食事処“志満川”の横側。
ほぼ全景ですが、この建物、実は右側というか奥の方にさらに続いているんです。
重要文化財の旧商家丸一本間家が純和風な雰囲気なのに対して、こちらの方はちょっと洋風な感じ。
まあ、代々続いた本間家とは違い、こちらの方は主が何回か入れ替わっていて、その時々で必要な改修が施されていますから。
建てられた当時のようすは、全体の雰囲気から掴むしかなさそうですね。
今は前方が志満川さん、青い屋根のところからは別の方が住む家。
もともと一つの家だったのでしょうけどね、だとしたら相当大きなものですな。

この近所に工場を持つ鉄工所のご自宅で使われています。
古い木造ですが3階部分もあるのです。
こうして見ると駅前通りは木造3階建てが多いですね。
元旅館の富田屋。
重要文化財の旧商家丸一本間家。
そしてここ。

裏側には門の跡らしきものが残されています。
名家の名残…、ですかね。
ニシン景気に沸いた頃。
こんな大きな家を建てられた時代。
いったいどんな景気だったのでしょう。
想像もできませんなぁ。

志満川食堂の正面から見ると、真裏になります。
3階部分の窓。
造りが時代を感じさせますね。
ここからだと海の景色もいいんだろうなぁ。
憧れちゃいます。

そして、工場側へ近寄ったところに古い蔵を見つけましたよ。
土壁が剥がれ落ちて残骸のよう。
隣のシャッターが妙に新しく見えてしまいます。
くっついているので、古い蔵も使われているのでしょうが、どう見ても物置代わりにしか見えないんですけど。
レトロなもの好きとしては、ちょっともったいない気もしますねっ。

「一ウ」
ワタクシが子どもの頃、イチウの氷場と呼ばれていた場所が暑寒沢の奥にありました。
炊事遠足でリヤカーを引いて行ったところ。
実際に氷づくりをしていたところを見たことはありませんけどね。
どんな光景だったんだろう…。
興味が沸いてきました。
まだまだ昔のことを覚えている先輩方がいますからね。
聞いて歩こうかな。
ほぼ全景ですが、この建物、実は右側というか奥の方にさらに続いているんです。
重要文化財の旧商家丸一本間家が純和風な雰囲気なのに対して、こちらの方はちょっと洋風な感じ。
まあ、代々続いた本間家とは違い、こちらの方は主が何回か入れ替わっていて、その時々で必要な改修が施されていますから。
建てられた当時のようすは、全体の雰囲気から掴むしかなさそうですね。
今は前方が志満川さん、青い屋根のところからは別の方が住む家。
もともと一つの家だったのでしょうけどね、だとしたら相当大きなものですな。

この近所に工場を持つ鉄工所のご自宅で使われています。
古い木造ですが3階部分もあるのです。
こうして見ると駅前通りは木造3階建てが多いですね。
元旅館の富田屋。
重要文化財の旧商家丸一本間家。
そしてここ。

裏側には門の跡らしきものが残されています。
名家の名残…、ですかね。
ニシン景気に沸いた頃。
こんな大きな家を建てられた時代。
いったいどんな景気だったのでしょう。
想像もできませんなぁ。

志満川食堂の正面から見ると、真裏になります。
3階部分の窓。
造りが時代を感じさせますね。
ここからだと海の景色もいいんだろうなぁ。
憧れちゃいます。

そして、工場側へ近寄ったところに古い蔵を見つけましたよ。
土壁が剥がれ落ちて残骸のよう。
隣のシャッターが妙に新しく見えてしまいます。
くっついているので、古い蔵も使われているのでしょうが、どう見ても物置代わりにしか見えないんですけど。
レトロなもの好きとしては、ちょっともったいない気もしますねっ。

「一ウ」
ワタクシが子どもの頃、イチウの氷場と呼ばれていた場所が暑寒沢の奥にありました。
炊事遠足でリヤカーを引いて行ったところ。
実際に氷づくりをしていたところを見たことはありませんけどね。
どんな光景だったんだろう…。
興味が沸いてきました。
まだまだ昔のことを覚えている先輩方がいますからね。
聞いて歩こうかな。
