国際結婚はたいへんだった(第2章)

ボリビア人女性との国際結婚に至るまでの道のりを記録するために立ち上げたブログです。最近は妻との日常生活を綴っています。

はじめに

私(Yasuhiro)とボリビア人のLinda(通称)は2015年9月29日にニューヨークで結婚しましたが、翌2016年の1月3日にも妻の実家があるコチャバンバで式を挙げました。3ヶ月以上もの日を措いて2度結婚することになった訳ですが、その「たいへんだった」経緯については「結婚@NYまで」のカテゴリーにまとめています。

何に受かった?

2020-09-15 | 日記
午後郵便を取りに行ったらこんなのが。

「試験」と名の付くものは監督なら毎年複数回やってますが、自分が受けたとなると最後がいつだったのか思い出せないほど。何かの間違いではないかと最初は思いました。もしかすると前期に行った遠隔授業が私の知らない間に誰か(大学の偉いさん?)から査定され、それが「合格」と評価されたのかも、ならばクビにもなることもなく、減給や戒告のような処分も喰わずに済むのかな、とも考えたのですが・・・・・

中を見て「なーんだ」と拍子抜けしました。私が成績入力担当者になっている科目で「保留」にした一部学生の採点原簿(後日成績を教務課に伝えるための書類)が入っていただけ。省資源のため封筒の再利用をするのはもちろん良いことですが、こういう紛らわしいのを使うのはやめてほしいとつくづく思ったのでした。
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いかにもチープ

2020-09-15 | 日記

今度はJCBを騙る詐欺メールが届きました。そもそも何なんだこの番号? 蛇足ですがクレジットカードの番号は16桁です。例によって敬語が使えてないのでバレバレですが、なら無理せず「変更方法」とでもしておけばいいものを・・・・・・また一番下のURLはリンクが機能していません。(ついでながら ".asia" で終わるドメイン名も怪しすぎ。)かなり杜撰というか腕のない作り手のようです。

今回も探検することにしました。(何のお宝も期待できませんが。)「ログイン」をクリックしてみたら・・・・・

思わず「いきなりそれ訊いてくるの?」と言いたくなりました。同意の上次に進みます。

ここも適当に打ち込んで「入力内容確認」をクリックしたら真っさらな入力画面に戻り、その先へは進めませんでした。おそらくこの時点でフィッシング完了なのでしょう。なお、最初の「MyJCBにようこそ」の画面からして安っぽい印象を受けました。

ところが後で検索して訪れた本物のページも似たり寄ったりだったので、失礼ながら笑ってしまいました。ちなみに私はJCBのカードを所有しているものの、クレジットカード機能付きの楽天銀行カードなので、利用明細などを確認するのも楽天e-NAVIです。ここを訪れることはありません。

同日追記

今朝の投稿の終わりに楽天のことを書いたら今度はそちらの詐欺メールが来ました。ここでも「で・ある体」の混入や体言止めといった必殺技を駆使して騙そうとしてきます。





ワンパターン攻撃なので大してコメントすることもありませんが、最後の画面で唐突に出てくるジャパンネット銀行云々は理解不能。支離滅裂としか言いようがないです。よっぽど頭の悪い奴が作っとるのか?
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潮時

2020-09-15 | 日記

昨晩の食卓です。鮒鮨を肴に晩酌しました。(このパックの残りで消費期限は3ヶ月半前に切れていますが、冷凍してあったため全く問題なしです。)稲刈り終了の日を待って切ったのですが、昨日は特別でした。

実は今年で約1.1haの稲作を止めることになりました。田植えと稲刈りだけは私が手伝えるものの(というより、大型機械を扱う作業ゆえ絶対に一人ではさせたくありませんでしたが)、耕起や代かき、水管理などは父がするしかありません。それが年々しんどくなってきたのが理由の一つ。加えて今年の田植えは機械のトラブルもあってボロボロでした。最初から最後まで施肥がうまくいかず、一部の水田では雑草も繁茂してお寒い状態。既にその頃から「今年で終わりにするか」と弱気発言が出ていました。

それに輪をかけて悲惨だったのが先週後半から始めた稲刈り。例年なら3日で終わるところですが、天候不順のせいで何度も中断を余儀なくされました。(昼食後に帰宅して取りかかったものの、1時間ちょっとでどしゃ降りになって少ししか刈れなかった日も。)そして、せっかくの好天日だった土曜日も老朽化の激しいコンバインに故障が発生して頓挫。さらに昨日は交換部品が届くまでの間、近所の農家さんにお願いしてヘルプに入ってもらったのですが、そのコンバインがぬかるみにはまり込んで脱出不能に。それでも何とか日没前に終了できましたが二人とも疲労困憊し、這々の体で帰宅しました。私だけでなく父にとっても「人生最悪の稲刈り」だったかもしれません。が、これで踏ん切りが付いたことでしょう。もし順調だったら昨年までのように「もう少し」「あと1年」と延び延びになっていたかもしれません。今年はまさに「止め時」「潮時」でした。父の危険察知能力低下が著しく、いつ重大事故が起こっても不思議はないと思っていましたが、その前に撤退できて本当に良かったとホッとしています。

父は名残惜しそうに最後の1筆を刈っていました。ただし、この家近くの小さい水田(約4アール)だけは飯米用に栽培を続けます。(一家3人の1年分には十分ではないため不足分を購入する必要がありますが、これまで我が家では一度も買ったことがありません。)実はそれが渋る父を説得するために私が持ちだした妥協案でした。これくらいの面積なら何とでもなります。いざとなったら私が手植えと手刈りをすれば(あと脱穀の手段を確保すれば)いいだけのことです。
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