仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

その暗闇の臭いと住人3

2010年01月07日 16時12分57秒 | Weblog
 ドアが開いた。挨拶もなく男が入ってきた。皆がいっせいに男を見た。
「ジミーさん、今日はこんなのでやるの。」
セッティングを見て、つぶやくように言った。
「キーちゃんたちは何人。」
「今日は、サンちゃんしか来ないよ。」
「マイク使う。」
「ああ、あそこのでいいよ。」
「えーとなんだっけ。」
「ビーエスエイトです。」
「もういいかな。」
「はい。」
「じゃあ、楽器、隅に寄せといて。」
 そんな感じだった。
 男はケースからテナーサックスを出した。ものすごい速さでスケールを流した。マイクに向かった。
「あれ、いつもと違うね。」
「いい感じでしょ。」
リズムもテンポも感じられない奇声のような音が出てきた。皆の片付けのことなど、何も気にしていないかのようだった。地響きのように唸ると悲鳴のようなハーモニックスが鳴った。楽曲というより、音、叫びのようだった。楽器を隅に置いて、皆がジミーさんの横に並んだ。
「ああ、どうしようか。コックがきたら、何か出るけど・・・・。」
「ちょっと聴いててもいいですか。」
「いいけど・・・・。」
皆はそれぞれに壁際に移動した。テンポのない奇声、キーちゃんの身体が揺れ始めた。
「キーちゃん、サンちゃん何時くらいに来るの。」
音が止まった。ジミーさんの声にキーちゃんの表情が曇るかと思った。
「わかんないけど、もう来ると思うよ。」
当たり前のように話した。唇がサックスに触れると、音が止まったところから始まったように聞こえた。
「きたら、そのまま、はじめていいかな。」
キーちゃんは肯いた。マーが立ち上がり、皆を誘導した。
「ちょっと、外、出てきていいですか。」
「ああ、どうぞ。」
といったところでドアが開いた。革ジャンに半ズボン、下駄をはいたスキンヘッズのお兄さんが入ってきた。前歯が一本、半分くらいのところで折れていた。ドラムのそばに行って、すぐに戻ってきた。
「すんません。スネアとペダルいいですか。」
「今日はお金もってきた。」
「ハイ、だいじょうぶです。この前のも払えます。」
「じゃあいいよ。」
ジミーさんはドアを開けて出て行くと、スネアとペダルを持ってきた。
「すんません。」
受け取るとドラムのセッティングを始めた。
「レンタル料取るんですか。」
「ちがうよー、飲み代だよ。きつく言わないと甘えるからさ。肩代わり。」
グシャーンと非常に下品なトップシンバルの音がした。それを飲み込むようなサックスの音。二人は挨拶をするわけでもなく、目も合わせなかった。無言だった。まったく違った音楽が一緒になっているみたいだった。マサルが笑った。
「マー、面白そうジャン。」
「ああ。」
ドアを避けて、ドア側の壁に体育座りで一列になった。ドアが開いた。
「ジミーさん、北川さんがいないんだけど。」
「えーと、ちょっと待ってて。」
ドアが閉まった。ジミーさんがドアを開けた。
「チャージ出せる。出せたら、中に入っててよ。」
客はジミーさんに金を渡して、中に入った。
「もうこんなにきてるの。」
「違うよ、今日、やる人たち。」
「フーん。」
ジロジロという感じで皆を見た。皆と反対側の壁に張り付いた。
「やっぱり、一回出るか。」
マーが立ち上がり、皆が続いた。