仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

その唇に赤いルージュをⅡ

2009年05月12日 16時26分22秒 | Weblog
 マサミが仁がするようにニッと笑った。マサミのフレーズが変わった。扇情的で、さらに、テンポアップを要求するよなフレーズにマサルが反応した。その次の瞬間にはマーも、ヒカルもその方向に転換していた。マサミの表情を捉えたマサルはハルを、ミサキを見た。二人は立ち上がり、再び、声を、身体を仁に向けた。
 仁の顔が布団の中に消えた。布団が生き物のように動き出した。その動きに反応してマサミの音が変わった。連動するかのようにマサルが追いかけた。音と布団は会話でもするかのように呼応した。
「仁ちゃん、起きて。」
リフレインの中にいたハルが叫んだ。
「おもしろい。」
仁の布団はくらげのように漂っているかと思うとピタと静止し、フッと浮くとズンと沈んだ。動きは音と完全にシンクロし、分離し、再び、シンクロした。
 ハルがミサキに合図した。二人はリフレインを止めずにマイクから離れた。仁の布団を中心に両側に分かれた。仁の布団に手をかけ、動きに合わせて、布団をはいだ。
 仁は寝ていた。完全に目を閉じ、布団の重さがなくなるとフラフラと回りながら、倒れ込んでしまった。二人は慌てて、仁に駆け寄った。マサミがマイクの前に立ち、声を発した。
「ねえ、仁ちゃん、仁ちゃん、起きて。」
ハルが仁の身体を揺すった。ミサキが身体を擦った。
 マサミがニッと笑った。伸ばし放題の鬚、ぼさぼさの頭髪、それでも仁お顔は綺麗だった。マサミはハルに耳打ちした。ハルはびっくりした顔をした。が、直ぐにいたずらっぽく笑った。リビングを出て、ルージュを持ってきた。ハルとミサキがお顔を押さえ、マサミが仁の唇に塗った。
 唇だけが赤く際立った。それはエロチックだった。マサミがまた、二人に耳打ちした。ハルとミサキは仁のパジャマを脱がした。

その唇に赤いルージュを

2009年05月11日 17時10分30秒 | Weblog
 マーが軽いフィルインを叩いた。キーボードの前のマサミがそれに反応した。マサルはマイクをセットし、ストラップをかけた。ヒカルはマサミの音に合わせ、ベースのポジションを探った。
 マーのスネアから大きな一撃が響いた。ハルは唇に人差し指を立て、マーの音量をセーブさせた。控えめでいながら、軽快なビートがトップシンバルから流れ出した。ディストーションの効いたマサルのギターは、音量こそ控えめだが刺激的なフレーズを奏でた。ハルとミサキの身体が揺れた。向かい合い、揺れながら、手と手を重ねた。そして、二本セットされたマイクの前に分離した。
「チキ、ダン、ダン、ダダ、ダンス。」
ハルのヴォイスが始まった。
「ハオハアー、フー。」
ミサキも重なった。ヒカルのフレーズが安定し、マーが自由になるとグルーブはさらに増した。
「いきたい。触れたい。すぐしたーい。もっと、したーい。」
「あは、あは、あへ、あへ、あはー。」
全員が昨日の感覚を目指していた。激しい集中で自分の出す音も、声も自分の身体を離れ、空間に融合し、再び自分の身体に戻ってくるところまで行き着けた。しかし、とろけるよな、身体自体が溶け出すような感覚にはなりきれなかった。自分が存在していた。存在を超えるほどの融合、融和。自分の意識さへも飲み込んでしまうような高揚はなかなか訪れなかった。
 快感は増していた。
 マサミがキーボードを離れ、マイクの前に来た。
「ねえ、仁ちゃん、起きて。ねえ、起きてえ・・・・・・・・」
「フーハー、フー、ハー、・・・・・・」
音と同化して身体をくねらせていたハルとマサミは一つのマイクをはさんで口づけでもしているようにヴォイスを続けた。マサミの音が声に変わっただけで音が作り出す絵が変わった。願うような、搾り出すようなマサミの声はさらに刺激的だった。
 マサミの声に仁は・・・・
 マサミはハルの肩を叩き、キーボードに戻った。
「仁ちゃん、起きてぇ。」
そのリフレインをハルとミサキが引き継いだ。マサミとは違う雰囲気、懇願すると言うよりもその言葉自体がサウンドとなるような不思議な発声が音に色を付けた。音は音量が上がるのではなく、全てが一体化することで厚みを増した。
 仁の身体が軽くかけてある羽布団といっしょにフッと浮いたように見えた。それをフロントに立つ、ハルとミサキが目撃した。
「ワーオ。」
二人は同時に飛び跳ね、向かい合い、手を握り、へたり込んだ。そして同時に仁を指差した。

