けさは7時半に目がさめた。
きょうは迷うことなく二度寝したら、また昼まで寝てしまった。
でも、なんか頭いたいのがしゃくにさわる。
せっかく寝たんだから、回復しろよ、みたいな。
だからお休みなのに外にも出ず。
土いじりたかったのになあ。
新しいスコップはまだ買ってないけど。
いつ消えてしまうか、っていう恐怖に負けずに、
HDDのまだ見てない番組をせっせと見てる。
「ノー・ガンズ・ライフ」よくできてる話だな、とか。
あと、NHK-BSにエマニュエル・トッドさんが出てたやつもちょっとだけ。
トッドさんが信用できるなあと思うのは、
この方の発言は彼が読み取ったデータからきているものだから。
そこにはたぶん、理想も願望もイデオロギーもない。
提言のような発言もあるけれど、それに従えっていう感じでもないのも好きなところ。
「向上委員会」は見た。
あふれる感情で言葉が出てこない芸人というボケに気づいてもらえない人。
池田さん、いい人なんだろうなあ。
あと、フルヌードオムライス。
1発目は突然やられるから笑ってしまうっていうのもあるような気がするし、
そのあとは逆にハードル上がりすぎてしまうんだろうな。
あとは、気になった記事。
『「政治は終わった。後はテックが解決する」分断が進む社会で民主主義が持てる希望とは』
「そのため、「政治家を政治の舞台から駆逐する政治家」を待望する風潮は
むしろ次第に強まってゆくのです。これは「政治的無関心」
「政治離れ」ゆえの大いなる倒錯といえるでしょう。」
これはどうかなあ。
『「政治家を政治の舞台から駆逐する政治家」を待望する風潮』は、
「反エリート」っていう意味での「反知性主義」からきていることで、
それは『「政治的無関心」「政治離れ」ゆえ』というわけではないのでは?
そして、ホリエモンさんとトランプさんの違い。
ボルトンさんはトランプさんの無知を強調していたと思うけど、
政治のリーダーがなんでも知ってる必要もないので、
その時々で適切な専門家を選んで、その助言を受け入れることができればいいのでは。
トランプさんはそれができてた人ではあったように思う。
「僕は○○について詳しいんだ」とか吹聴して専門家を見下すほうが怖ろしい。
ホリエモンさんはどっちかいうとそういうタイプに見える。
これの続きがこれ、だけど…
『妖しい輝きを放つ“政治コミュニティ”…「れいわ新選組」「N国党」はなぜ躍進したのか』
分断をあおってマイノリティのための小政党が乱立してもダメということ。
そもそもたいして躍進してないし…
それらにくらべてましかなあと思った記事なのだけど…
『男性、正社員……「普通の人」を無視するリベラルの敗北は必然だった』
「行き過ぎたポリコレは表現を萎縮させ、リベラルが目指す多様で寛容な社会を
自ら掘り崩し、息苦しい社会を作ってしまう。」
このへんまではいいんだけど、
「真に包摂的なナショナル・アイデンティティがない社会では、
公的な職務に属する人間は、自分に近いアイデンティティ集団に有利になるように
公的資源を投入したりするだろう。お友達優遇、どこかの国でよく聞く話だ。」
アファーマティブアクションとか、前半はよくわかるんだけど、
「お友達優遇」のあたりからだんだん違和感が。
「特定秘密保護法、安保法制(集団的自衛権の行使容認)、共謀罪、
生前退位に関する皇室典範特例法、出入国管理法改正、
閣議決定による東京高検検事長の勤務延長、
そして新型コロナ特措法での緊急事態宣言にかかる国会の承認etc……
その他権力の私物化事例は数えればキリがないが、
与野党関係なく、これに対する本質的な危機感は日本社会からは感じられない。」
ただの政府批判だった。
必要に迫られてやったものまで、まるごと「権力の私物化」と…
「リベラルが、その高すぎる理想を説教台から語るエリート主義(愚民思想)に陥ったことによって、
怒りや不安で満たされた人々が排外主義的な価値観のもとに結束した。」
エリート主義に対して排外主義で結束っていうのは飛躍しすぎでは。
ぜんぜんつながらないと思う。
結局、いいこと書いてる風だけどものすごく上から目線で、
国民を見下してるように感じる。
そして同じように与党も野党もまとめて見下してる感じっていうのが、
「日本死ね」の方が国民民主党にいるってことなんだろうなって、なんか腑に落ちた。
ついでに、もうひとつ。
『リベラルは「価値観の押し付け」「上から目線」なのか? この思想の「意外な本質」』
「従来の主流の政治に不満を感じている人たちが、リベラルに歯向かい
それが時に暴発することでヘイトスピーチやテロのような問題が生じているという
のが現代の問題状況だといっていいだろう。」
そもそもズレてるように思う。
「リベラルに歯向かい」っていうのもひどいし「従来の主流の政治」とやらに反発することを、
「ヘイトスピーチやテロ」と決めつけるような書き方もひどい。
「リベラリズムとは、むしろ個々の市民が異なる価値観をすり合わせながら、
一つの共同体で共存していくための仕組みにほかならない。」
ほんとにそうであれば「歯向かう」なんて言葉は使われないはずだし、
自分たちとは違う「異なる価値観」を主張することに、
「ヘイトスピーチやテロのような問題」とレッテルを貼ることもないはず。
むしろ、自分たちの考えとは「異なる価値観」を持った人を切り捨てる人たちのことを、
「リベラル」とでも言いたくなる。
というか、逆にそういう「リベラル」たちが、
自分たちを考えの合わない人たちに「異なる価値観をすり合わせ」るどころか、
「歯向かう」とか、敵対視するから「反発」が起きていると気づかないのだろうか?
そして最後の段落がひどい。
「自らが信じる価値を他者にも理解してもらうことで、
それを共同体における共通の徳へと磨き上げる努力をし続ける。
それこそがリベラルを再構築するための唯一の道であり、
また私たち一人ひとりの理想を国家において実現するための唯一の方法なのである。」
「自らが信じる価値」なんて人それぞれのはず。
「多様性に対する寛容」はどこへ?
「みんなちがってみんないい」のであれば「唯一」なんて言葉は使えるはずもない。
これが「価値観の押し付け」「上から目線」でないとすればなんなんだろうか。
「リベラル」の人たちが自分からすすんで、
国民から浮き上がって「分断」されていってるっていうのがすごくよくわかった。