8,240位 / 1,480,964
昨日の歩数:6043歩
起床時間 :7時00分
血圧 :106 72
脈拍 :57
体温 :35.6℃
体重 :67.0㎏
7時半からテレビを見る。
体温と血圧を計る
8時下に降りて行く
8枚切りで朝食、昨日は6枚切りが無くなって2枚借りたと妻が言っていたが、
6枚切りも8枚切りもちゃんと、買ってあった。
朝食を済ませ部屋に戻る。
8時35分自転車で妻が出かけて行くのを窓から見送る。
9時10分「起きてる」と長男に声をかける。下に降りて行く。
長男が入っているので公園へ行く。
40分長男が出かけて行くのを外で見送る。
パソコン、弟に電話をしてみる。明日から築館へ行くと言っていた。
パソコンは無線をあきらめラインでつなぐ事になったと言う。
電話を切ってからルターの電源をいちいち切っていることを思い出し、
それが無線のつながり悪いことに関係あるのか調べておこう。
くるくるウォーキングの募集が保留になっている、前と同じ絵を使ったのに電話をしてみる。
肖像権で手塚先生関係からの許可を取ってほしいとのこと。
先日のお礼も言いたいので手塚プロの松谷社長さんへ電話を入れる。
しかし不在で折り返し電話をくれるとの事で、自宅の電話番号を言ってしまった。
丹野さんどのくらい本を持ってくるのか判らないので、一人で持ってくるのだから、
リックを背負っていけば大丈夫だろうと、「誰知ら」と「ネオユートピア」を持って出かける支度をする。
冷蔵庫の菓子パンを食べ、お握りをリックの外ポケットに入れる。
出かけようとしていると次男が声をかけた。「
手塚プロから電話があるので、折り返し電話させますと言って、お父さんの携帯に電話をくれる」と、頼んで、12時家を出る。
12時25分ひばりが丘駅、
12時37分野準急池袋行に乗る。
13時には池袋駅に着く。
確かパルコの東口と言っていたが、西武線駅近くと言う事でマルイと言われたような気もしてきた。
マルイならびっくりガードの傍だった、行って見たがやはりもう無くなっていた。
ついでだからと虫プロ商事のあった場所に行ってみる。
記憶はいい加減なもので、角がそうだったと思い込んでいたが。ガードから出て左折するのではなく、一つ先の道を左折する感じで曲がり、すぐ左折する道は一方通行の出口なのでその先を入りぐるっと回って、
一方通行を入ってきた、その出口左側のビルである。
つまり先ほどの一方通行出口のところ。
このビルの2階と3階にあった。商事の版権などとコムなどの出版が入っていたのだ。
ここで手?先生もお仕事尾をなさっているのだが、このビルの7階の部屋も借りていて、手塚先生の秘密の仕事部屋だった事を知っている人は少ないだろう。
パルコの先まで行く。虫プロのころは、この先もっと行ったところに、浦和行のバス停があったのだ。歌声喫茶もあったっけ。
地下鉄乗り場近くにバスの案内板があったが、昔は大宮に行くバスまであったのに、今は都内の近場だけ、道路事情を考えると仕方がないのか。
トロリーバスが、近場までは走っていたしその前は都電もあったよね。
などと西武百貨店とパルコの間を何往復かしているうち、待ち合わせ時間5分前の13時25分となった。昨日電話をもらった番号へ電話をする。
出たのが女性? 「丹野さんですか」と聞くと「そうです」と言う。訳を話すと、転送電話だとの事。奥さんと話をするのは初めて途中で
「あ、初めまして、挨拶が遅れてしまいました」と失礼をしてしまう。
電話を切って困ってしまう。こうなると彼から連絡が来るのを待つしかない。
西武借家店とパルコの境あたりを行ったり来たり。パルコの先を折り返して、西武百貨店でまた折り返そうとした13時30分丁度丹野さんから電話が入る。
ディスプレイにちゃんと名前が出ている。と言う事は別に携帯番号も登録されていたのだ。
会う事が出来た。ロータリーを渡り喫茶店に入ってお話をする。
痩せたのでちょっと判らないと言っていた、前にあったときは講演会を東久留米で開いた時に来てくれて体から5年ぐらいたつのか。
彼は変わらないので自分の変わっていないつもりになっていた。
頂いた本はどれも貴重な本で週刊少年マガジン増刊の「白土三平傑作短編集」1と2
月刊漫画ガロの7月増刊No63「永島慎二特集」これはさらにうれしかった。
おまけだと「映画天空のラピタ、GUIDENOOK アニメージュ特別監修」と言う本
中に宮崎先生と手塚眞さんの対談も入っている本、であった。
久しぶりなので16時を過ぎてしまった。外は曇っているので薄暗くなっていた。
ここまで来たのだから、岡部先生にも、会ってくるつもりであったが、遅く行っては迷惑だろうと帰ることにした。
