朝起きると、まず珈琲を入れる。
コーヒー豆をゴリゴリとていねいに挽く。
やかんのお湯が沸くと、ぽたぽたと少しづつ挽いた豆にお湯を落とす。
ゆっくり、ゆっくり。
少しづつ、時間をかけて。
美味しい珈琲が出ますように。
そう念じながら、珈琲をたてる。
ゆっくり、ゆっくり。
そんな朝の時間だ。
ゆっくり珈琲を入れられるようになったのは、4年前からだろうか。
4年前までは、彼が起きてくるのにあわせてお茶を入れていた。
朝起きるとまずお茶、という人だった。
私は、彼が起きるまでのわずかな時間で、
慌てて自分ひとり分の珈琲を入れて飲んでいた。
豆を挽くのは電動ミルで、ガーっと3秒くらいだ。
お湯は、ザアーっと一気に注いだ。
そんな焦った珈琲は、やはりがさつな味だった。
それでも、朝の珈琲を飲まずに居られなかった。
珈琲の淡い香りを嗅いで、今日もあわただしい一日が始まるのだ、と気合いを入れた。
考えれば、私の朝の珈琲は
高校生のときから始まったのだった。
ある日、父といっしょに珈琲サイフォンと手回しの珈琲ミルを買った。
サイフォンとミルをマンションの台所に置くと、
妙にクラッシックな空気が漂って、父と私は顔を見合わせてにっこりした。
それからというもの、
週末の朝は、必ず父がゴリゴリとコーヒー豆を挽き
アルコールランプに火をともして、珈琲を入れた。
サイフォンは、休日の朝の時間に、ポコポコとのんびりした音を響かせた。
高校を出ると、行きつけの喫茶店が出来た。
あめ色のカウンターが一つ。
白いひげのマスターが、無言で珈琲を入れていた。
そこでは、粟茶色に使い込んだネルでドリップしていた。
狭いお店の片隅に、大きな焙煎機があって、
時々音を立てていい香りを漂わせていた。
私はいつも一番奥の隅に座り、マスターの手と、赤い鳥の形の砂糖壷を眺めて
長い時間黙って過ごしていた。心地いい沈黙の時間だった。
そんな時代から、長い時間が経った。
いまでは一人分の湯を沸かしたやかんの重さがが辛くなってきた。
今、ペーパードリップでゆっくりゆっくり入れる私の珈琲は
濃密で苦い味がする。
私はこの苦味が好きだ。
一人で過ごす部屋が珈琲の香りで満ちてくる。
彼が起きてくることはもうない。
朝のお茶もいつの間にか入れなくなった。
「今日は寒いな・・・」おはようのまえにそんな言葉を交わしていた
当たり前の毎日は、ふっと途切れたままだ。
もう急がなくていいのだ。
それにしても、どうして今までもっとゆっくり珈琲を入れてこなかったのか。
珈琲くらいゆっくり入れても10分と違わないのに。
無言の彼に空でおはようと言って、
あなたも飲む?
と声に出してみた。
「ああ、砂糖は一個ね」
無言の声が聞こえた。
たまには朝から珈琲もいいでしょ?
立ちのぼる湯気にむかってそう答えた。
湯気はするすると天に向かって、珈琲を運んで行った。
**********************
夫はちゃんと毎日「お茶」と言って起きてきます。
私があと20年生きたなら、朝の風景はこんな風だろう
そう思って書いてみました。
コーヒー豆をゴリゴリとていねいに挽く。
やかんのお湯が沸くと、ぽたぽたと少しづつ挽いた豆にお湯を落とす。
ゆっくり、ゆっくり。
少しづつ、時間をかけて。
美味しい珈琲が出ますように。
そう念じながら、珈琲をたてる。
ゆっくり、ゆっくり。
そんな朝の時間だ。
ゆっくり珈琲を入れられるようになったのは、4年前からだろうか。
4年前までは、彼が起きてくるのにあわせてお茶を入れていた。
朝起きるとまずお茶、という人だった。
私は、彼が起きるまでのわずかな時間で、
慌てて自分ひとり分の珈琲を入れて飲んでいた。
豆を挽くのは電動ミルで、ガーっと3秒くらいだ。
お湯は、ザアーっと一気に注いだ。
そんな焦った珈琲は、やはりがさつな味だった。
それでも、朝の珈琲を飲まずに居られなかった。
珈琲の淡い香りを嗅いで、今日もあわただしい一日が始まるのだ、と気合いを入れた。
考えれば、私の朝の珈琲は
高校生のときから始まったのだった。
ある日、父といっしょに珈琲サイフォンと手回しの珈琲ミルを買った。
サイフォンとミルをマンションの台所に置くと、
妙にクラッシックな空気が漂って、父と私は顔を見合わせてにっこりした。
それからというもの、
週末の朝は、必ず父がゴリゴリとコーヒー豆を挽き
アルコールランプに火をともして、珈琲を入れた。
サイフォンは、休日の朝の時間に、ポコポコとのんびりした音を響かせた。
高校を出ると、行きつけの喫茶店が出来た。
あめ色のカウンターが一つ。
白いひげのマスターが、無言で珈琲を入れていた。
そこでは、粟茶色に使い込んだネルでドリップしていた。
狭いお店の片隅に、大きな焙煎機があって、
時々音を立てていい香りを漂わせていた。
私はいつも一番奥の隅に座り、マスターの手と、赤い鳥の形の砂糖壷を眺めて
長い時間黙って過ごしていた。心地いい沈黙の時間だった。
そんな時代から、長い時間が経った。
いまでは一人分の湯を沸かしたやかんの重さがが辛くなってきた。
今、ペーパードリップでゆっくりゆっくり入れる私の珈琲は
濃密で苦い味がする。
私はこの苦味が好きだ。
一人で過ごす部屋が珈琲の香りで満ちてくる。
彼が起きてくることはもうない。
朝のお茶もいつの間にか入れなくなった。
「今日は寒いな・・・」おはようのまえにそんな言葉を交わしていた
当たり前の毎日は、ふっと途切れたままだ。
もう急がなくていいのだ。
それにしても、どうして今までもっとゆっくり珈琲を入れてこなかったのか。
珈琲くらいゆっくり入れても10分と違わないのに。
無言の彼に空でおはようと言って、
あなたも飲む?
と声に出してみた。
「ああ、砂糖は一個ね」
無言の声が聞こえた。
たまには朝から珈琲もいいでしょ?
立ちのぼる湯気にむかってそう答えた。
湯気はするすると天に向かって、珈琲を運んで行った。
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夫はちゃんと毎日「お茶」と言って起きてきます。
私があと20年生きたなら、朝の風景はこんな風だろう
そう思って書いてみました。