☆いやはや、FM NACK5『GOGOMONZ』(エンターテイメント・バラエティ番組)・・・。
ここのところ、なかなか力を入れて投稿を繰り返していたつもりだったが、全然 番組で採用されず、ちょいと悔しかったのだが、
昨日の放送を録音をし、今日の朝、通勤しながら聴いていたら、ふいに読まれましたよ!^^;
最近では、「こりゃ名作だな」と思い投稿したものも読まれず、落胆していたのだが、
昨日の投稿は、「これは、山椒のように、小粒だけどピリリとからい傑作が書けた!」との自信と、そして不安が入り乱れつつの気持ちだったのだが、・・・ふぅ、読まれましたよ。
今までで一番 嬉しかったかも^^v
よくよく考えると、10万人が聴いているラジオ番組の2分間くらいを、私の書いた投稿が独占するのである。
喋りのプロ・三遊亭鬼丸師匠が読みあげ、可愛い横田かおり嬢が「ヒャッホーイ!」と盛り上げてくれるのである。
『こんなに嬉しいことは無い』・・・by アムロ・レイ
しかし、今後も、このレベルの投稿(名作ではなく傑作)を送らなくちゃならないのは、つらしッ!!!^^(←でも、嬉しそう)
では、以下、今回 採用された投稿です!^^v
◇
≪鬼丸師匠、かおりん、グッドアフタヌ~ン!
私の、「言わないだけです、知っています。 あなたが犯した反則」です。
ちいちゃい話です。
私の働いている職場では、朝礼を終えると、30人ほどのメンバーが各部署に散っていくのですが、最初は、全員で一列になって一つの扉から出て行きます。
その扉は、開くと、バネの力で自然に閉まるタイプのドアで、一人目がいったん開けると、だいたい、二人目はドアに触れずに通れまして、三人目の途中で閉まっていくようなタイミングのものでした。
で、大人のたしなみとして、一列になったメンバーは、全員、さりげなくドアに触れつつ、軽く押して、ドアを常に開けた状態にし、自分の後ろの人に負担が掛からないようにして出て行くのでした。
しかし、A君は違いまして、
前の人が完全にドアを開いて出て行くと、必ず、その後に、ドアには手を触れずにすり抜けていくのです。
すると、その後の人…、つまり三人目は、ほぼ閉まりつつあるドアに無理して手を伸ばして、開かなくてはならなくなります。
ちいちゃい話ですが、朝からの、この理不尽な仕打ちは、その日の仕事を左右します^^
私たちは、A君がすり抜けて行くたびに、「おいおい、それは反則だぞ!」と心の中で思うのです。
以上! ・・・≫
◇
どうです。
なんか、鬼丸師匠も、とてもノッて読んでくれまして、
かおりんも、「A君は大物か!?」と「欧米かッ!?」みたいに言ってくれ、
「私も(大宮の)ルミネからアルシェに行くときの扉でよく同じ目に遭う^^;」とも語ってくれた。
私、嬉しい^^
嬉し、恥ずかし、原宿キッス! ・・・ゾッコン! てな感じです。
来週も頑張るぞ! オーイッ!^^
PS.録音したラジオは、みんなに聞かせて自慢しました!!^^
(2012/10/19)
☆さて、「講演会」篇を、今回で終わらせておく。
◇
≪今、子供たちに伝える道徳とは
~『13歳からの道徳教科書』編集委員が語る~ ≫
<貝塚茂樹先生の語り>
・何故、道徳が教科として必要かと、教育システム上の観点で語れば、大学での教科教育が当然のものとして行なえるからだ。
・先ほど、道徳の専門家は数人しかいないと言ったが、それは、大学で、教育科目として道徳を学べないので、誰も知り得ないからだ。
・何かしらの意図をもって、国家が指揮する教育に反対ばかりしているのならば、日教組は、是非、独自の学校を作ってみて欲しいものだ。
