決してうまいウソだとは思わない。
すぐにバレテしまいそうなんだけれどウソをついてしまう。
映画「作家、本当のJ・Tリロイ」を観た。
1996年アメリカで起こった作家偽装事件。
事件と呼んでいいのだろうか?
ちょい、わからん?
マスコミも映画人もサブカル有名人もちょろく欺かれちゃった
そんなことの顛末をドキュメンタリーで描いた映画だった。
ただ、不思議なのはローラ・アルバートという女性は全ての関係者からの電話をほぼ録音していて
暴露される事を想定し、果てはこの映画を作ることをもくろんでいたフシがうかがえる。
だとすれば、結構面白い。
ちょっと厄介なのは、本物だと信じ切ってチカラを貸した著名人たち。
「本物と見抜けないやつ。ホンモノじゃないな~?」
そんな事を思われちゃたらたまったもんじゃない・・・そう感じた有名人は、怒るよ。
ただ、僕が面白いなぁ・・・なんて思ったのは、替え玉作戦を思いつき
それに協力してくれる人を見つけ、どんどん面白くなってきて、世間なんてチョロイな~と思いつつ
バレたら大変なことになっちゃうしどうしようと考えているうち、何十年か後に映画にししちゃおう
なんてことで対策を練っていたんじゃないかと思えるからなんだ。
日本でも少し前、クラシック作曲家がゴースト作曲家に頼んでCDをたくさん売っていた・・・そんな話があった。
基本的に作曲家の名前や地位でCDを買うわけじゃない。
いい曲だったから、もしくはいい曲だよって進められて買うわけだ。
それがたくさん売れたからって言って騙されたと腹を立てたりするのは
自分の馬鹿さ加減を晒されて悔しい!なんて、勝手な言いぐさなんだよ。
そう思っていた。
この映画も同じ感想なんだけれど・・・・
世間を騒がせる程のウソなんだから、それはそれで面白いわけだしね。
痛みを追求していくと笑いになるように、
偏執は
普遍に
変わる。のだ。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます