仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

抱かれることで

2008年01月22日 14時59分00秒 | Weblog
丸まったナオンを仁は薄目で見ていた。暫くすると丸まって震えているナオンに仁が近づいた。体育座りのような格好になっているナオンの両腕に手を掛けた。仁はゆっくりと目を開けた。仁の視線、あんなに開いた仁の目を見た人はその集団の中にもいないような気がした。最初はイヤイヤをするように首を振っていたナオンもその視線に吸い込まれるように仁の目を見た。二人は瞬きもしないで見詰め合った。ナオンは涙を流し始めた。仁の両手の力が抜けた。今度はナオンが仁にしがみついた。仁はゆっくりと両手を拡げ、ゆっくりとナオンを包んだ。仁が再び半開きの目に戻り、ナオンを抱えたまま座り込むと呼吸のリズムが始まった。
 考えてみるとヒロムがナイフを取り上げた後、ナオンはアンモナイトみたいに丸まってなんの抵抗もしなかった。なぜ?そんなことはどうもいい。呼吸がある一定の強さを過ぎたころ、仁が立ち上がった。アキコがいつものように集金をして僕らは移動を始めた。「神聖な儀式」に向かって。

欲しいのならⅣ

2008年01月21日 13時02分03秒 | Weblog
集団が意図することと個人が意図することが一致する場合、その集団に所属することが個人にとって一番の満足となる。そのとき、個人は集団のために生き、その集団に奉仕する。それは自分を守るためであり、また、同時に集団を守ることになる

 仁の存在を訝しく思うものはそのときの集団の規模では誰一人としてなかった。だから、僕らは仁を攻撃しようとするやつらに対して、常に仁を守るというスタンスで挑んでいた。彼らは、僕らの沈黙の中に入り込もうとした。
 その日、新しい顔のナオンが一人、「ベース」にやってきた。ナオンは長くてしなやかな髪をたばねるでもなく風になびかせて、その挑発的な目は「ベース」のナオンとは相容れないものがあった。けれど、「ベース」はすべてを受け入れる。だから、ナオンが去らない限り、沈黙におびえない限り、居続けることはできた。
 パターンなんかないその集会は、沈黙と微笑の中からボディータッチが始まり、抱擁に進み、また、分離し、ボディータッチに戻り、見つめあい微笑んでキスをして、また、もとの場所ですわり、ゆっくりと時間が流れていった、仁が来るまで。
仁は、気配もなく現れた。誰も気づかない内にその場所に座っていた。「許し」の儀式の中で仁の登場を意識せずに感じることができたのはアキコとヒトミ、後数名の限られた人だけだった。でも、呼吸がリズムを掴むと皆その存在に気づき、同調が始まった。同調と同時に車座になり、呼吸と沈黙の中で僕らは目を瞑った。
 そのナオンは確かにリープしていた。何とか意識を留めて僕らの真似をしていた。けれど、仁が座ってからの「同調」の中で敏感になっている感覚は違和感を増長し、恐怖がナオンを押しつぶそうとした。ナオンは「あう、あう、」と声を発して、ブルブルと体を振るわせた。そして、彼女の感覚が「ベース」を受け入れられなくなったとき、ジーンズのケツからナイフを取り出して仁に向かって突進してきた。ナオンとナイフは風を切って仁に向かった。遠い街灯の明かりしか届かない「ベース」なのにそのナイフは妙に輝いて猫の目のようだった。仁の横に座っていたヒロムが仁の前に立ちはだかった。ヒロムの胸にナイフが刺さるか、と思いきや、アキコの出した右足に引っかかりナオンはコテンッとこけた。ヒロムがすかさずナイフを取り上げ、ナオンを押さえ込んだ。ナオンはヒーヒー泣きながらそこに丸まった。

欲しいのならⅢ

2008年01月18日 15時57分55秒 | Weblog
仁は静かに微笑んだ。その日から仁の座る場所が決まった。「べース」の一番奥の一段高くなっている場所に仁が座るようになった。誰が、何時と言うと取り決めなどなく、ただ、そこにいることで集団となった「ベース」の人間たちに秩序ができるのはおかしな話だ。でも、そのころ、集団はその規模を徐々に大きくしていった。人が少ないと思える日でも10人位の集団ができた。
 そして、仁の来る日は、仁がその席に着くのを皆が待っていた。仁が座ると皆が仁の呼吸に集中した。そこに集まった人間の呼吸がすべて仁に同調すると、それはうねりとなってスペイン坂に響いた。
深い安堵の感覚が脳髄の後ろのほうから身体全体に伝わっていくのを実感した。

