写真は橿原市太田市町の天満宮の勧請縄である。無患子(むくろじ)と椋の木に掛け渡らされている。長さは10m以上であろう。
そもそも、勧請縄とは何ぞや・・・WikiPediaによれば勧請縄(かんじょうなわ)は、村境(地域・地区の域内・外のさかい)に、呪物を付した注連縄を張る習慣。道切りとも呼ばれる・・・と記されている。つまり村境を示す結界に他ならない。
成程、太田市町の集落の北端に天満宮は位置していた。右の藁苞は♂のシンボル、左の枝葉の塊は♀のシンボルである。大和の国には、この種の雌雄双方を表した勧請縄が多々存在するという。
雌雄が並ぶ勧請縄は、北陸・福井県南越町今庄にも存在すると云うが多くは大和、山城、近江でみることができるらしい。
雌雄の勧請縄、双体道祖神は北タイ山岳民族、なかでもアカ族の結界を示す村の門の根元にある男女交合像と、根源は同じであると考えられる。
<了>