歳を重ねると楽しいとか賢くなるとか・・・・みんな戯言なんだよ。

感じるままに、赴くままに、流れて雲のごとし

夏の陽射しか・・・・やっぱり今は夏なんだよね。

2016-07-31 | 日記

昨夜12時過ぎ、ベッドに入るとき少し蒸し暑さを感じた。

窓は開けたままにカーテンをぎりぎり閉めて眠りについた。

すぐには眠れなかったけれど、目の奥が痛んだ。

少し不安になる。

「頭痛」という後遺症。

 

しかし、もう気にしても仕方のないことなんだ。

息苦しいけれど、生きなくちゃあならないんだから。

 

朝陽は誰にも注がれてくるし迷惑であろうがなかろうが

幸せであろうが不幸であろうがお構いなし。

 

そう、幸・不幸なんてその時・場所・心の置き所によってコロコロと猫の目のように変わるんだ。

 

今日のお天気のように、午後から雨降りの予測がその気配さえ見せない。

 

「まあ、こんなものだよ。」

「そう、そんなものよ・・・・・・」

由紀さおりの歌っていた歌にこんな歌詞が出てきたのを思い出した。

題名は思い出せない。

 

誰か知っていたら教えてほしい。

 

今日は散歩に出よう。


まるで他人事のような30日間だった気がするんだけど・・・・目が覚めないかもしれないなぁ~と、ちょっと怖いなぁと思って眠るんだ。

2016-07-28 | 日記

あの手術から一ヶ月あまりが過ぎた。

頭の中には疲労感が鈍よりと内臓脂肪のように横たわっている感じがする。

どうにもこうにもすっきりしない。

 

5年周期。

僕の人生の節目のサイクルだ。

少しは身に染みて自分を責めさいなむタイミングの周期なんだ。

 

もっとも、覚悟だけはできているから・・・・・何かを改めようなどと言う気はさらさらないんだ。

 

無碍もなく君を捨て去ったあの雨の夜以来、そう思っている。

平穏の日々が続くとは思えない。

実際にそうなっている。

 

このまま目が覚めなくてもいいと思った。

確かに・・・・逃げ切れるかな・・・・・しかし、甘かったようだ。

 

僕の罪深さを知らない他人は言う。

まだやらなくちゃいけないことが残ってるんだよ。

だから生かされているんだ・・・。

 

まあ、そんな戯言はお人好しのきれいごと的社交辞令に過ぎない。

 

死ぬときに自覚なんてあるわけない。

そう、気が付いたら死んでた・・・てなもんじゃないの。

ほざけ・・・・この野郎!

随分とひどい言い方だ。

 

誰かに生かされているんだなんて、さも自分が見てきたことのようにいう輩。

そんな人間の言うことなんて信じちゃいけないよ。

 

死ぬときは自覚なんてできないんだ。

自覚できるのは幸せなことなんだ。

 

 

 


好きなんだろう・・・・女が。

2016-07-23 | 日記

「原色の街」を読み直した。

初めて読んだのは17歳ぐらいかな?

いや、東京に出てきてからだったと思う。

新小岩に住んでいたころだった。

「墨東奇談」永井荷風に憧れていた。

退廃の意味も分からず、自堕落に憧れていた。

自堕落に憧れるだけで、落ちる意味も分からずに落ちることをただ恐れていただけなんだろう。

 

そしておしゃれで粋な吉行淳之介に憧れた。

その文章や考え方に・・・・

 

しかし、今読み返して、あの頃、そう、初めて読んだときの感じとは随分と違う印象になってしまったことに驚いた。

あの頃は単なる娼婦小説。この視点からこの世の中を眺め、女は甘くはないのよ!と、そんな叫びしか感じられなかったんだ。

男にとって女は、いつだって何を考え感じているのか謎だらけの生き物だし、

正直に本音はどう思っているのか知りたい。そんなことばかりが頭の中をグルグル廻るばかりだ。

 

吉行淳之介もきっとそうだったんだ。

 

不安に襲われ、考え、妄想し、または思いめぐらし…答えにありつこうとして

つまらないプライドを少し忘れた振りをして女に聞く?

「よかったかい?」

「いった?」とは決して聞けない。

怖いからね。

本気で愛されているかどうか、それがいつも不安の種。

だから研究し掘り下げてある種の行き着いた結論がこの小説なんだろう。

 

女の身体は微妙に育成されていくのだろう。 

身体を開くことがビジネスでも生身の人間。

そんなプロをイカセルことが男とし凄い!そんな気持ちもすこしはあったようななかったような・・・

 

そんな子供じみたことではないんだ。

吉行淳之介は結構マジ。

探究したんだ。

娼婦という職業。セックスが売り・・・いつもいつも本気だと身体がもたない。

でも、彼女たちだって本物の恋がしたいし、幸せにもなりたい。

 

きっとそうに違いない・・・と信じたいがために

小説を書いている。

自分で疑い、仮設をたてては調べては書く・・・繰り返しでしかないのだ。

でも、本当は何もわからない。

不幸なことに、いくらセックスをしても

愛されているんだ!