・教科教育にならないと、学問としての体系化もままならない。
・教員養成にも、もちろん教科化が必要で、それにより、現教師が道徳を考えると言う、現場の活性化にも繋がる。
<八木秀次先生の最後の語り>
・日本は現在、衰退期にあるが、1970年代には、英国病なんて言葉に代表されるように、英国やアメリカも衰退した時期があった。
・しかし、サッチャーやレーガンの政策により、国力はV字回復に向かった。
・その政策とは、「国民精神の覚醒」である。
・栄光の時代を思い出させ、「少し前の先輩方は出来た! 自分等にも出来るはずだ」と、自分らの民度の高さを再認識させた。
・それが、国民道徳の教えである。
・英国では、それがビクトリア朝の美徳であった。
・福沢諭吉や中江兆民の教えを見直そう。
・マハティール・モハマドは、「立ち上がれ、日本!」と、かつて、自分がリーダーであったマレーシアが、日本をお手本・参考にする「ルック・イースト」政策を実施した、その時代の日本の復活を願っている。
(蘭による注)・・・「ルック・イースト」は「日本の集団主義と勤労倫理を学べ」という政策であるが、ここで言う「集団主義」とは、全国生活指導研究協議会(全生研)の考える「集団主義」とは全くの逆ベクトルである。
・現実主義者の朴正煕は、日本から経済援助を受け、日本を教師として学び、韓国を立て直した。
・日本には固有の文化がある、そこに自信と愛国心を取り戻し、国の復活を目指して行こう!
<貝塚茂樹先生の最後の語り>
・今、第三次吉田内閣時代の文部大臣・天野貞祐の書籍を読んでいるが、そこでの天野氏の、当時、にわかに勃興を始めた「共産主義的な組織による国家システム破壊の波」、それへの警鐘は強烈だ。
・氏は「修身復活」を唱え、迫り来る「道徳蹂躙による国家衰退」の時代を危惧していた。
・(この後、貝塚先生は、天野貞祐氏の文章を読み上げるが、私は、速記できなかった。だけども、こちらを読めば、その思想が垣間見れよう)
(蘭による注)・・・天野貞祐氏は、「戦前の国家のみを重んじて個人の尊厳を踏みにじった軍国主義的な愛国心は強く否定したが、同時に戦後の個人のみを重んじて国家を省みない愛国心否定論に対しても強く反発した。天野は国家を自己存在の母胎と自覚して、自己の使命・理想に邁進させるのが愛国心の本来の役目である」との考え方を持っていた。
学長を務めた獨協大学の名前の由来に「独立協和」を求めていたそうで、これはまあ、異論はあろうが、「和して同ぜず」みたいで、私は嫌いじゃない^^
さて、私は、天野貞祐氏の、「戦前の国家のみを重んじて個人の尊厳を踏みにじった軍国主義的な愛国心は強く否定したが、同時に戦後の個人のみを重んじて国家を省みない愛国心否定論に対しても強く反発した」との言葉の、戦前と戦後の変遷の、全くの逆パターンを行なったのが全国生活指導研究協議会(全生研)の教育だったと思っている。
戦前の悪いところ、戦後の悪いところ・・・、を、「反体制」の思想の末に、見事にチョイスしている。
・・・次回から、『滝山コミューン一九七四』篇を書いていきたい・・・。
(2012/10/19)
◇
≪今、子供たちに伝える道徳とは
~『13歳からの道徳教科書』編集委員が語る~ ≫
![]() | 13歳からの道徳教科書 |
道徳教育をすすめる有識者の会・編 | |
扶桑社 |
<貝塚茂樹先生の語り>
・何故、道徳が教科として必要かと、教育システム上の観点で語れば、大学での教科教育が当然のものとして行なえるからだ。
・先ほど、道徳の専門家は数人しかいないと言ったが、それは、大学で、教育科目として道徳を学べないので、誰も知り得ないからだ。
