ホウジョウキ  ++ 小さな引籠り部屋から ~ ゆく川の流れは絶えないね

考えつつ振り返り、走りながらうずくまる日々。刻々と変わる自分と今の時代と大好きなこの国

昭和のストーブ カフェ

2009-01-28 14:57:36 | 日本文化
先日、「おうち食堂」開店にわくわくしたのは、意識していませんでしたが前触れがありました。

前日に、町中の古民家(そんなに古くはない、昭和な感じ)のカフェに連れて行ってもらい、畳に座ってちゃぶ台でランチをしたのでした。
ガラスの引き戸は障子のような木枠に波板ガラスが入っていて、むかーし、一度だけ一軒家に住んだことがあるときの、おうちに似ていました。昭和50年代頃かな。その一軒家は、北海道旭川の平屋でした。一年の半分は、ストーブを使っていたような気がします。石油ストーブの火が燃えていて、ストーブの上でいつもお湯が沸いていました。
その後引っ越してからは、ずっとマンション住まいで、集中暖房完全装備の環境に慣れてしましました。

そこの民家カフェにも、黄色い火が暖かいストーブがありました。
ロウソクの火もそうですが、燃える火を見ていると、それだけで暖かい気持ちになります。

同じ火でも、火事の炎は恐怖ですが。
このところの火事の多さに、焼け出された人、亡くなった人、を考えると
火は動物に取って怖いものだと、思い出させてくれますが。

そこのカフェには、窓に面して、一人席がありました。
ひとりでぼんやりするのに落ち着くなあ、とまた来たくなりました。

そんなカフェに熟年の男性が、一人本を片手に珈琲を飲んでいるなんて
とても素敵だと思いますが、どうやら世の男性には難しいようです。壁を壊してみたらいいのにね。

自宅食堂も、民家カフェも、寛げる空間と穏やかな会話が、キーワードです。


おうち食堂

2009-01-25 20:47:40 | 今日の料理
食事にお客様を迎えるのは、ワクワクします。

今日は、高校生からずっとつきあっている友人が、遊びにきてくれます。
彼女は夕方まで、用事を済ませた後、ウチで「おうちごはん」を食べよう、ということになりました。
気の置けない人のために、料理を作るのは楽しい作業です。お互い、そこそこに料理が好き者どうし、美味しいと思ってくれるかな?口に合わなくないかな?そこはちょっと緊張もしますが。

今日のメニューは

たたきキュウリと大根の酢の物

蓮根のきんぴら

鶏のパプリカ煮 粉ふきいも添え

ごはん

ビール好きの彼女のために、エビスと麒麟のビールも買いました。私は夕食時にはあまり飲みません。
夕方から、鶏を煮込んでいたら「かもめ食堂」という映画を思い出しました。

ウェルカムの印に、玄関のドアに、ささっとメモ用紙に走り書きの看板?を出しました。
自分の気分も少し盛り上がります。
連日忙しくしている彼女は、疲れていましたが、美味しいとたくさん食べてくれました。
そして話もたっぷり弾みました。

美味しいお店、気分を高揚させてくれるような素敵なお店で、食事ももちろん楽しいです。でも、誰かが自分が作った家庭食事を食べてくれることは幸せなんだ、と改めて思います。

そして、自分自身のためだけにも、心を込めて料理をするそして食べること
が心を和やかに、健やかにしてくれるのだと、パクパク食べてくれる彼女を見ながら思いました。

ごはんは体を作るものだけれど、心を作るものでもあるのです。

自分一人おうち食堂、がんばろう。


おばあちゃまの命日

2009-01-25 00:50:30 | 生活改善プロジェクト
今日は(正確に言うと昨日1月24日)、母方の祖母の命日です。

祖母は(おばあちゃま。と呼んできたのでそう書きます)おばあちゃまは
クリスチャンでした。私の手元におばあちゃまの写真がありませんが
おばあちゃまが生前大切にいつも手元に置いていた、マリア様の簡素な
盾があるので、昨年末のクリスマスにも飾りました。おばあちゃまの誕生日は
12月25日なのです。今日命日にも飾り、お花を供えました。ちいさなちいさな祭壇です。