朝の臭いの中でⅥ

2009年05月08日 16時00分11秒 | Weblog
「仁さん、ほんとに三日くらい起きないの。」
「前もそうだったよ。仁ちゃん。トイレにも行かなかったよ。」
マサルが切り出した。
「今日どうする。」
「誰かついてないと。」
「じゃあ、仁さんの布団を・・・いいかあ。ベッドルームに運ぼう。」
「もう少しここにいない。不思議だったの。昨日のことが・・・・」
「いいけど。不思議って。」
「マーちゃんも、ミサキさんも、初めてだったんでしょ。昨日みたいなことって。」
マーも、ミサキも、同じことを考えていた。
「昨日ね。たぶん、皆と交わったって。一緒になれたって感覚はあるんだけど。誰とどんな風にしたか、ぜんぜん覚えてないの。」
ハルは仁を見ていた。
「マサルとマーちゃんと三人でしたときは・・・・・」
「あは、そうなんだよう。マミちゃんともしたはずなのに、蝶のことはぜんぜん覚えてないんだよ。」
「マーちゃんはもうー。」
「仁さんって・・・。」
「マミちゃんって。マサミさんのこと。」
ヒカルが聞いた。
「うん、さっき決まったんだ。」
「そんな感じもなかったね。」
「何が。」
「うん。「ベース」にたどり着いた頃さ。名前なんかなかったよ。」
「そうだね。」
マサルとヒカルの目が合った。
「ちょっと怖いの。」
「仁さんのこと・・・・たぶん僕らと違う力を・・・・」
「仁ちゃんは普通だよ。」
マサミがポツンといった。
「仁ちゃん。子供殺したって、泣いてたもん。それから・・とても優しくなって・・」
マーが立ちあがり、ドレムスの所に行った。軽くリズムを刻み始めた。
「やんない。」
「仁さんは・・・・」
マサルとヒカルが布団ごと仁をリビングのセンターから動かした。
「ねえ。また怒られない。」
「でっかい音じゃなきゃ。大丈夫だよ。」
「どうしようかなあ。」
「何で。」
「だって、また感じたら・・・。あっ。ヒカルさん。ベース弾けるんだね。」
「ヒカルにしてよ。」
「ミサキさんも、ミサキでいいの。」
「何でもいいわ。」
マサミが言った。
「賛成。」
マサルとハルが手をあげた。ミサキもマサミもふきだした。
「どうせやるなら、仁さんに聞いてもらおうよ。」
マーが言い出し、皆が仁の回りに集まり、布団を壁際に運び、上体を壁につけるようにして皆が見えるようにした。
「何か、追悼コンサートみたいね。」
「バカ。」
マサルがハルをぶった。
「仁ちゃん、目が覚めたりして。」
「いいねえ。」
マサルが電源を入れた。

