12月(4日、11日、18日、25日)付朝日歌壇の入選歌の中から戦争を詠んだ歌をよりすぐり。
選者は高野公彦さん、永田和宏さん、馬場あき子さん、佐佐木幸綱さんです。☆印は共選作です。
高野公彦選
ミサイルの飛び交ふ地球が太陽を遮り月を赤黒く染む(鎌倉市)下田 和夫
ロシアでもウクライナでも母たちの本音はきっと死ぬな殺すな(京田辺市)藤田佳予子
五兆もの軍備費つかってミサイルの通過の有無さえ誤認のこの国(福島市)澤 正宏
軍艦の音波がイルカを殺すとぞ最たる環境汚染は戦争(京都市)森谷 弘志
艶めける炊きたての米ゆつくりと噛みしめて食ふ開戦の日に(村上市)鈴木正芳
永田和宏選
頑丈な建物はなし地下もなしカーテンを引くJアラートに(新潟市)太田千鶴子
何人が餓ゑず凍えず過ごせるかあのミサイルの一発分で(水戸市)檜山佳与子
餓ゑず(かつえず)の意味
1 食べ物がなくて腹がへる。飢(う)える。
「金があれば先ず―・えることはないから」〈福沢・福翁自伝〉
2 あるものに非常に欠乏を感じて、それをひどく欲しがる。「親の愛情に―・える
戦場に月面、南極、エベレスト、お子様ランチに掲げる国旗(新潟市)太田千鶴子
まだ生きて子はたたかうか月白く凍る窓辺にウクライナの母(大和郡山市)四方護
手をつなぎミサイル発射見る少女パパ凄いねと聞こえた様な(東京都)佐藤仁志
馬場あき子選
ウクライナの子がプーチンを柔道で倒した絵描きしはバンクシーらし(いわき市)守岡 和之
山裾へ続く刈田をぬらす雨眺めつつ思ふソマリアの飢餓(岡山市)金光 裕子
歌詠めど他は何もせぬ我の知る日本人志願兵の死(五所川原市)戸沢大二郎
避難をとヘルソンの人ら送らるる香月泰男の黒いシベリア(水戸市)中原千絵子
人権は平和な時代の言葉にて戦争となれば忽(たちま)ち死語に(筑紫野市)二宮正博
佐佐木幸綱選
ミサイルに電車の止まる北海道われの気分も緊急停止(札幌市)住吉和歌子
ミサイルやドローンが飛び交う戦争は焼夷(しょうい)弾からの愚かな進化(三鷹市)山縣 駿介
新聞のアンビバレントなドローン記事「農家を救う」「兵士を殺す」(出雲市)塩田 直也
朝日歌壇「番外地」2022-11-20朝日新聞朝刊
朝日新聞の短歌投稿欄「朝日歌壇」に寄せられた作品のなかから、ユーモアあふれる短歌や味わい深い短歌を選者が年に1回紹介する「番外地」。今年の選者は高野公彦さんです。
選歌をしながら思わず心の中でクスリと笑ったり、あるいは声を出して笑ったりする作品がある。
今年出会ったそれらの作品の中から、特に印象的だったものを紹介したい。
母が言う「パパに優しくしようかな」春のせい桜前線のせい 松田 梨子
★「春のせい」で笑いを誘われて、続く「桜前線のせい」で笑いに勢いと優雅さが加わる。
今晩は吾子が一人で作るから七月晦日(みそか)はカレー記念日 山添 聖子
★俵万智の名作「…七月六日はサラダ記念日」のもじり。お子さんが夏休みなのでカレーを作ってくれるのだ、と分かる。
ルビー婚「我慢したわ」と妻が言ういやそのセリフ私のセリフ 樫村 好則
★いろいろあったけど、わたし我慢したわ、と妻。いや我慢したのはオレのほうだよ、と夫。
「後ろ髪引かれるごとく」と教えれば子は父親の禿頭指す モーレンカンプふゆこ
★言葉の意味を教わった子が黙って父親の頭を指すと、「しっ」と作者がたしなめる。そんな場面が浮かんでくる。
パンプキン詐欺ってカボチャの押し売りなの ふと問う孫に座布団一枚 丸山富久治
★還付金詐欺をパンプキン詐欺と聞き間違えるとは、なかなかセンスがある孫である。まさに座布団一枚あげたい感じ。
生きて来て酒を沢山(たくさん)飲んだので我は酒税の還付を望む 木村 義熙
★還付してくれるなら、私は酒税を返してほしいという。作者は酒税の多額納税者なのである。
