日々雑感 ~写真と思い~

今日と言う日は、二度と来ない。 
だから今日を大切に・・そんな私のデジカメ散歩 

* 笑顔の中で・・(実家にて) *

2009年01月03日 | 雑感


10時頃実家へ行く。 いつもなら実家へも一泊するところだけれど、今回は還暦の事もあり夫の実家のみ。
こっちは結婚当初からの慣例で、両手をついての挨拶、それはそれで大事なことなのだが、
子供たちには、改まった挨拶でもない夫の実家の方が、型苦しくなくて気が楽で居心地がいいようだ。

私は独身時代京都のお医者さんの家に住み込んでいてその辺を躾られたので、結婚してもそうするのは
当然と思っていたから、なんでもなくて、むしろ親しき中にもそんな敬する挨拶を交わすことは好きな方である。
昔夫の一番下の弟夫婦が、新婚旅行の帰り夫の実家に2人で挨拶に行った時、立ったままで挨拶したので、
今は亡き義父に、もう一度玄関からやり直すように言われたとかどうとか。

私としては、母を大切に見てもらっている兄夫婦には、1年に一度や二度両手をついて挨拶することは、
感謝の気持ちに変え当然のことで、そうでもしないと申し訳ないと思う。 
家々によってその辺は違うので型にはめることは良くないかも知れないけれど、時代が変わろうと、
子供たちも臨機応変に、その辺の礼は感じ尽くす人であって欲しいと思う。

姉の生けた床の間の花の前で、おせち、切りたてのお造りの盛り合わせなど上手な姉の料理は
いつもながら感心、頂くのが楽しみである。 先に兄と一杯やっている夫と展君も満足。

昨年は実家の甥っ子2人が結婚、そして今年は2人ともパパになる予定なのだ。
車や彼女の話から、赤ん坊のことや出産に関したことで話題は一変、みんながその時を待つと言う、
笑顔がいっそう溢れて万歳の実家である。 
母には、我が家の2人の曾孫に加え、また2人・・いえ姉のところにも1人、いえ、我が家にも1人増えると言う、
今年は4人の曾孫が出来るという快挙。 長く生きてこんな喜びが味わえると、幸せいっぱいの母。 
しかしいつか姉の(老いが進んで来ています)そんなメールの言葉を、母の動作やテンポの遅くなった言葉から、
認めざるを得ない四ヶ月ぶりの再会であった。


片づけを手伝って、祖父母や父のお墓参りに行く。
海の見えるところがいいと言っていたが、皮肉にも海で亡くなった父のお墓から穏やかな瀬戸の海が見える。
突然な大好きだった父の死から日ごと増す悲しみ、あの頃に”千の風になって”の歌があったら、
もう少し気持ちが楽になったかも知れないと、良く思った。
千の風になって、きっといつも私たちのそばでどんな時も日々を喜び励ましてくれているとそう思う。


なつめに隣の祖父母の墓の前で「こっちにも、まぶって(守って)下さいって言うのよ」と言ったら、
帰り何軒ものお墓の前を通るたびに、小さな手を合わせ、ちょこんと頭を下げて「こっちもまぶってください」
何度もその言葉を繰り返した。 三つ子の魂・・お墓参りが大切なのは、こんな事なんだろうなあ
まだ分からない2歳の健気な姿に、胸がいっぱいになった。

お寺の前の父の本家、旦那さんや長男に先立たれた叔母は持病もあり今、島の施設にいる。
夫がなつめを連れ、畑の八朔を二個失敬した。 それは夫の叔母へ挨拶代わり、思いやりだと思った。

因島の妹家族が来て懐かしく話をしながらも、間もなく別れである。
「あっ!写真!写真!」 帰りにはいつもみんなで玄関で撮ることになっている。
やはり母の老い、でもそれは多分夏の父の33回忌を家族皆で・・もう母の中にはそこへ気持ちが・・。
老いが増すたびに帰省の心の中に、この次も会えると言う確信が少しづつではあるが薄れていくのを感じる。
365日見ていただく姉には、特に感謝でいっぱいになる。 (有難うございます、よろしくお願いします)

夫の実家へ帰ると、兄夫婦が姉の趣味、ストレス解消と言う丹精のお野菜や柑橘を箱詰めしてくれていた。
きちんと丁寧に土を落として、それを見ると胸が詰まった。
私たちは本当に、お互いの実家がうまくいっているおかげで幸せにも帰省でき歓迎してもてなして貰える。
その頂上には、お互いに母あればこそ。 さっと来てさっと帰って行く、そんな気楽な核家族が申し訳ないと思う。

いよいよ帰るという時、兄になついているなつめが兄の両足をぐっと掴んだ、ぐっときた、私だって寂しい。 
いつからかなつめが人と別れるとき決まって歌う歌がある、歌いながら踊る姿が、いっそう別れの寂しさを誘う。 
夫も娘夫婦もみんな別れは寂しい。 感謝いっぱいで別れを告げ、5時15分出発した。 
お酒の入った夫故、運転は展君にゆだねた。 帰省ラッシュで以外にも時間がかかり大阪へは夜中を過ぎた。
お疲れ・・、夜中と言えども明るい都会に到着である。 まるで夢から覚めたようだ。   10日記