以前に、これから書きたいことの三つ目として ”イスラエルとガザについて” がありました。地球の裏側で多くの人(4万人以上)が亡くなって、心がとても痛みます。
ニャンコを見ても、可愛いといういう意識よりその生態はどんなのか、などということを人と比べて考えてしまうので、万物の霊長と言われる人そのものが、お互い殺し合いをするなんて、人と言う生き物は一体なんぞやということが、自分も含めていつも頭から去らない。
彼らの争いは、宗教がらみの紀元前からのことなので、そもそも現代における心情では解決できないというのが結論で、そのとおり止むことはない。反論はあるだろうが、戦争をやめるには、ハマスは、人質を帰し、今後テロはやめると宣言し、その通りにすればイスラエルは止めるだろう。しかし、彼らは止めない。
自国の人が多く亡くなっても構わず、人民を病院や学校を楯にして地下にあじろをつくり、テロ攻撃をし続ける宗教的彼らの心情がわからない。人民の命より、誤った宗教的信条が(彼らはそれを成し遂げつつ命を失っても天国に迎えれると信じているから、テロも正当化されるのだろう)、そして人を殺す他国イスラエルを世界の心情に訴える。
イスラエルはいつも思っている。癌は駆逐しないといけない。我らは何度テロにあったことか。人で言えば周囲の細胞もその治療に影響を受け、壊死することがおこるだろう、それは仕方の無いことだと。よって、彼らの考えを徹底して駆逐する。二度と祖国を失ってはならないと。
イスラエルは攻撃の前に、ここを攻撃するから住人に退避しなさいと予告をしてきたのである。しかし、病院や学校などの地下にあじろを作って反抗するハマスはむしろ世界のメディアに人命毀損を訴える戦略を取り続ける。
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パレスチナ(の地)というのは、紀元前から旧約に出てくるペリシテ(人)が語源の由来である。力は強かったが女性に弱かったサムソンという士師が乗り込んだのがガザという地であった。世界のベストセラーに載り、今、世界の人々が周知される地となった。(士師記16章)
士師記は、イスラエルの国が統一されるまでのそれぞれの地方の裁き司たちの話である。その後、紀元前1000年頃、ダビデ王が出て国を統一し、その子のソロモンの栄華と呼ばれる繁栄した国が成り立っていく。
しかし、それ以前、士師の時代にすでに彼らの神は、このようにの給うておられるのであった。
「主はイスラエルに対して怒りに燃え、こう言われた。『この民はわたしが先祖に命じたわたしの契約を破り、わたしの声に耳を傾かなかったので、・・・残された他の諸国の民を、わたしはもうこれ以上一人も追い払わないことにする。彼らによってイスラエルを試し、先祖が歩み続けたように主の道を歩み続けるかどうか見るためである。』主はこれらの諸国の民をそのまま留まらせ、すぐに追い払うことはなさらなかった。」(士師記2章20~23)
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紀元前の古い話が、まさに今もますますこの出来事は世界の人々に、同時に周知されるようになった。
人をも作りし天地創造の神は今も生きておられ、その存在を知らしめる出来ことの契機であろう。
すべての命ある人々よ、主に立ち返れ! という生ける神の警告であろう。
主に立ち帰る、とはどういうことか? 時代は下り、世界中の人々が同時に周知できる世界になることを既に予見し、具体的に理解できるようにと、神はその独り子を地上に派遣することになった。
地上の短い生涯において、彼は民から拒絶され十字架上でなくなったが、今も生きて聖霊によって語っているとされる。
*********** あなたはこのことを信じますか?