おばあちゃまは、生粋のお嬢様育ちでした。
結婚して、夫が戦地で結核に倒れて帰ってから闘病し亡くなり
子供を抱えて未亡人になり、自分も脊椎カリエスに罹り、長いこと入院生活を余儀なくされました。
私の母はおばあちゃまの長女でしたので、私が小学生の頃からサナトリウムを退院して一緒に暮らしました。
私が覚えているおばあちゃまの姿は、いつも着物をきて白髪の髪を結って、おっとりと上品なおばあちゃまでした。

そして、いつも寂しそうでした。
歳を取れば取るほどいっそう寂しそうでした。

ケンタッキーフライドチキンのお店でポテトを頼んで、一日中一人で座っていました。

もっと、話せば良かった。

もっと笑顔を向けてあげればよかった。

もっと一緒に食事をすれば良かった。

私の心の片隅に、いつもそんな後悔の思いがこびりついています。
ほんとうは、大好きだったおばあちゃま。

私が死ぬまで、私の心の中に生きています。


朝 は ごはん 

2009-01-22 22:10:18 | 生活改善プロジェクト
ほんとうは、パンが好きです。

小さなお店のなかで、ハード系フランスパンや、ドイツパンなど、食べごたえのあるパンを焼いて売っているような、そんなパン屋さんが大好きです。

京都には、そんなちいさなパン屋さんが多くて、朝食のパンにこと欠きませんでした。
今暮らしている東京の下町には、そんなパン屋さんが少ないです。

それでも、一人気ままなときは、朝ご飯は必ずパンかフルーツでした。
それに、朝いれたての珈琲。

そんな軽い朝食が、一日の始まりにはちょうどいい、そう思っていました。

二、三日前、風邪がなんとか抜けたかな?と思ったら、急性の胃腸炎を起こして
何も食べられなくなりました。ウィルス性胃腸炎が流行っているそうです。
仕方が無いので、お粥を朝から食べたり、お豆腐のお味噌汁を飲んだりしていました。

これが意外と、一日のスタートにいいように思えてきました。
なんだか、やる気がというか行動しようという気力が湧くような気がするのです。
炭水化物は、脳の直接の栄養素になるようですから、私のような、無気力に襲われている人にはいいのかも知れません。

そう思って、胃腸は落ち着いてきましたが、
「朝食は、ご飯とお味噌汁」習慣 を始めようと思いました。
炭水化物だけでなく味噌汁にはお豆腐や野菜やわかめや、パンにバターを塗るだけでは取れない栄養素も摂取できるのです。

朝の時間の有効活用の目標の一つにしてみます。


風邪を引いたら?とりあえずどうしますか。

2009-01-18 15:35:34 | 生活改善プロジェクト
少し喉が痛いなあ、から始まって、怠さと体の節々が痛くて
ああ、風邪を引いたなあ。久しぶりに寝込むかな?
と思いましたが、その状態のまま続いています。
一年前までは、しょっちゅう風邪を引いていました。
咳、鼻水、微熱でいつも怠い体を引きずって、でも仕事へ行かなければなりません。ので、風邪を引いたかな?と気配を感じたら(私の場合は、のどから)すぐに
風邪薬を飲みました。少し悪化すれば、もっと効く薬を求めてかかりつけの病院へ。
今回は、仕事もないことだし、民間療法で治そうと思いました。

そう考えた理由は、いくつかあります。

今かかりつけの町医者は、だいぶ高齢のおじいさんで、ここのところ二回連続して
間違った診断で、ちょっと大事になり、少々懲りています。かかりつけ医を変えないとなあ、と思いつつ、いい内科医の診療所がまだ見つかりません。

少し昔は、風邪なんかで医者にかかったりしなかった、とよく聞きます。風邪なんかで仕事や学校を休んだり約束を反古にしたりは、昔はなかった、と。
そうか、現代人は弱くなっているのだな、と思う反面、昔に比べて現代人は忙しいし、ストレスにさらされ疲れているのだから、風邪程度でも辛いのだ、とも思います。風邪は万病の元、こじらせると厄介でもあり。
今の私は、慌てて治さねばならない理由もなし(体調が悪いのは嫌ですけれど)
休養も栄養も十分だから、多分大丈夫。

