楽しいお散歩

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ
 自然豊かな多摩地区、そこには歴史の宝庫の神社仏閣もありますね。

茄子と神社の関係とは???

2017-02-27 20:22:58 | 日記

慈眼寺の梵鐘を見て、これから先へと向いましょう。

周辺には茶畑があります。さすが、狭山だという思いに駆られます。

かなりの高台の道を歩いています。

途中には、こんな素朴なお地蔵さんの祠もありました。

何やら老舗のようですが、何を売っているのでしょう。

神社の鳥居です。その奥には小さな拝殿らしきものが見えます。また、広場になっている一角には子どもの遊び場でも見る鉄格子もあります。

近づいて見ると、諏訪神社とありました。その傍には由緒があります。この小さな神社?は、長野県の諏訪大社を分祀したものだそうです。ここには「お諏訪さまのなすとっかえ」という行事があるそうです。毎年、8月の第4土・日曜日に、自分の畑で獲れた茄子を神社に納め、代わりに神社にお供えしてある茄子を戴いて帰るというものです。その由来はこうです、昔、この神社の裏には底なし沼があり、村人がそこを通りかかったところ、突然水しぶきが上がり、龍神が現れ暴れ始めたそうです。村人は、驚いて持っていた鎌や鍬と一緒に、採ったばかりの茄子の入った籠も投げ出して逃げ帰ったそうです。これを聞いた若者たちが駆けつけて見ると、沼は元の静けさを取り戻し籠が水面に浮かんでいるだけでした。それから暫くして、村人の夢枕に龍神が現れてこういいました。「私はあの沼に住む龍神だが、騒がせて悪かった。じつは夏病に苦しめられていたのだが、あの投げられた茄子を食べたところ、病がすっかり治った。これからは諏訪の大神に仕え、村のために尽すつもりだ」と、それから夏病に茄子が効くことを知った村人たちは、神前に茄子を供え代わりに龍神から茄子を戴き夏病を避けたといわれています。

 

 つづく

 

 

 


さぁ、今日から狭山方面へ

2017-02-26 11:04:55 | 日記

ここが狭山市駅です。なかなかきれいな駅ですよ。

さっそく、最初の訪問地へと足を進めます。

見えて来ました。さて、どこでしょう?

きれいに並んでいる六地蔵がお迎えしてくれました。

さらに、反対側には見事な仁王像がこちらを睨んでいます。

入り口でしょうか、慈眼寺という文字がはっきりと読めます。

かなり古いお寺のように見えます。見事に彫られた彫刻がある本堂の山門です。

案内によると、ここは曹洞宗妙智山派の慈眼寺というお寺で、正長元年に創建、武蔵野三十三観音霊場16番に当たるお寺だということです。徳林寺を開山した一樹存松というお方が大永年間に開山し、慶安2年には寺領10石の御朱印状を拝領したとありました。

見事なこの龍の彫物をご覧ください。

 

つづく

 


氷川神社

2017-02-25 13:20:35 | 日記

境内は大変広い神社でした。

これは神楽殿です。神楽も行われているんでしょうか。

末社の護国神社の様子、端正なたたずまいですね。

誰かを呼んでいるのでしょうか?

本殿はここです、きれいに手入れされていることが窺われます。

これは扁額です。この神社の文化財は、社叢ふるさとの森です。これは、身近な緑が消えつつある現代の私たちの環境を手直しして、次世代に伝えようという内容です。この神社は、約700年前の鎌倉時代弘安年間に創建されたといわれる由緒ある神社です。地域の人たちにも「鎮守の森」として親しまれている スギ、アカマツ、サクラ、スダジイなどが周辺にもあり、大切にされています。

         

 この項の散歩は終わります。

 


歩いていると次々に

2017-02-08 17:20:39 | 日記

 道路を歩いていると、このような庚申塔がありました。こうした石仏は、大事に残されているのは日本人の文化を大切にしている証でもありますね。この像から見ると、青面金剛(しょうめんこんごう)と呼ばれている石仏でしょうか?この青面金剛は多く、庚申待の本尊として造像される夜叉神です。二手・四手・六手・八手の像があり、六手の像が一般的です。

また、ありました。よく見ると、六手の像ですね。

これはお地蔵さんのようです。

個人のお宅のように、大事に祭られています。

そうこうする内に、神社に辿り着きました。氷川八幡神社という神社でした。

 

      つづく


長照寺を後にして行くと

2017-02-01 19:41:28 | 日記

 ここが本堂になります。大変質素な感じですね。

本堂の屋根下に掛けられている扁額、光明山とありますね。

境内には、観音菩薩像と六地蔵がありました。

さて、長照寺を後にして、また旅を続けることにしましょう。

行き着いた場所は、坂下湧水公園という場所でした。

湧水公園とはいえ、ご覧の通り枯れた井戸のようで湧水はまったくありませんでした。

 

つづく