過日、橿原考古学研究所付属博物館を訪れた際、是非見てみたいものの2つ目は、弧文円板であった。写真の弧文円板の断片は3世紀の纏向石塚古墳出土品の複製品である。
これを円板状に復元したのが次の写真で、数条の帯状の線が弧を描き直線と交わり途切れたりしている。これを直弧文と呼ぶ。
3世紀と云えば弥生時代末期、古墳時代初期前葉となる。古くは弥生時代後期から見られると思うが、適当な遺物が思い浮かばない。或いは弥生時代後期には存在しないかも?・・・但し、その祖型と思われる弧帯文は倉敷・楯突墳丘墓に弧帯石なる遺物に表現されている。
話しが飛んだが、この直弧文は何なのか・・・と云うことだが、これは辟邪文と考えられる。古墳時代に至ると、到るところに顔をだす。北部九州の古墳の石棺の文様、靫形(ゆぎがた)埴輪の文様や青銅鏡の文様など多々存在する。
(素文縁直弧文鏡 東京国立博物館 出典・Wikipedia)
纏向石塚古墳出土の弧文円板の文様とどことなく異なるが、弧と直線で文様が描かれ規則性を持つ。
この辟邪(魔除け)を意味する文様が日本独特のものか、それとも朝鮮半島や中国に由来するものか、中国・雲南から東南アジア北部の少数民族は縁がないものか・・・等々については調べ切れていない。
辟邪を意味する文様とのことだが、弧と直線の組み合わせが何故、辟邪に繋がるのか?まだまだ未解明の点がありそうだ。
<了>