○ 著名な学者や実業界・M&A業界関係者などを委員として、企業価値研究会が発足し、いくつもの報告書が出されました。これらの報告書を参考にして、多くの企業では無批判に、殆ど発動もされない買収防衛策が導入されたりしました。またMBO報告書等は、健全な常識に立てば当たり前の事しか書いていないのですが、裁判官もよりどころがないので、この報告書を読んで裁判の判断を下しているのも見受けられる様です。私はいくつかの報告書を読みましたが、違和感を感じました。一言で言えば、アメリカの価値観が前提になっているし、その偏狭な発想から抜け出ていないということです。具体的には以下ですね。
【根本的誤り】
① 「企業価値」の定義。
② 市場原理主義は善である。
③ 会社は株主のものである。
① 「企業価値」の定義。
H17.5.27に公表された企業価値報告書では、企業価値とは、「会社の財産、収益力、安定性、効率性、成長力等株主の利益に資する会社の属性又はその程度をいう」、換言すると、会社が生み出す将来収益の合計とし、株主に帰属する株主価値とステークホルダーなどに帰属する価値に分配されるとされています。どうして将来収益の合計なのでしょうか?どうして「株主の利益」と言っておきながら、換言すると、付け足しのように「ステークホルダーなど」と、言うのでしょうか?
米国かぶれの単細胞的発想である「将来キャッシュフローの現在価値の総和」であるとの考えです。これは間違いです。どうして将来収益ですか?右肩上がりの経営計画を立てて、獲得できるか不明の将来のフリーキャッシュフローの現在価値が企業価値だという発想です。
私は、「企業の存在根拠は社会への貢献であり、価値とは現在の貢献度・大きさである」と考えています。敢えて数量化すれば、その会社の生み出す「付加価値額」です。付加価値額ですから、営業利益や人件費等を含みます。従業員を減らし人件費を削減して利益を生み出し、株主への配当を増やす企業が、どうして企業価値のある企業と言えるのでしょうか。企業価値研究会のコアであり出発点である企業価値とは何かという、一番肝心のポイントが間違っているのです。
② 市場原理主義は善である。
ドイツのシュミット元首相は、もう12-13年も前に、市場原理の抑制が社会の安定に必要であると言われていたようです。(福島清彦著 ヨーロッパ型資本主義 講談社現代新書)。「間違った米国流の新しいイデオロギーがある。その一つが「株主の価値」である」「株主のための価値極大化が推進されると、会社の顧客、同僚、会社の従業員に対する責任がとれないという危険があることを確認しておかなければならない」「いずれにしても、二つの基本的な認識を見失ってはならない。第一に、社会で進行する超高齢化時代にあっては、超福祉国家を作ることはできないこと、第二に、「勤労する貧困者」という新しい下層階級を出現させてはならないことである」「従って、ヨーロッパ大陸の産業民主主義国家では、アメリカ的な見本は問題外である」等ですね。
米国流の市場原理主義は、リーマンショック後、悪であるような批判が起こりました。私は悪とは思いません。市場原理の抑制が重要であり、その功罪をきちんと見極める事です。それが報告書には反映されていません。言ってみれば、市場原理とはビールです。ビールをかき混ぜ泡が異常に膨らんで消えたのがリーマンショックです。ビールは液体が詰まっていないとおいしくありません。また液体だけでは、経済が活性化しません。適度の泡が必要です。即ち市場原理の抑制が必要なのです。企業価値の視点から言うと、株主中心で、企業価値を考えてはいけないという事です。
③ 会社は株主のものである。
株式の保有者は株主ですが、株主が会社を保有する等という規定は会社法にはありません。どうして会社が株主のものなのですか?株主は企業価値を生み出しますか?企業価値を生み出すのは、その会社の役職員の汗と努力と情熱です。株主ではありません。勿論、株主と提携、その資源と相互補完・相乗効果のある事業を行い、企業価値を増大させることがあることは承知しています。しかし、企業価値を生み出すのは株主ではありません。従い、企業価値の増大・成果を享受するのは、株主だけでは無く、企業の全てのステークホルダーなのです。会社が株主のものである等という発想は、米国の投資銀行や数字の儲けを追求する機関投資家等の利己的な発想です。企業価値研究会の委員は、こういう発想をもった人たちを集めて、報告書を作成したのです。日本の企業社会に関係する多くの人の一般的で健全な認識とは違うのです。
米国でも、立派な企業は、健全な常識を持っています。例えば、ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)です。J&Jのコアバリューは「我が信条(Our Credo)」です。企業理念・倫理規定として、J&Jが果たすべき4つの責任とその対象を明確にしています。
第1の責任は、製品・サービスを使用してくれる顧客に対する責任。第2の責任は、社員に対するものであり、社員は個人として尊重され、その尊厳と価値が認められ、社員は安心して仕事に従事できなければならない。待遇は公正かつ適切で、働く環境は清潔で、整理整頓され安全でなければならない。第3の責任は、我々が生活し働いている社会に対するものである。良き市民として、有益な社会事業・福祉に貢献し、適切な租税を負担する。我々は社会の発展、健康の増進、教育の改善に寄与する活動に参画しなければならない。我々の第4の、そして最後の責任は、会社の株主に対するものである。事業は健全な利益を生まなければならない。我々は新しい考えを試みなければならない。研究・開発は継続され、革新的な企画は開発され、失敗は償わなければならない。新しい設備を購入し、新しい施設を整備し、新しい製品を市場に導入しなければならない。逆境の時に備えて蓄積をおこなわなければならない。これらすべての原則が実行されてはじめて、株主は正当な報酬を享受することができるものと確信する。
経産省・役所の研究会報告等は、一定の方向に誘導しようとするものです。そのまま鵜呑みにするのではなく、自分の頭で考えるのです。考えることが重要なのです。