2006年8月27日(日)
#327 メンフィス・スリム「MEMPHIS SLIM」(MCA/CHESS CHD-9250)
メンフィス・スリムの、チェスにおける初アルバム。61年リリース。
チェスからはもう一枚、66年に「THE REAL FOLK BLUES」も出ている。
メンフィス・スリム、本名ジョン・ピーター・チャットマン。その芸名の通り、テネシー州メンフィスにて15年に生まれ、88年パリにて亡くなっている。
メンフィス・スリムといえば「エヴリデイ・アイ・ハブ・ザ・ブルース」の作者というイメージが強いが、他にも名曲を数多く作っている。「ステッピン・アウト」しかり、「マザーレス・チャイルド」しかり、「マザー・アース」しかり。
本盤はその「マザー・アース」をフィーチャーし、他にも「ROCKIN' THE PAD」「REALLY GOT THE BLUES」「SLIM'S BLUES」「BLUES FOR MY BABY」といった佳曲を多数擁している。
「マザー・アース」は既にヴィー・ジェイのライブ盤でもレコーディングしているが、これをスタジオで再録。「SLIM'S BLUES」も同様である。ロックンロール調の「ROCKIN' THE PAD」は、ヴィー・ジェイ・ライブ盤の「ROCKIN' THE BLUES」の改作にあたる。
メンフィス・スリムの魅力を一言でいうなら、「成熟したおとなのブルース」といったところか。
荒削りな激情のブルースは他のブルースマンにまかせておいて、彼はひたすら、彼ならではのライプでマイルドなピアノ・ブルースを追求している。
ギター・ブルース偏重の傾向が強い、日本のブルースファン、ブルースマニアたちには、一番敬遠されがちなジャンルといえるが、聴かず嫌いでは実にもったいないのである、これが。
ブルースといえば単調なパターン化されたメロディ、紋切り型の歌詞、つまり過去のブルースの引写し、みたいなケースがよく見られるのだが、真にクリエイティブなブルース作曲家というのも少数ながら存在していて、メンフィス・スリムはそのひとりといえる。
そのメロディラインは、ジャズの影響もあってか、非常に変化にとみ、過去のパターン化されたブルースとは明らかに違う。
歌詞にしてもしかり。「マザー・アース」「SLIM'S BLUES」の歌詞など聴き込むと、「ああ、このひとは詩人だなあ」と思う。他のブルースとは作詞術がだいぶん違うのである。
モノローグ、孤独なつぶやきではなく、歌を介して聴き手に語りかける、そういうスタイルなのだ。「エヴリデイ~」もまた、そのラインの上にある。
いってみれば、彼においてブルースは、彼の音楽を形成する「一部」ではあっても、すべてではない。
ジャズやクラシック、あるいはその他の音楽もいろいろとのみ込み、吸収した地盤の上に、彼の豊穣な音楽は花開いている。
すぐれた音楽家は、その人自身がひとつのジャンルだといわれるが(たとえば、サッチモ、マイルス、スティービー・ワンダーetc)、メンフィス・スリムもまた、そういうひとりだと思っている。
文句なしの流麗なピアノ・テクニック、ハイトーンが印象的な、ソフトな歌唱、そして含蓄にとんだメロディアスな楽曲。実に創造的だ。
ミュージシャンもまた「作家」であることを感じさせてくれる、そういう一枚なのであります。
<独断評価>★★★★