私の生活圏は下町にすっぽり包まれているのですが、一口に下町と言っても墨田、台東、江東、足立、荒川のどっぷり下町から
中央区も半分くらい、文京区だって一部はまごうことなき下町です。
そう考えると、下町(庶民の住む商業圏およびダウンタウン)はかなり広いし、当然アソコの下町とココの下町では街の感じが違います。
朝から強い雨が降る休日の朝、私の住む町からは川を隔てて向こう側、江東区深川に遊びに行きました。
深川の商店街にある、昔ながらのクリーニング屋さんを見学しに行ったのです。
今や、街のクリーニング屋さんは、クリーニング工場の取次店のチェーン店がほとんどで
そこのお店1件でお仕事している町場のクリーニング屋さんというのは珍しいのだろうと思います。
私の家も下町なので、そのお店でお仕事をしているクリーニング屋さんが近所にあって、いつもお願いしていますが
そのお店の近所に大手クリーニング会社の取次店がたくさんあり、料金も安いので、個人のお店の商売は大変だろうと思います。
でも、実際に洗濯したりアイロンをかけたりしている職人さんがが接客もしてくれるようなお店の安心感は代えがたいものがあります。
見学に行ったのも、そんなお店でした。
ご夫婦で切り盛りされていて、旦那さんがアイロンかけを見せてくださったのです。
というのも、
「アイロンの掛け方教えます」という貼り紙が店頭にあったから。
私と友人がお店を訪ねた時は、ワイシャツを何枚も何枚も、アイロンをかけている最中でした。
重たいアイロンを使いこなしてワイシャツに向かいながら、私たちの質問に答えてポイントを教えつつ、世間話にも花が咲きます。
アイロンは体が覚えているから、気にしなくっても手が勝手に動くのですね。
職人仕事というのはそういうものだろうと思います。
手仕上げのクリーニング屋さんに出されるワイシャツは、お仕立てされた高級品が多くて、さすが…と思いました。
生地も縫製も立派なワイシャツの山。
こういうワイシャツを毎日着る人にためにも、機械プレスではない手作業のアイロン掛けのお仕事もやっぱり残ってほしいのです。
技術や文化は、川下からすたれていくものです。川下というのは「程度の低い」という意味では全くなく、下支えする末端の方面というような意味です。
洋服を取り巻く技術でも、川上は、天然繊維を育てる畑から、糸を紡ぐ、生地を織る、染色する、デザインする、縫製する~…そして
お洗濯をする、メンテナンスをする、リサイクルをする、と川下へ。
立派なテキスタイルや、デザインがなされても、それを洋服にする縫製、洋服として着続けるためにはクリーニングや修理が
安泰ではないと、衣服の文化として成立しません。
往々にして、デザインの技術が残っても、生地を織る技術、メンテナンスの技術が先に無くなってしまった、というようなことが
あらゆるモノづくりの現場では起こります。
どの末端や先端の技術が無くなっても、ぞの文化全体の崩壊につながるのですが、なかなか均等に維持することが難しい事情がいろいろあります。
このステキなクリーニング店も、後継ぎさんは居られないとのこと。
この高級なワイシャツはみな、いずれ行き場をなくしてさまよう運命なのでしょうか…
そうして、日本人はワイシャツをお仕立てすることも無くなっていくのでしょうか…
中央区も半分くらい、文京区だって一部はまごうことなき下町です。
そう考えると、下町(庶民の住む商業圏およびダウンタウン)はかなり広いし、当然アソコの下町とココの下町では街の感じが違います。
朝から強い雨が降る休日の朝、私の住む町からは川を隔てて向こう側、江東区深川に遊びに行きました。
深川の商店街にある、昔ながらのクリーニング屋さんを見学しに行ったのです。
今や、街のクリーニング屋さんは、クリーニング工場の取次店のチェーン店がほとんどで
そこのお店1件でお仕事している町場のクリーニング屋さんというのは珍しいのだろうと思います。
私の家も下町なので、そのお店でお仕事をしているクリーニング屋さんが近所にあって、いつもお願いしていますが
そのお店の近所に大手クリーニング会社の取次店がたくさんあり、料金も安いので、個人のお店の商売は大変だろうと思います。
でも、実際に洗濯したりアイロンをかけたりしている職人さんがが接客もしてくれるようなお店の安心感は代えがたいものがあります。
見学に行ったのも、そんなお店でした。
ご夫婦で切り盛りされていて、旦那さんがアイロンかけを見せてくださったのです。
というのも、
「アイロンの掛け方教えます」という貼り紙が店頭にあったから。
私と友人がお店を訪ねた時は、ワイシャツを何枚も何枚も、アイロンをかけている最中でした。
重たいアイロンを使いこなしてワイシャツに向かいながら、私たちの質問に答えてポイントを教えつつ、世間話にも花が咲きます。
アイロンは体が覚えているから、気にしなくっても手が勝手に動くのですね。
職人仕事というのはそういうものだろうと思います。
手仕上げのクリーニング屋さんに出されるワイシャツは、お仕立てされた高級品が多くて、さすが…と思いました。
生地も縫製も立派なワイシャツの山。
こういうワイシャツを毎日着る人にためにも、機械プレスではない手作業のアイロン掛けのお仕事もやっぱり残ってほしいのです。
技術や文化は、川下からすたれていくものです。川下というのは「程度の低い」という意味では全くなく、下支えする末端の方面というような意味です。
洋服を取り巻く技術でも、川上は、天然繊維を育てる畑から、糸を紡ぐ、生地を織る、染色する、デザインする、縫製する~…そして
お洗濯をする、メンテナンスをする、リサイクルをする、と川下へ。
立派なテキスタイルや、デザインがなされても、それを洋服にする縫製、洋服として着続けるためにはクリーニングや修理が
安泰ではないと、衣服の文化として成立しません。
往々にして、デザインの技術が残っても、生地を織る技術、メンテナンスの技術が先に無くなってしまった、というようなことが
あらゆるモノづくりの現場では起こります。
どの末端や先端の技術が無くなっても、ぞの文化全体の崩壊につながるのですが、なかなか均等に維持することが難しい事情がいろいろあります。
このステキなクリーニング店も、後継ぎさんは居られないとのこと。
この高級なワイシャツはみな、いずれ行き場をなくしてさまよう運命なのでしょうか…
そうして、日本人はワイシャツをお仕立てすることも無くなっていくのでしょうか…