沖縄に雪は降らねど米軍機の各種部品がときどき降るも 畠山 時子
★雪が降るならいいけど、固形物が降ってくるのは大迷惑。
「丁寧に説明する」の本音訳(ほんねやく)は「ごちゃごちゃ言うな、聞く耳はない」 藍原 秋子
★見事な翻訳である。今、言葉を盾として自己防衛をする政治家が無数にいる。
これという助けのできぬウクライナ征露丸では役に立たぬか 岸田 万彩
★むかし日露戦争で兵士が携行した征露丸は「露を征服する丸薬」の意。せめてこれを差し上げたいが、という気持ち。
久しぶり元気じゃったか?それがなあひどくはないがコロナっとった 松本 進
★コロナ関連の歌。「コロナっとる」という造語が面白い。
案内されマスク地蔵の仲間入りワクチン接種後の十五分 山田 道子
★「マスク地蔵」がうまい。
お産するたびに漢字と英単語次々忘れ老女となりぬ 草田 礼子
屋内(やぬち)にて充分たりている運動一階二階物忘れの旅 平井 明美
補聴器も聞こえ過ぎては恐いもの後ろのくしゃみが爆発音に 玉岡 尚士
★これら三首は老いに関わる歌。どれも可笑(おか)しくどれも切ない。平井さんは一階と二階を何度も行ったり来たりして
いるのだろう。
ネックレスピアスエプロン老眼鏡大谷翔平肩凝りの因 笠原 英子
天高く葡萄梨柿栗林檎薩摩芋ああ我肥ゆる秋 安斎真貴子
★偶然だが、どちらも名詞羅列型の作品。笠原さんは大谷選手の大ファンなのだろう。
安斎さんはもしかすると、食べ尽くす人? いや、日本の自然を満喫する人であろう。
【番外編】
山添さん親子 2022年12月分
永田和宏選
きょうだいは交代で月と太陽になりて教えてくれる月食(奈良市)山添 聖子
★山添さんの子供二人の熱演が微(ほほ)笑(え)ましい。
馬場あき子選
金色の折り紙二枚でお願いをきいてくれますとなりの男子(奈良市)山添 葵
アゲハチョウのむしゃむしゃ五郎のえさがないレモンの葉っぱをだれかください(奈良市)山添 聡介
選者は高野公彦さん、永田和宏さん、馬場あき子さん、佐佐木幸綱さんです。☆印は共選作です。
高野公彦選
ミサイルの飛び交ふ地球が太陽を遮り月を赤黒く染む(鎌倉市)下田 和夫
ロシアでもウクライナでも母たちの本音はきっと死ぬな殺すな(京田辺市)藤田佳予子
五兆もの軍備費つかってミサイルの通過の有無さえ誤認のこの国(福島市)澤 正宏
軍艦の音波がイルカを殺すとぞ最たる環境汚染は戦争(京都市)森谷 弘志
艶めける炊きたての米ゆつくりと噛みしめて食ふ開戦の日に(村上市)鈴木正芳
永田和宏選
頑丈な建物はなし地下もなしカーテンを引くJアラートに(新潟市)太田千鶴子
何人が餓ゑず凍えず過ごせるかあのミサイルの一発分で(水戸市)檜山佳与子
餓ゑず(かつえず)の意味
1 食べ物がなくて腹がへる。飢(う)える。
「金があれば先ず―・えることはないから」〈福沢・福翁自伝〉
2 あるものに非常に欠乏を感じて、それをひどく欲しがる。「親の愛情に―・える
戦場に月面、南極、エベレスト、お子様ランチに掲げる国旗(新潟市)太田千鶴子
まだ生きて子はたたかうか月白く凍る窓辺にウクライナの母(大和郡山市)四方護
手をつなぎミサイル発射見る少女パパ凄いねと聞こえた様な(東京都)佐藤仁志
馬場あき子選
ウクライナの子がプーチンを柔道で倒した絵描きしはバンクシーらし(いわき市)守岡 和之
山裾へ続く刈田をぬらす雨眺めつつ思ふソマリアの飢餓(岡山市)金光 裕子
歌詠めど他は何もせぬ我の知る日本人志願兵の死(五所川原市)戸沢大二郎
避難をとヘルソンの人ら送らるる香月泰男の黒いシベリア(水戸市)中原千絵子
人権は平和な時代の言葉にて戦争となれば忽(たちま)ち死語に(筑紫野市)二宮正博
佐佐木幸綱選
ミサイルに電車の止まる北海道われの気分も緊急停止(札幌市)住吉和歌子