欲しいのならⅡ

2008年01月17日 17時14分08秒 | Weblog
たぶん「ベース」集まる人間は皆が痛んでいた。皆が恐れていた。もし、言葉を発したら、自分が何なのか、何者なのか、自分自身で知ることになる。自信なんかない。自信の持てる自分なんか、どこにもいない。そんな人間が「ベース」にいた。
それだけに、「ベース」にいる人間は、とてつもない集中力と、観察力、そして、深い洞察力を持っていた。一瞬の瞬きが意味があり、指の動きが、瞳の流れが、一つの呼吸が、今共有する時間と空気を支配しているのを感じていた。誰もが弱く、壊れそうなくらい脆く、美しかった。
仁を囲むその集団は、この共有感の中でその結束を固めていった。
闘争は静かに始まった。

欲しいのなら

2008年01月16日 13時24分10秒 | Weblog
体温が伝わることで自分がそこにいることを実感していた。そしてそこにいることがうれしかった。誰でもない自分、「ベース」以外の場所では感じることのできない一体感の中にいた。どこにいても自分は自分でない何かを演じているような不快感。言われたとおりに作業をして、言われたように笑顔を作って、言われたことだけを早く終わらせて、自分はどこにいるんだろう。何をしているんだろう。自分がいなくてもきっと誰かが変わりやってくれる。自分なんかいなくていい


痛くない?

2008年01月11日 15時45分12秒 | Weblog
その日から何日かしてサングラスの男が同じような格好をした強そうなのを3人くらい連れてきた。仁はその日もいた。「ベース」の一番隅で頭をたれて足を投げ出して座っていた。
沈黙が崩れた。仁は頭を上げると半開きの目で男たちを見た。ポーンと跳ね起きるとツカツカとサングラスの男のほうに行き、ぼそぼそ話をしていた。暫くするとサングラスの男が先導に立って他の男が仁を囲むようしてスペイン坂を下って行った。
仁は血だらけになって帰ってきた。ジャンパーも所々が引きちぎられていた。
皆は仁を囲み、顔や腕、耳の後ろについた血を拭いたり、なめたりした。誰かが自分の上着をぬいで仁のジャンパーと取り替えた。そして、一番、豊満なナオンが仁を包み込むように抱きしめた。照明の明かりもままならない「ベース」で仁とそのナオンを中心に輪ができた。体が触れ合うけれどけして負担をかけないように僕らは輪になった。体温が徐々に伝わり、ゆっくりとした振動が誰からともなく始まった。冷たい夜半の空気が「ベース」から変化していくような感覚にとらわれていた。

沈黙Ⅱ

2008年01月09日 15時31分00秒 | Weblog
サングラスの男が来た。
僕らは普通にしていた。隣の誰かにもたれ掛かったり、そっと手に触れたり、何も言わずにその時間が来るのを待っていた。
幸福感がはじけるその瞬間に誰かが立ち上がる。
それまでじっとこの空気の中で佇んでいる。
沈黙が僕らを安堵と「癒し」の中に導いてくれた。
男はじろじろ見ていた。目が合うと僕らは微笑んだ。
男はだんだん険しい顔になってきた。
男は震える声で自己紹介を始めた。
誰も聞かなかった。誰も興味がなかった。事実、「ベース」では名前も職業もなにもいらなかった。それが誰であってもかまわなかった。
感じることができればよかった。
男は名前も住所も電話番号も趣味も学歴まで言い始めた。
僕らは微笑むしかなかった。
男は誰とも触れ合うことができなかった。
男の顔色が悪くなっていった。
「お前ら何なんだ。馬鹿にしているのか。なんか言えよ。」
そう言うと
隣の誰かに襲い掛かった。
一番奥でダラーとしていた仁が立ち上がった。
男の手を取るとグッと引張って振り向かせたと思ったら殴っていた。
男は跳んだ。
尻餅をついた。しばらく呆然として、顔が恐怖に歪んで飛び起きて振り返るとそのまま走り去った。
仁が振り向くと皆は立ち上がり歩き始めた。
仁はいつものボーとした顔になって一番最後から踵をすりながら皆に続いた。


沈黙

2008年01月08日 17時10分12秒 | Weblog
「ベース」があることを知った人々
うわさは何かを作る。
けしてそこの場所に適応できる人間だけがそこに集うわけではない。
「ベース」に入れることが真実であり、今の言葉で言えば「癒し」であるような人間だけを「ベースは受け入れた。
うわさに群がる性的欲求のみを意図する人間には「ベース」の沈黙が恐怖にも思えたのだろう。彼らは、厭らしい言葉を残して「ベース」を後にした。
仁はそこにいた。