 

そんな実感が身体と心の芯から湧き上ってこないからなのだろ。

僕にだってわからないんだから。

 

魔物なのだ。


こんなにも純粋で痛々しいほどに素直に生きれるのは・・・

2016-07-18 | 日記

入院中にこの本を読んだ。

「ファイティング寿限無」。

立川談志の弟子。立川談四楼。

嘗ての部下の差し入れ。

面白かった。

師弟関係はかくあらねばならない。

 

人が人に惚れるには理屈はない。

弟子に惚れられて自信を持って言い切る。

人間としての在り方そのものを迷わずに伝える。

正しいか間違っているかなどは問題ではないのだ。

歯向かった瞬間でその関係は瓦解する。

信頼関係などと言う陳腐な契約ではないのだ。

理不尽が前提で師匠の言うがままのコトが実行して見せられるか。

それが芸へと結びつけられるかが勝負なんだ。

芸能に拘わらずすべての事柄で優劣が現れるのは何か?

やっぱり人間の差なんだと思う。

込められた思いがどれだけ強いかどうかで決まる。

 

主人公の「小龍」はボクシングが好きなわけではない。

あくまでどこまで行っても「落語」が好きなだけなんだ。

そして談志の落語が好きなんだ。

しかし、売れるためには目立たなくては勝負にならない。

その手段として選んだのがボクシング。ヤクザに間違って喧嘩を売ってしまい、

殺されかけて窮鼠猫を咬むがが如く放ったパンチが想像以上の破壊力を持っていた。

自分で信じられる能力にすがりつき好きでもないスポーツを利用しようとする。

でも、ボクシングは命がけのスポーツ。

人間誰しも必死になるのは生き死にがかかるときなんだ。

追い詰められないと何もしない人が居るけれど、追い詰められても何もしない人も居る。

この差はいったいどこから来るのだろう?

 

それは、たぶん、惚れている奴がいるかどうかなんではなかろうか・・・・

 

この馬鹿げた設定のもとに書かれた小説を読み終えて感じたこと。

惚れるコトの対象が人間であればあるほど

素直で純粋でいられる。

 

身体が圧倒的に弱っている時だからだろう・・・・

久しぶりに涙が出ちゃった。

 


集団生活は幾つになってもダメだ・・・

2016-07-17 | 日記

病室が10日目にして変わった。

窓の下を覗くと中庭が見えた。ちょいと日本じゃない雰囲気が漂っている。

日々頭痛が和らいでいる。そんな気分になったりもするけれど・・・・

ちょっと待てよ!

良くなってるなんて嘘っぱちだろ~!

この痛みは、ひょっとして「梗塞」か?

そんな恐怖に襲われる。

決まって真夜中過ぎの2時。

痛みどめの催促のためにナースコールをする。

そんな繰り返しの1週間。

一進一退。いい加減、根を挙げそうになる。

今の医療システムではすべてが「数値化」されていてここ最近では「見える化」も進んでいる。

しかし、スタッフ全員が共通認識できる代わりに、意外性に富んだ事態には誰も対応できなくなってしまっている。

そう、マニュアル通りにしか判断できなくなってしまっている。

EICUで過ごした一週間。そんな実感が心を過った。

 

繰り返しやってくる痛みに耐えかねて、ナースコールでその看護師はやって来る。

笑顔はない。心配そうな瞳がそこにあるだけ。

 

そして僕は言う。

「まだ頭痛がやまないんだ・・・・」

精一杯我慢してそう言ったんだ。

そして彼女は言う。

「どんな痛みきりきり?ガンガン?ズキズキ?どこが痛い?後ろ頭?首筋????」

彼女以外の看護師は

「痛みの段階が10あるとしたらどれくらい?」

10の痛みなんて知らない。

痛みの度合いを知りたいのだろう。

であれば、さっきの痛みに比べて数字を聞いてくれれば答え易いんだけれどね・・・・

 

前での看護師は僕と同じように頭が痛い!そんな顔で僕から情報を得て

薬剤師と痛みどめの調合をする。

時間はかかる。

でも、数分後、ピタリ!と痛みは消える。

そして僕は眠りの谷に落ちていく。

寄り添うことの素敵さは演技力にあるのかもしれない。

 

すがる思いでナース呼び出しボタンを押す。

1時間前に押したばかりなのに・・・・

そんな後ろめたさが残っている最中なんだ。でも、痛くて我慢できないんだ。

その看護師は僕のちょっぴ控えめな気持ちを見透かしたようにしてやって来て言うんだ。

「我慢しないで、なんでも言ってくださいね。人の痛みはわからんいですからね」

そう言いながら、自分も痛そうな顔して僕に質問をする。

 

感情移入がうまいのかもしれない。

でも、僕は「愛」を感じてしまったんだ。

 

身体が弱っているからなんだろう。

そうに、決まっている。

藁をもすがる思いなんだから・・・・

愛されている・・・・そんな勘違い。

きっと、いや、たぶん、いや、おそらく・・・あるよ。

 

そして、痛みが消え、眠りに入る瞬間に

うれしそうに微笑みかける看護師の顔をかい間見ることになる。

 

癒しにもストーリーが必要なんだ。