朝の臭いの中でⅤ

2009年05月07日 15時06分31秒 | Weblog
マーが言いかけて止まった。
「ねえ、どうして一緒に住んでるの。」
「うーん。マサルが私をひろってくれて、マーちゃんも一緒に来ちゃったって感じかな。マーちゃんも。私もお金なくなっちゃって・・・・」
「うん、何かセッションしたら、凄く気持ちよくて・・・・」
「マサルは何やってるの。」
「知らなかったか。僕は学生です。」
「えー、どうしてこんなとこに住めるの。」
マサルの顔が一瞬曇った。
「親が・・・・」
「あっ。ゴメン。」
「マサミちゃん。うーん。マミちゃんでいい。」
マーが聞いた。
「何でもいいわ。」
「賛成。」
マサルとハルが声をそろえた。
「はは、」
マサミが笑った。皆も笑った。
「何か不思議ね。前から知ってるみたい。」
「マサルは、マミちゃんのこと前から知っていたんでしょ。」
「でも、話したことは・・・・ないかな。」
「うん。「ベース」で話した記憶ってあまりないわ。誰とも・・・」
 玄関のベルが鳴った。ヒカルとミサキは着替えていた。
「シャワー浴びる。」
バスローブ姿のマサルが言った。
「いいの。」
「いいよ。」
二人はリビングに顔を出して、バスルームに消えた。
「マミちゃん、どこでピアノ覚えたの。」
「三人目か。四人目のお父さんがピアノマンだったの。クラブで。」
「そんなにお父さんがかわったの。」
「うん、お母さんが・・・・私より若い時に私、生まれて・・・・それで、いろいろ。」
「そうなんだ。」
「でも、凄いね。昨日はじめてなのに。」
「うん、感じた。」
「ピアノのお父さんは優しかったんだよ。」
「まだ、他にもお父さんいたの。」
「もう、忘れちゃった。」
マサルがバスルームに行った。
「バスローブあるから着なよ。」
「うん、ありがとう。」
バスローブ姿のヒカルとミサキがリビングに戻った。
「仁さんはどう。」
「寝てるよ。」

朝の臭いの中でⅣ

2009年05月01日 16時44分07秒 | Weblog
 マーがバスルームに走ってバスタブにお湯をため、粉石鹸を振りまいた。マサルとハルがマーを追いかけ、まだお湯のたまっていないバスタブに突き落とした。マーはシャワーヘッドを身体で隠し、一番強くすると二人、いや三人を目掛けて発射した。子供のような三人にマサミは一瞬たじろいだが、彼らの楽しそうな雰囲気に直ぐに飲み込まれた。バスタブが泡だらけなったところでマーがハルを抱えて、バスタブに入れた。モジモジしているマサミをマサルとマーがつかまえ、ハルの横に入れた。マサミがバスタブに沈み込む前にマーはマサミの蝶を見た。お尻に羽ばたく蝶を見た。ビクンと身体が震えた。
「マサミさん。マーがビビッてます。」
「もう、マサミさんなんて言わないで。オバサンじゃないんだから。」
「あは。」
マサルは笑いながら、ブラシを取り、マーにもわたし、バスタブの中のご婦人を攻め立てた。ご婦人たちも反撃を試みた。スポンジを取り、ブラシを取り、皆で笑いながら、バスルームを楽しんだ。マサミは嬉しかった。しばらく笑っていない。いや、子供のように遊んでいる自分が不思議なくらいだった。
マサミが顔を押さえた。動きが止まった。
「どうしたの。」
ハルが聞いた。
「楽しいの。ほんとに楽しいの。涙が出るくらい楽しいの。」
「じゃあ、笑おうよ。」
と言いながら、マサルはシャワーヘッドをマサミに向けた。
「わあああ。」
マサミはシャワーヘッドを奪い、マサルに反撃した。皆で笑った。
 身体を洗ったのか、洗わなかったのか、マーがバスルームを出て、バスタオルを取ってきた。身体を拭き、バスローブに着替えた。ハルもマサミも化粧の取れた顔はまだ、幼さが残っていた。
 四人はリビングに戻った。その辺に散らばっている服をハルがまとめて、洗面台の横にあるランドリーバッグの中に投げ込んだ。マーは朝ビールの残りを持ってきた。そして、四人は仁の足元に座った。
「仁ちゃん。いつ起きるのかなあ。」
「前も、三日くらい寝てたんでしょ。」
「うん。」
「あの、マサミさん・・・・・」
マーの言葉が途切れた。
「さんは要らないよ。」
「マーはマーだから・・・・・・・マサミちゃんでいいか。」
「賛成。」
マサルとハルが割り込んだ。
「マサミちゃん、お尻のっていつ入れたの。」
マサルがマーを殴った。
「そんなのどうでもいいだろ。」
「いいのよ。」
「マーちゃんも私も、昨日から、初めてのことが多すぎて、パニックです。」
「おれ・・・・・」