○ 先のブログで、最近の企業の株式報酬型ストック・オプションの付与・発行パターンを述べました。今回は、①新株予約権を無償で付与し、かつ②払込価額即ち新株予約権の行使価額が1円の場合、常識的に考えれば有利発行で株主総会特別決議が必要ですが、これを公正発行として取締役会決議だけで行っている会社がありますので、どういった理屈で行っているのかとその不当性について考えて見たいと思います。
○ ストック・オプションの発行が有利発行となるか否かは、払込価額が有償・無償とは必ずしも連動しないとされています。払込価額が有償であっても、公正価値を下回る場合には有利発行になりうるし、無償であっても、価値に見合うだけの便益、将来支払うべき金銭報酬の減少その他の費用節減等の代替効果等があれば、有利発行とならない場合があるとされています。
○ 従い、行使価額1円のとき、企業としては、付与される役職員は企業の業績に貢献しているわけですから、公正発行と言えるかもしれない、その場合は取締役会決議で行えるけど、やはり1円なので原則どおり有利発行として総会特別決議で行うべきか悩むわけですね。というわけで弁護士に依頼して弁護士意見書を書いてもらうわけです。企業としても、報酬体系をきちんと説明して、もしこのオプション付与に替わり、従来のパーフォナンスボーナスの会社業績部分を減額して、オプションを与えるなら対価関係も株主に説明出来ますが、そういった事はしません。従来の報酬に加えて、このオプションを与えるわけです。弁護士に、企業の報酬体系をきっちり分析して、対価性をきちんと説明できる人などいないでしょうね。
○ 行使価額1円でも公正発行だとしている企業の弁護士意見書の回答は、「業務執行の対価」であり公正発行、従い取締役会で決議して問題ないというものもあるようです。もちろん、法律用語や解説は、もったいぶってぐじゃぐじゃ書いて、いかにもきちんと検討しきっちり理論付けをしている化粧をしていると思いますが。私には、こんな理屈は、何の説得性もありません。不思議で珍奇な意見書であると思います。
○ 法361条を踏まえれば、業務執行の対価の定義は以下です。
A業務執行の対価=財産上の利益=B1報酬+B2賞与+B3その他(企業年金、ストック・オプション等)
即ち、Aの構成要素の一つがストック・オプションですね。A=B1+B2+B3です。ストック・オプションが有利か、公正かは別次元の話です。弁護士の理屈は、B3=Aなので、公正発行ですというものですね。たとえ話をすれば以下です。
・ 企業から弁護士への質問:東京は良い所ですか、悪い所ですか?
・ 弁護士意見書の回答:日本なので良い所です。
・ 企業の対応:良い所(=公正発行)なので、総会特別決議は不要で取締役会決議で発行します。
良い所かどうかとその理由を聞いているのに、回答が「日本なので」で、どうして回答になっているのでしょう?全く納得性も合理性も無い回答です。特に有利な条件・金額か否かの判断基準、判断、理由の記載がないですね。株主利益に重要な影響を及ぼす事案を、こんな理屈を根拠にして取締役会で決定している企業があります。大企業なら、お風呂にコップ一杯ぐらいの希薄化ですが、小さな上場企業では、バケツにジョッキの水を入れる希薄化ぐらいのときもあります。きちんと特別決議で承認を取得すべきです。
○ では、有利発行か、公正発行かは、どのように判断すれば良いのでしょうか?やはり、健全な常識が判断基準になると考えます。企業側が、今回は、パーフォナンスボーナスの業績部分を減額して、その替わりストック・オプションを付与するといった理由等を開示・説明しない限り、有利発行の特別決議とするのが妥当だと思います。そうですよね、株価1000円のものを1円でもらえるなど、得だなんて小学生でも分かります。企業の総務課の人や弁護士も、法令解釈の基本は、右手は法令、左手は良識・常識ですよね。常識的な感覚の無い人もいるんですね?
○ 行使価額が1株1円。うらやましいですね。お手盛りですね。私にも頂戴!! でも、その場合税金問題はどうなるのでしょうか。
権利行使価額が1円である新株予約権(ストック・オプション)を付与された場合の税務上の取扱いについて、日興コ-ディアルグル-プ(日興は特別決議を取っています)からの事前照会に対してH15.4.11東京国税局が回答していますね。「本件新株予約権の付与時および権利行使可能となる時においては付与対象者に所得税の課税関係が生ぜず、権利行使時に課税関係が生ずるものとして取り扱って差し支えない」という回答ですね。