・何かしらの意図をもって、国家が指揮する教育に反対ばかりしているのならば、日教組は、是非、独自の学校を作ってみて欲しいものだ。
・教科教育にならないと、学問としての体系化もままならない。
・教員養成にも、もちろん教科化が必要で、それにより、現教師が道徳を考えると言う、現場の活性化にも繋がる。
![]() | 道徳教育の取扱説明書: 教科化の必要性を考える |
貝塚 茂樹 | |
学術出版会 |
<八木秀次先生の最後の語り>
・日本は現在、衰退期にあるが、1970年代には、英国病なんて言葉に代表されるように、英国やアメリカも衰退した時期があった。
・しかし、サッチャーやレーガンの政策により、国力はV字回復に向かった。
・その政策とは、「国民精神の覚醒」である。
・栄光の時代を思い出させ、「少し前の先輩方は出来た! 自分等にも出来るはずだ」と、自分らの民度の高さを再認識させた。
・それが、国民道徳の教えである。
・英国では、それがビクトリア朝の美徳であった。
・福沢諭吉や中江兆民の教えを見直そう。
・マハティール・モハマドは、「立ち上がれ、日本!」と、かつて、自分がリーダーであったマレーシアが、日本をお手本・参考にする「ルック・イースト」政策を実施した、その時代の日本の復活を願っている。
(蘭による注)・・・「ルック・イースト」は「日本の集団主義と勤労倫理を学べ」という政策であるが、ここで言う「集団主義」とは、全国生活指導研究協議会(全生研)の考える「集団主義」とは全くの逆ベクトルである。
・現実主義者の朴正煕は、日本から経済援助を受け、日本を教師として学び、韓国を立て直した。
・日本には固有の文化がある、そこに自信と愛国心を取り戻し、国の復活を目指して行こう!
![]() | 精撰尋常小学修身書―明治・大正・昭和…親子で読みたい (小学館文庫) |
クリエーター情報なし | |
小学館 |
<貝塚茂樹先生の最後の語り>
・今、第三次吉田内閣時代の文部大臣・天野貞祐の書籍を読んでいるが、そこでの天野氏の、当時、にわかに勃興を始めた「共産主義的な組織による国家システム破壊の波」、それへの警鐘は強烈だ。
・氏は「修身復活」を唱え、迫り来る「道徳蹂躙による国家衰退」の時代を危惧していた。
・(この後、貝塚先生は、天野貞祐氏の文章を読み上げるが、私は、速記できなかった。だけども、こちらを読めば、その思想が垣間見れよう)
(蘭による注)・・・天野貞祐氏は、「戦前の国家のみを重んじて個人の尊厳を踏みにじった軍国主義的な愛国心は強く否定したが、同時に戦後の個人のみを重んじて国家を省みない愛国心否定論に対しても強く反発した。天野は国家を自己存在の母胎と自覚して、自己の使命・理想に邁進させるのが愛国心の本来の役目である」との考え方を持っていた。
学長を務めた獨協大学の名前の由来に「独立協和」を求めていたそうで、これはまあ、異論はあろうが、「和して同ぜず」みたいで、私は嫌いじゃない^^
さて、私は、天野貞祐氏の、「戦前の国家のみを重んじて個人の尊厳を踏みにじった軍国主義的な愛国心は強く否定したが、同時に戦後の個人のみを重んじて国家を省みない愛国心否定論に対しても強く反発した」との言葉の、戦前と戦後の変遷の、全くの逆パターンを行なったのが全国生活指導研究協議会(全生研)の教育だったと思っている。
戦前の悪いところ、戦後の悪いところ・・・、を、「反体制」の思想の末に、見事にチョイスしている。
・・・次回から、『滝山コミューン一九七四』篇を書いていきたい・・・。
![]() | 滝山コミューン一九七四 (講談社文庫) |
原 武史 | |
講談社 |
(2012/10/19)