16時20分ぐらいにホームへ着いた。各駅と、準急などがあるが、急行に乗れば一番早くひばりが丘駅に着けることは分かっている。
16時38分発の飯能行の急行に乗る、だから座ることができた。
ひばりが丘駅で先ほど先に出発した準急に乗り換えて東久留米駅へ17時5分降りる。
家には17時20分に歩いて帰った。結構歩いたつもりであったが1万歩ちょっとであった。
次男が出かけていた。妻に、「手塚プロから電話があった」と尋ねる。「なかったよ、でも買い物に出かけていた」と答える。
その間に連絡をくれたかもしれないと、すぐに手塚プロへ電話をすると、
やはり連絡をくれたとの事、今日はすでに出かけてしまったので明日また電話を頂けるとの事で申し訳なく思った。
19時次男か帰宅したようだ。
19時30分NHKクローズアップ現代
多発!車のぺタル踏み間違い と言うのをやっていた。私が20年前から唱えていたAT車のブレーキとアクセルぺタルの危険性を、いまさらながら取り上げている。
すぐに次男にテレビを見るように言う。
昨年ぐらいか所沢のPCデポに行ったときバックで駐車しようとして暴走して下の畑に飛び込んだベンツがあった。
その奥さんに尋ねてみたが、ブレーキが利かなくてなお踏んだら車が暴走したのだと言う。
事故処理の警察官に、バックの時、体をひねるのでブレーキぺタルを踏んだ時、足の位置がずれ、靴野底でアクセルぺタルを一緒に踏み込んでしまうそうするとブレーキが負けて車は暴走する、泊まろうとしてブレーキぺタルを踏み込めば踏み込むほど、車はスピードを増し暴走すると危険性を長々と説明した。
その場所に次男も居たからだ。
やっと取り上げてくれたんだね。
20時夕食
20時50分六仙公園にウォーキングをしに行く。
向こうの公園に行くコースを3周する、そのあとアスレチックの器具を使い約30分ぐらい。
22時家に戻る、すぐに風呂に入る、シャワーなどの音で気が付かなかったが、22時30分風呂から出ると長男が帰宅していた。
22時プログを書くためのメモを日記帳に書いている。
23時45分その文章をワードで書き始める。昨日の分。
写真を入れたいのでホームページビルダーを使う。
文章の間が空きすぎるので編集をする。
2時15分を過ぎている。やめてパソコンの電源を切って横になった。
昨日の歩数:6043歩
起床時間 :7時00分
血圧 :106 72
脈拍 :57
体温 :35.6℃
体重 :67.0㎏
7時半からテレビを見る。
体温と血圧を計る
8時下に降りて行く
8枚切りで朝食、昨日は6枚切りが無くなって2枚借りたと妻が言っていたが、
6枚切りも8枚切りもちゃんと、買ってあった。
朝食を済ませ部屋に戻る。
8時35分自転車で妻が出かけて行くのを窓から見送る。
9時10分「起きてる」と長男に声をかける。下に降りて行く。
長男が入っているので公園へ行く。
40分長男が出かけて行くのを外で見送る。
パソコン、弟に電話をしてみる。明日から築館へ行くと言っていた。
パソコンは無線をあきらめラインでつなぐ事になったと言う。
電話を切ってからルターの電源をいちいち切っていることを思い出し、
それが無線のつながり悪いことに関係あるのか調べておこう。
くるくるウォーキングの募集が保留になっている、前と同じ絵を使ったのに電話をしてみる。
肖像権で手塚先生関係からの許可を取ってほしいとのこと。
先日のお礼も言いたいので手塚プロの松谷社長さんへ電話を入れる。
しかし不在で折り返し電話をくれるとの事で、自宅の電話番号を言ってしまった。
丹野さんどのくらい本を持ってくるのか判らないので、一人で持ってくるのだから、
リックを背負っていけば大丈夫だろうと、「誰知ら」と「ネオユートピア」を持って出かける支度をする。
冷蔵庫の菓子パンを食べ、お握りをリックの外ポケットに入れる。
出かけようとしていると次男が声をかけた。「
手塚プロから電話があるので、折り返し電話させますと言って、お父さんの携帯に電話をくれる」と、頼んで、12時家を出る。
12時25分ひばりが丘駅、
12時37分野準急池袋行に乗る。
13時には池袋駅に着く。
確かパルコの東口と言っていたが、西武線駅近くと言う事でマルイと言われたような気もしてきた。
マルイならびっくりガードの傍だった、行って見たがやはりもう無くなっていた。
ついでだからと虫プロ商事のあった場所に行ってみる。
記憶はいい加減なもので、角がそうだったと思い込んでいたが。ガードから出て左折するのではなく、一つ先の道を左折する感じで曲がり、すぐ左折する道は一方通行の出口なのでその先を入りぐるっと回って、
一方通行を入ってきた、その出口左側のビルである。
