岡山県は昭和50年代に消えゆく懐かしい郷土を残すためふるさと村を設立した。茅葺民家の残るところや漁村、農村風景の残るところが制定された。
昭和50年代は経済的にも成長期であった。ふるさと村に支援もできた。
しかし、バブルの後は税収も伸びず支援も打ち切られた。
最初の5年は訪れる人もいたが、リピーターが来るほどの企画もなく衰退
過疎地の農村にもどった。女性が農作業 バックに茅葺民家
いずれ茅葺も消えるであろう。
八塔寺の名はここに寺院が八塔あった。山岳修行の寺院があったそうだ。
スケールの大きさでは高野山、比叡山にはるかに劣る。
和歌山の根来寺に行ったが大きな寺院であったのが伺える。
時代劇で根来衆というのがでてくる一度は見たいと行ってみた。
豊臣秀吉に大阪や和歌山の寺院は叛旗をひるがえし焼き討ちにあう。