医療費がかさんで、健康保険が破綻しかかっているのは、国民があまりに気軽に病院にかかり、薬を飲み過ぎるから、というのはよく聞く話です。
風邪くらいで、貴重な医療費を使うのはなあ、と思った次第。だって、普段から私の医療費は人の数倍かかっています。それに風邪の薬を大量に飲むのも嫌だったのです。下手すると、食後に10錠くらい飲むはめに、さすがにげんなりです。


さて、私の民間療法

お茶をがぶ飲み、出がらしのお茶でうがい。もともとお茶はよく飲みます。
心がけていつもより一二杯多く飲むように、お茶はビタミンCがたっぷりですから。

体を温めるために、生姜ハチミツ紅茶。ダイエットには、ハチミツを入れない方がいいのですが、今はダイエットは置いておいて、のどにいいハチミツを入れます。
のど痛いのが辛いので。温まって美味しい。

後は。寝る。
結局私は寝てばかり、練り理由づけのために風邪かしら?

いつ治るか、自分でも楽しみ。今日も夕方になると少し具合が悪い感じ。


苺のおやつ

2009-01-14 20:24:51 | 生活改善プロジェクト
いよいよ寒くなってきました。
そろそろ二月、一番寒い季節になります。
それでも、寒梅はもう花を咲かせて、春の準備も始まっているのを
感じます。

スーパーでは、みかんに並んで、苺が売り場の真ん中に山盛りに、出回っています。
クリスマス用の売れ残りかも?しれませんが。
赤い灯火のような苺を見ていたら、食べたくなりました。
体がビタミンCを必要としているのかも知れないですね。風邪の季節、インフルエンザもはやっているようですが、
この冬はまだ風邪を引かずに来ています。ヨーグルトと練乳をかけて、おやつにしました。
なんだか懐かしい味です。
ミルサーでシェイクして凍らせれば、昔懐かしいシャービックのようなものが出来ます。自分でひと手間かけて作るおやつは、ホッとする味ですが、今のような時間を持て余すようなときでないと、出来ないことです。

普通の慌ただしい毎日の中で、自分で時間を工夫して、こういうホッとするようなことが出来るのが、
私にとって最も必要なのに欠如していることで、そここそが私の問題点なのは自覚しています。
食べもののバランスを気をつけて、寝込むようなことの無いようにしないと、
今インフルエンザで高熱、なんて、泣きっ面に蜂、というもんです。

昨年の梅の花の季節、とても余裕の無い気持ちでいたことを忘れられません。
ほっとする余裕は無く、自分自身が日々追い詰まって行くのがわかりながら
どうしようもなく、追いつめてしまいました。
その結果、一年経ってまた梅の花を、のんびりしながら虚しい気持ちで、今年は眺めます。
自分に必要なこと、変えなければならないことを、
今年こそ実践できるように願いながら、春の予感を感じます。


初春の竹林に

2009-01-11 22:27:45 | 生活改善プロジェクト
「竹」萩原朔太郎
光る地面に竹が生え、
青竹が生え、
地下には竹の根が生え、
根がしだいにほそらみ、
根の先より繊毛(せんもう)が生え、
かすかにけぶる繊毛が生え、
かすかにふるえ。
かたき地面に竹が生え、
地上にするどく竹が生え、
まつしぐらに竹が生え、
凍(こお)れる節節(ふしぶし)りんりんと、
青空のもと竹がはえ、
竹、竹、竹が生え。

古都鎌倉の古寺に、初詣にいきました。

禅寺 報国寺は足利一族のやぐらがあるゆかりのお寺。
広い竹林がありました。
竹が真っすぐに延びるさまは
冷たい空気と、晴れた冬の柔らかい日差しのなかで
凛とした静寂感が漂います。
水の流れの音も聞こえて、庭作りの感性ってすごい。

