働くこと、について考える機会が最近多い。そういう年齢なんだろう。
若いときはただ闇雲に働いていても先がある気がしていたから問題なかったけれど、だんだんそうも行かなくなってくるのだ、とわかって来た。
大学を卒業してから、数ヶ月間の失業期間はあれど、なんとかずっと仕事をして、生計を立てて来た。
最近私の個人的なことばかりで、なんだか恐縮するけれど、私の個人ブログだからそれも仕方が無いか。
私は、現在働くとか社会生活に追いていくつかのハンディキャップを負ってしまっている。
・女性である(仕事上は未だにハンデだ)
・がんの治療中
・20歳からずっと持病と障害の境界線上のようなモノを抱えている(ただし外見からはだいたい見えないので普通の人に見える)
・・・トリプルネガティブということばが思い浮かんでしまった(乳がん用語です)
最近はがんに罹患してもその後の人生が長くなり(すぐには死なない)社会復帰をする人も多いし、治療をしながら働く人も多い。けれど、がんになった人の約半数は、仕事の仕方を変えるもしくは離職する、ことになっている現状がある。治療費は高額で、生活費も必要なのに、職場や社会が受け入れてくれない。
もっと、がん患者の仕事に理解を。最近そういう趣旨の報道が多い(私が当事者になったので気になるだけなのかもしれない)
・・・難しい問題ですね。
日本は今景気が悪いし、日本の社会は「普通」から外れた人に対して不寛容だし、「24時間働けます」という人を想定した仕事のシステムだ。
がん患者は、体調も安定せず、薬などの副作用もあり、定期的に跳梁に寡欲必要があることが多いから、日本の従来の普通の職場では受け入れがたいと思う。
もうひとつは、障害を持った人の働き方について。
上記の理由で、障害を持っているとやはり非常に受け入れられにくい。
障害者を雇用してほしい、もっと社会で生きていけるように。と障害を持った側はずっと主張して来たが、ほとんど受け入れられているとは思えない。
乙武氏のように手足はなくとも驚異的に明晰な頭脳と行動力があるようなひとは、その能力で十分仕事ができるのだと思うが、障害と引き換えにそれほどの能力を贈ってもらえることは稀だと思うし、もし有ったとしても自分も周囲も気づけないかもしれない。
私は、一見分からないので、なんとか隠して社会や仕事の場に滑り込んで生きて来た。
その方法がいいとも思わないし、正当だとも思わない。周りに迷惑をかけていると思う。でも、今の日本では、そうするよりほかになかなか生きていくだけ十分な報酬をもらえる仕事に有りつけない。
今のストレスフルな社会で、鬱やその他の精神病に罹患してしまう人がとても増えていて、その人たちの生活をどうしたらいいのか、どうやって働けばいいのか、大きな問題になって来ている。「鬱病であることを申告しただけで、十分働けるのに門前払いだ」という嘆き。尤もだ。差別だと思うし、悲しいと思う。でも、残念ながら「ある日急に休んでしまうかもしれない恐れの有る人」とわかっていて、雇用する勇気と余裕は今の日本社会にはほとんどない、と思う。
だったらどうしろというのか。諦めろ、社会の片隅で消えていけというのか・・・
日本は未だ女性というだけで、働きにくい。女性にもっと社会進出を、と叫ばれてどれほど経っていると思っているのか。「青鞜」の時代からなんですよ。
「雇用機会均等法」なるものが成立して、少しは進んだのではないか?ですって?だって雇用「機会」均等法ですよ、雇用条件均等でもなければ、労働条件均等でもない。
門戸は少し開きましょう、というだけ。
未だに、働きたい女性はレジスタンスを続けている、おそらく孤独に。
だから、それが良い訳ではなく、全く正しくもないが、「普通」の範疇に入らない人間は、戦って権利を勝ち取る厳しい道しかないのだと思う。今の日本は、「普通」以外に大して本当に酷く不寛容な、余裕の無い社会だから。