ダムの訪問記

全国のダムと溜池の訪問記です。
主としてダムや溜池の由来や建設の経緯、目的について記述しています。

名頃ダム

2022-04-05 20:00:00 | 徳島県
2022年3月28日 名頃ダム
 
名頃ダムは徳島県三好市東祖谷菅生の吉野川水系祖谷川上流部にある四国電力(株)が管理する発電目的の重力式コンクリートダムです。
包蔵電力豊富な吉野川水系では戦前から活発な電源開発が進められてきましたが、1951年(昭和26年)の電気事業再編令で誕生した四国電力は高度経済成長による電力需要拡大に対処するため各所で電源開発や既設発電施設の再開発を進めます。
祖谷川では1954年(昭和29年)に高野発電所、1959年(昭和34年)に三繩発電所再開発が竣工、次いで1961年(昭和34年)に祖谷川最上流部に建設されたのが名頃ダムです。
ここで取水された水は約450メートルの導水路で名頃発電所に送られ最大1300キロワットのダム水路式発電を行ったのち、その放流水は約19キロの導水路で遠く松尾川ダムまで送られ、松尾川第1発電所(最大出力2万800キロワット)及び松尾川第2発電所(最大出力2万1400キロワット)の発電に供されます。
名頃ダムの完成により祖谷川流量の季節変動が平準化され、松尾川第1および第2発電所の発電効率が大きく向上しました。 

祖谷川沿いの国道439号を剣山方面に東進、三嶺登山口を過ぎると名頃ダムに到着します。
まずは下流から
クレストにラジアルゲート1門、雪が多いのか?ピアは被覆されています。

左岸(向かって右手)に放流設備があり、河川維持放流が行われています。


ゲートをズームアップ。


天端高欄には戦前、戦中のダムでよくみられる三日月形の『抜き』。
堤体のくたびれ具合も併せて、ぱっと見戦前のダムか?と思しき様相。


ダム右岸を国道が通りますが、ガードが厳しく撮影はこのアングルのみ。
総貯水容量136万7000立米に対し有効貯水容量115万立米と、発電ダムとしては堆砂がほとんどありません。


天端高欄の三日月形の抜きは下流側のみですが、このアングルで見た天端高欄の意匠は、戦中に建設された広島の高暮ダムを想起します。


水利使用標識。


ダム入り口の銘板
四国電力では『○○堰堤』という表記が多いのですが、ここは『ダム』。
 
追記
名頃ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行う予備放流容量が配分されました。

2127 名頃ダム(1784)
徳島県三好市東祖谷菅生 
吉野川水系祖谷川
37メートル
119.4メートル
1367千㎥/1150千㎥
四国電力(株)
1961年
◎治水協定が締結されたダム

明谷ダム

2022-04-05 08:00:00 | 徳島県
2022年3月28日 明谷ダム
 
明谷(みょうだに)ダムは徳島県美馬郡つるぎ町一宇の吉野川水系貞光川左支流明谷川にある四国電力(株)が管理する発電目的の重力式コンクリートダムです。
包蔵電力豊富な吉野川水系では戦前より複数の事業者により電源開発が進められ、これらの発電施設は日本発送電を経て四国電力に引き継がれました。
明谷ダムもそんな発電施設の一つで1931年(昭和6年)に貞光電力(株)により四国初のコンクリートダムとして建設されました。
明谷ダムは発電用調整池で貞光川で取水された水がいったん貯留され、明谷川の水と併せて約3.5キロの導水路で切越発電所(最大出力4500キロワット)に送られダム水路式発電を行います。
四国最古の貴重なコンクリートダムでしたが、老朽化が著しく2017年(平成29年)の改修で全面越流式ダムに生まれ変わり、この際当初19.6メートルあった堤高が14.7メートルになったためダム便覧からも削除されました。
しかし改修後も四国堰堤ダム88箇所巡りに採用されていること、名頃ダムへの途上にあることから立ち寄ることにしました。

貞光から国道438号線をひたすら南下、一宇地区に入り明谷川沿いの県道菅生伊良原線を2キロほど進むと明谷ダムに到着します。
樹間から真新しい白い堤体が姿を見せます。


堤体は全面越流式で左岸に放流ゲートがあります。


左岸から越流!かと思ったら、導流面に河川維持放流用の切れ込みがありそこから放流されています。


堤体に貼り付けられた真新しい銘板。


対岸の取水口。
手前側に貞光川からの吐口があるはずですが見ることはできません。


奥のコンクリートは水位観測施設。


天端から。


水利使用標識。

 
明谷ダム
左岸 徳島県美馬郡つるぎ町一宇 
吉野川水系貞光川左支流明谷川
14.7メートル
34.8メートル
52千㎥/---千㎥
四国電力(株)
1931年 竣工
2017年 再開発竣工