歳を重ねると楽しいとか賢くなるとか・・・・みんな戯言なんだよ。

感じるままに、赴くままに、流れて雲のごとし

秋はいつ始まったのかわからないようにしているに違いない。

2018-11-12 | 旅行
少し微睡んだようだ。
ピンポン!
この部屋のドアベルが鳴ったような気がした。
僕は重い体を引きずりベッドから身を起こしてドアの覗き見から外を見た。
髪をブラウンに染めた女の顔が見えた。このホテルの従業員には見えなかった。
ドア越しに僕は声を掛けた。
「どなたな?」
「隣の部屋の者です。」
「何かありましたか?」
「いえ、あの、音が…」
そう答えて無言になった。
ドアチェーンを掛けたままドアを少し開けた。

「特に音楽もかけていないし壁を叩いたりはしてませんが…煩いのですか?」
「いえ、その…人の話し声が、この部屋から聞こえたような気がしまして。少し静かにならないでしょうか。」
「いや、この部屋には僕、ひとりで泊っておりますが。確認されます?」
「いえそれには及びません。失礼しました。」
外し掛けたドアチェーンを元に戻し、ドアのロックを下ろした。
上の階や隣の部屋が煩くて腹が立ったことは限りなくある。でも、直接その部屋に出向き文句を言うことなどほとんどない。普通ならフロントに電話をして注意してもらうだろ。
変な女だ。そんな風に思いながらベッドサイドの時計を見た。午後の6時を少し過ぎていた。夕食まで40分。バスルームには湯が溢れていた。停めるのを忘れて眠ってしまったのだ。浴室の窓を開け放って湯気を追い出し湯船に入った。
頭の芯が少し痛んだけれど、気分は悪くはなかった。身体を洗う気にはなれずズルズルと頭まで湯船に沈んだ。湯から顔をあげ空いた窓の外を眺めていたら人の声が聞こえた。女と男が会話をしていた。でも、何を話しているのかは聞きとれなかった。さっきの隣の女の声のようでもあった。ちょっと違う声でもあった。
夫婦で泊ってるのか?
湯船から出てバスローブを羽織り、浴室から外に出た。浴室の外はバルコニーのようになっていテーブルと椅子が置かれている。寒かったが湯上りの火照った身体にはちょうど良かった。雑木林があってバルコニーの先端に照明器具がおいてあった。その光りが暗闇に溶け込むように美しい風景を作り出していた。

何か背筋を、ぞくっつ!とさせる空気がこの部屋とこの雑木林に漂っていた。
僕は気にも止めなかった。