お寺の山門を入ったら
くゆりとお線香の香りがしました。
おたらのお線香の香りは、心を静寂に誘います。
家で焚くお香とは、どこか違うのですね。

家に籠っていると、家の空気も、心の中も、なんだか澱み
新鮮な空気を取り入れないと、腐敗するような、怠惰な感覚に日々襲われています

この遠出の初詣。
そんな日々を、自分自身をなにかの方向へ向かうような、切り替えるスイッチに出来るでしょうか。
お寺のご本尊の前で手を合わせましたが、自分自身に問いかけたような気がします。

なんとか寒中お見舞い

2009-01-07 14:38:32 | WORKS
新年も明けて、家籠り疲れがたまってきて
やっと今年いただいた年賀状をみて、一念発起
寒中お見舞いを作成しました。

木版画サークルに入ったおかげで、仲間の方々には
木版画のお年賀状が不文律です。
昨年は見事挫折して、お年賀状を出すこと自体を投げ出しました。
さすがに二年連続の不義理はまずと思い、がんばって木版で作りました。

版は1版で省力していますが、二度刷りしています。
おまけに、板ぼかしと摺りも新しい技法にチャレンジしました。
昨年の
晩秋から冬にかけて、和紙の講演会も終わり
気抜けしたのか、毎日家のリビングで座ったり寝転んだりして
ベランダ向きの広い窓から、空ばかりみて、ぼんやり過ごしていました。

空の雲の動きや、夕暮れの色のきれいさや、白い月を眺めて
空も毎日変わっているのだなあ・・・
としみじみ思いました。
変わらぬものは、何も無い。
万物が、日々何かしら変わっている。
多分、私自身も、何かしらの変化が、微々たる変化でも
あるのかな。

そんな思いで出来上がった版画でした。

今年の一作目です。

今年は春に展覧会があるので
どうしても大作を一点、作らねばなりません。
できるか?私。

リベンジするもしないも、自分次第

2009-01-04 14:15:08 | 生活改善プロジェクト
2009年になりました。

年末に大掃除、お正月の準備と
普段、ぼーっとしてばかりいる私にとって
消耗している体力を使い果たし
お正月から、とにかく眠い。

でも
三が日、駅伝を観ました。テレビ観戦ですが。
元日は、実業団ニューイヤー駅伝
二日三日は、一年で一番集中してみる番組と行ってもいい
箱根駅伝

箱根駅伝は、母校の応援に力が入ります。
が、ことしもまた惜しくも二位。今年こそ優勝と思ったのに
思いもよらなかった伏兵に、優勝を持って行かれました。
山の神、今年も降臨しましたね。

駅伝を観ただけの三が日でした。
駅伝は、毎年毎年もう何十年と続いています。
箱根駅伝は、選手は大学生ですから出場のチャンスは多くても四回しかありません。四回出場できる選手は、ほんとうに稀です。
今年も、期待されながら、大ブレーキを起こした選手がいました。
駅伝は団体戦です。一人の走りが、チームの結果につながります。
走る選手の重圧は、大変でしょう。
それをはねのけて走ることの出来る選手、結果を残せる選手
そして、アクシデントや不調でチームにブレーキをかけ手しまった選手。

去年も大ブレーキに苦しんだ選手がいました。
ことしも走っていました。去年の失敗を心に刻んでリベンジを。
出場まで、走り終わるまで、苦しい一年だったでしょう。
失敗を機に、つぶれてしまった選手もいるでしょう。
でも、悔しさや申し訳なさを胸に、今年もまた帰ってきた選手もいるのです。

失敗は全ての終わりじゃない。
重圧は苦しい。
心は折れそうかも知れない。
でも、帰ってくる人もいる。
復活を遂げる人もいる。
去年の敗者の顔を今年見た時
今年の敗者の顔、
来年がある。ある人には、ある。自分に負けなければ、ある。
苦しい一年に耐えた人にはある。
そう信じる人には、きっとある。

去年、敗北の一年を送った私には、敗者の涙ばかりが
勇気になりました。