つまり先ほどの一方通行出口のところ。
このビルの2階と3階にあった。商事の版権などとコムなどの出版が入っていたのだ。
ここで手?先生もお仕事尾をなさっているのだが、このビルの7階の部屋も借りていて、手塚先生の秘密の仕事部屋だった事を知っている人は少ないだろう。
パルコの先まで行く。虫プロのころは、この先もっと行ったところに、浦和行のバス停があったのだ。歌声喫茶もあったっけ。
地下鉄乗り場近くにバスの案内板があったが、昔は大宮に行くバスまであったのに、今は都内の近場だけ、道路事情を考えると仕方がないのか。
トロリーバスが、近場までは走っていたしその前は都電もあったよね。
などと西武百貨店とパルコの間を何往復かしているうち、待ち合わせ時間5分前の13時25分となった。昨日電話をもらった番号へ電話をする。
出たのが女性? 「丹野さんですか」と聞くと「そうです」と言う。訳を話すと、転送電話だとの事。奥さんと話をするのは初めて途中で
「あ、初めまして、挨拶が遅れてしまいました」と失礼をしてしまう。
電話を切って困ってしまう。こうなると彼から連絡が来るのを待つしかない。
西武借家店とパルコの境あたりを行ったり来たり。パルコの先を折り返して、西武百貨店でまた折り返そうとした13時30分丁度丹野さんから電話が入る。
ディスプレイにちゃんと名前が出ている。と言う事は別に携帯番号も登録されていたのだ。
会う事が出来た。ロータリーを渡り喫茶店に入ってお話をする。
痩せたのでちょっと判らないと言っていた、前にあったときは講演会を東久留米で開いた時に来てくれて体から5年ぐらいたつのか。
彼は変わらないので自分の変わっていないつもりになっていた。
頂いた本はどれも貴重な本で週刊少年マガジン増刊の「白土三平傑作短編集」1と2
月刊漫画ガロの7月増刊No63「永島慎二特集」これはさらにうれしかった。
おまけだと「映画天空のラピタ、GUIDENOOK アニメージュ特別監修」と言う本
中に宮崎先生と手塚眞さんの対談も入っている本、であった。
久しぶりなので16時を過ぎてしまった。外は曇っているので薄暗くなっていた。
ここまで来たのだから、岡部先生にも、会ってくるつもりであったが、遅く行っては迷惑だろうと帰ることにした。
16時20分ぐらいにホームへ着いた。各駅と、準急などがあるが、急行に乗れば一番早くひばりが丘駅に着けることは分かっている。
16時38分発の飯能行の急行に乗る、だから座ることができた。
ひばりが丘駅で先ほど先に出発した準急に乗り換えて東久留米駅へ17時5分降りる。
家には17時20分に歩いて帰った。結構歩いたつもりであったが1万歩ちょっとであった。
次男が出かけていた。妻に、「手塚プロから電話があった」と尋ねる。「なかったよ、でも買い物に出かけていた」と答える。
その間に連絡をくれたかもしれないと、すぐに手塚プロへ電話をすると、
やはり連絡をくれたとの事、今日はすでに出かけてしまったので明日また電話を頂けるとの事で申し訳なく思った。
19時次男か帰宅したようだ。
19時30分NHKクローズアップ現代
多発!車のぺタル踏み間違い と言うのをやっていた。私が20年前から唱えていたAT車のブレーキとアクセルぺタルの危険性を、いまさらながら取り上げている。
すぐに次男にテレビを見るように言う。
昨年ぐらいか所沢のPCデポに行ったときバックで駐車しようとして暴走して下の畑に飛び込んだベンツがあった。
その奥さんに尋ねてみたが、ブレーキが利かなくてなお踏んだら車が暴走したのだと言う。
事故処理の警察官に、バックの時、体をひねるのでブレーキぺタルを踏んだ時、足の位置がずれ、靴野底でアクセルぺタルを一緒に踏み込んでしまうそうするとブレーキが負けて車は暴走する、泊まろうとしてブレーキぺタルを踏み込めば踏み込むほど、車はスピードを増し暴走すると危険性を長々と説明した。
その場所に次男も居たからだ。
やっと取り上げてくれたんだね。
20時夕食
20時50分六仙公園にウォーキングをしに行く。
向こうの公園に行くコースを3周する、そのあとアスレチックの器具を使い約30分ぐらい。
22時家に戻る、すぐに風呂に入る、シャワーなどの音で気が付かなかったが、22時30分風呂から出ると長男が帰宅していた。
22時プログを書くためのメモを日記帳に書いている。
23時45分その文章をワードで書き始める。昨日の分。
写真を入れたいのでホームページビルダーを使う。
文章の間が空きすぎるので編集をする。
2時15分を過ぎている。やめてパソコンの電源を切って横になった。
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