを切らしたことがありません」

美香さんは、何か不思議な物を観察するみたいに、僕を見て、暫くして納得したみたいに微笑っていた。
宮さんの奥さんの手作りのお弁当を二人で食べた。

祖谷のジャガイモと豆腐のミニ田楽
朝の採れたて卵の卵焼き
こんにゃくの煮物

自家製沢庵
美味しくて、味を噛みしめながら食べていた。
綺麗で優しくて料理が上手で、口に出しては言えないけれど
宮さんが幸せそうに笑えるのは、奥さんの内助の功あってのことだと僕は思う。

美香さんに教えて貰いたい事は一杯あったけど、向かい側の景色を眺めながら
黙々と食べている美香さんに話しかけたら、また眉間に皺を寄せられたら恐いから、黙っていた。
水彩画みたいな真っ青な空が広がり、太陽は燦々と真上に上がって
照りつける陽射しは暑くて、じっとしていても、汗が出てきた。
でも、不快な暑さではなかった。

36年間。東京しか知らなかった僕。夏は酷暑でアスファルトの照り返しに、舞い上がる排気ガス。
街全体が巨大な壊れた空気清浄機の中で、回転しているみたいに感じていた僕だったけど
身体は適応出来ていた筈だった。でも、ここに来た時に感じた、細胞が洗われていく感覚。
土が全てを吸収して、浄化されていく感覚。この場所は、子供の頃裏山で造った、秘密の隠れ家みたいに思えた。
大勢に見付かって、押し寄せられたら、聖地で無くなってしまう。

ペットボトルのお茶を開けて、美香さんが話し始めた。
「今日と明日が新仏様のお盆の供養でね、今作っているのが、松結わえ、松結わいとも言われてね
明日の早朝にこの松結わえを、しのべ竹と一緒に燃やすのよ。
場所はお墓の前だったり、その人の住んでいた集落のお堂。それが盆の火とぼしの行事」
美香さんは、話しながら、また松と殻を結び始めた。

「僕はこれを、どうしたらいいんですか…?宮さんの家に持ち帰るんですか…?」
「ダメだよ~そんな事をしたら、宮さんのご先祖様が一列に並んで化けてでるよ~」
そう言われて、ゾクッとした。言わなければ良かったと後悔した。

「久保山の集落のお堂に置かせて貰う様に、頼んで置いたからね。
シゲ爺さんの望みだったからって、みんな快く承諾してくれたわよ」
美香さんは、ご満悦に頷いた。

「明日、集落の知らないお堂に行って、知らない人と何かをするなんて絶対に無理です」
僕は思わず、声を張り上げた。
美香さんは又、吹き出して笑った。

「この前にシゲ爺ちゃんのお通夜で会った人達が、集落の人達だよ。それとお盆で帰省した人達も加わるけどね。
森田くん話してたじゃない。プロレスごっこもしていたし、ちゃんと挨拶していたわよっ」
美香さんは、僕の顔を見ないで、淡々と松結わえを作っていた。

「美香さんっ、絶対に無理です、僕には絶対の絶対に無理ですっ!」
と普段嫌っていた、絶対と言う言葉を連呼している自分が、悔しかった。
「絶対と言う言葉は、遣うなよ。美香、覚えて置きなさい。
絶対と言う言葉は、この世には存在しないんだって、父に一度だけ言われた事があったわ」
美香さんは、そう言うと、松結わえの手を留めて、やっぱり真顔で話し始めた。

「大丈夫だよ。私も明日、一緒に久保山のお堂に行くから…」
木々の中のどこかで、蝉が鳴いている。
向かい側の畑から、集め焼きの煙がまっすぐに、高く上がっている。
お盆の集め焼きの煙は 空に住む魂への、シグナルみたいに思えた。












コメント
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