ミサイルやドローンが飛び交う戦争は焼夷(しょうい)弾からの愚かな進化(三鷹市)山縣 駿介
新聞のアンビバレントなドローン記事「農家を救う」「兵士を殺す」(出雲市)塩田 直也
朝日歌壇「番外地」2022-11-20朝日新聞朝刊
朝日新聞の短歌投稿欄「朝日歌壇」に寄せられた作品のなかから、ユーモアあふれる短歌や味わい深い短歌を選者が年に1回紹介する「番外地」。今年の選者は高野公彦さんです。
選歌をしながら思わず心の中でクスリと笑ったり、あるいは声を出して笑ったりする作品がある。
今年出会ったそれらの作品の中から、特に印象的だったものを紹介したい。
母が言う「パパに優しくしようかな」春のせい桜前線のせい 松田 梨子
★「春のせい」で笑いを誘われて、続く「桜前線のせい」で笑いに勢いと優雅さが加わる。
今晩は吾子が一人で作るから七月晦日(みそか)はカレー記念日 山添 聖子
★俵万智の名作「…七月六日はサラダ記念日」のもじり。お子さんが夏休みなのでカレーを作ってくれるのだ、と分かる。
ルビー婚「我慢したわ」と妻が言ういやそのセリフ私のセリフ 樫村 好則
★いろいろあったけど、わたし我慢したわ、と妻。いや我慢したのはオレのほうだよ、と夫。
「後ろ髪引かれるごとく」と教えれば子は父親の禿頭指す モーレンカンプふゆこ
★言葉の意味を教わった子が黙って父親の頭を指すと、「しっ」と作者がたしなめる。そんな場面が浮かんでくる。
パンプキン詐欺ってカボチャの押し売りなの ふと問う孫に座布団一枚 丸山富久治
★還付金詐欺をパンプキン詐欺と聞き間違えるとは、なかなかセンスがある孫である。まさに座布団一枚あげたい感じ。
生きて来て酒を沢山(たくさん)飲んだので我は酒税の還付を望む 木村 義熙
★還付してくれるなら、私は酒税を返してほしいという。作者は酒税の多額納税者なのである。
沖縄に雪は降らねど米軍機の各種部品がときどき降るも 畠山 時子
★雪が降るならいいけど、固形物が降ってくるのは大迷惑。
「丁寧に説明する」の本音訳(ほんねやく)は「ごちゃごちゃ言うな、聞く耳はない」 藍原 秋子
★見事な翻訳である。今、言葉を盾として自己防衛をする政治家が無数にいる。
これという助けのできぬウクライナ征露丸では役に立たぬか 岸田 万彩
★むかし日露戦争で兵士が携行した征露丸は「露を征服する丸薬」の意。せめてこれを差し上げたいが、という気持ち。
久しぶり元気じゃったか?それがなあひどくはないがコロナっとった 松本 進
★コロナ関連の歌。「コロナっとる」という造語が面白い。
案内されマスク地蔵の仲間入りワクチン接種後の十五分 山田 道子
★「マスク地蔵」がうまい。
お産するたびに漢字と英単語次々忘れ老女となりぬ 草田 礼子
屋内(やぬち)にて充分たりている運動一階二階物忘れの旅 平井 明美
補聴器も聞こえ過ぎては恐いもの後ろのくしゃみが爆発音に 玉岡 尚士
★これら三首は老いに関わる歌。どれも可笑(おか)しくどれも切ない。平井さんは一階と二階を何度も行ったり来たりして
いるのだろう。
ネックレスピアスエプロン老眼鏡大谷翔平肩凝りの因 笠原 英子
天高く葡萄梨柿栗林檎薩摩芋ああ我肥ゆる秋 安斎真貴子
★偶然だが、どちらも名詞羅列型の作品。笠原さんは大谷選手の大ファンなのだろう。
安斎さんはもしかすると、食べ尽くす人? いや、日本の自然を満喫する人であろう。
【番外編】
山添さん親子 2022年12月分
永田和宏選
きょうだいは交代で月と太陽になりて教えてくれる月食(奈良市)山添 聖子
★山添さんの子供二人の熱演が微(ほほ)笑(え)ましい。
馬場あき子選
金色の折り紙二枚でお願いをきいてくれますとなりの男子(奈良市)山添 葵
アゲハチョウのむしゃむしゃ五郎のえさがないレモンの葉っぱをだれかください(奈良市)山添 聡介