ホウジョウキ  ++ 小さな引籠り部屋から ~ ゆく川の流れは絶えないね

考えつつ振り返り、走りながらうずくまる日々。刻々と変わる自分と今の時代と大好きなこの国

思い出のおやつ その2

2008-02-24 12:52:42 | WORKS
私は、職人見習いとして働いていたことがあります。
木版画を制作する、かなり独特の会社で、先輩の職人さんは4人いました。

木版画を摺ったり、彫ったりする仕事は
個々に数注する作業で、
工房の中でそれぞれバラバラの位置に座って
しーんとする中、紙を擦る音や、木を削る彫刻刀の音が響いていました。

そんなとき、突然として、一番ベテランの職人である上司が
「○○さーん!」と声をかけて
キャンディーやチョコレートを、ポーンと投げてきて
おやつタイムになったりするのでした。

その日私は、上司が一週間かけて刷り上げた版画に、会社の名前を摺入れる
という仕上げの作業をしていました。

2時間くらいかけて、出来上がり、上司に渡しました。
上司は、その仕上がりを確認していました。

午後、別の作業に取りかかった私を
「近藤さん、ちょっと」
と上司が呼びました。
いつになく、素っ気ない声でした。
上司は私が仕上げた版画を渡して、200枚全てに、私が汚れを付けてしまったこと、これでは
全部が売り物にならないことを指摘して、厳しく叱咤しました。
普段温厚な上司の厳しい叱責に、そして、自分がしでかした失敗の大きさに
身が凍る思いでした。
「申し訳有りません」と謝って自分の席に戻ったものの、作業を続けようとしましたが
すっかり動揺した私は、何をやっているのか自分でもわからないほどでした。

そんな状態でどのくらい時間が経ったか、
後ろの上司から、いつもの優しい声で
「近藤さーん」と聞こえて、クッキーが飛んできました。
いつもは、チョコレートやキャンディーでしたが
その日は、珍しくクッキーでした。

全員に1こずつ投げ渡されたあと、
「あれ、ひとつ余っちゃった、じゃあ近藤さん」
といって、もう一つ、クッキーが飛んできました。
が、おそるおそる上司の顔を見ると
いつもの優しい笑顔でした。
すると、突然涙が溢れてきて、あわててトイレに駆け込みました。

その日のクッキーは、やさしいバニラとバターの味で
心底美味しいと思いました。

木版画の仕事から離れたいまでも
その上司には季節のご挨拶を送っています。
必ず、甘いお菓子を選んでしまいます。そして一番よく選ぶのは、バニラとバターの香りの焼き菓子です。

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六花亭のエッセイ「思い出のおやつ」その2です。


思い出のおやつ

2008-02-04 21:51:05 | WORKS
「ママ、イチゴかって!」
まだ苺が出回り始めたばかりの5月、私は母にねだった。
母は高いイチゴを、不思議なくらいすんなりと買い物かごに入れてくれた。

もともと絵を描いたり工作したり、何かを作るのが好きだった私は
小学校も中学年になると「お菓子作り」の本を読むのが大好きになっていた。
本に出てくるパンやケーキが焼けるあまい香りを想像しては、つくってみたい、
といつも思っていた。しかし、我が家にはオーブンが無かった。

母の日に、私は本でとても魅力的だった「苺のババロア」を作ろうと考えた。
ババロアなら、冷やして固めるだけだから、オーブンが無くても出来るお菓子だ。
それに母はババロアが好きだと言っていたのだし。

家に帰って母を誘っていっしょに作り始めた。
ゼラチンを熱くした牛乳で溶かすとき、牛乳を手にかけてやけどをしてしまった。
母が
「もうやめる?あとはママがやってあげようか?」
と言ったが、私は、
「痛いくないから続きを作ろう」
と意地を張った。ほんとうは、ひりひりと痛かったのに。
はじめて泡立てる生クリームはなかなか手強かった。かき回してもかき回しても、「つの」が立たない。
苺はひとパック全部をつぶして裏ごしした。ジューサーなど無かったから、大変な手間だ。

それでも、なんとか冷蔵庫に入れて冷やし固めた。
父が帰るのも待ち遠しく、ババロアを取り出しひっくり返してお皿に開けると、
鮮やかなピンク色がぷるぷると震えた。
「母の日ありがとう」
と母に差し出した。
母は美味しそうにパクパクと食べてくれた。

私はなぜか夜遅くまで食べずにいたのだけれど、寝る前にとうとう食べてみた。
ドキドキしながら、一口スプーンですくって口に入れた。
「あれ?」
レモンを入れすぎて、すごく酸っぱかった。
お菓子作りは思っていたより、難しかった。
あのはじめてのババロアは、やはり失敗だったのだろうかと今でも考える。

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またもや六花亭のエッセイ募集に応募しようと考えた。
今回のお題は「思い出のおやつ」
リベンジ!