昭和20年、学校工場と化した片山女子(現・倉敷翠松高等学校)の女学生だったおばは学校でハンマーを叩いていた。
先生は言う、
「最後の5分まで闘う、そうしておれば・・・(神国日本には)必ず神風が吹いて、最後には日本が勝つ」
この小説にある秘密兵器とは、たぶん、神州不滅の幻想のことだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝日新聞 2021年12月23日 文化蘭連載小説
池澤夏樹・作 「また会う日まで」 影山徹・画
希望と失意 22
「1941年の段階で陸軍は支那の平定だけでなくソ連へ進撃することも考えていた」とMは言った。
「それに海軍が南方か。三正面とは忙しいことだ」
「戦争の基礎は物資だが、これについて楽観論と悲観論がまぜごぜになっていた。
そして現場に近い者ほど悲観論に傾いていた。
開戦のすぐ前に鈴木企画院総裁という人が閣議で『食糧も大丈夫也』と言ったと伝えられる。
しかしそれは朝鮮や支那、それに台湾から仏印までの生産を当てにしての話だ」
「調達できても輸送の問題がある」
「そのとおり。
日本は島国だから物資は船で運ばなければならない。
南方からの長い航路を輸送船で運ぶにはどうしても護衛が要る。
敵の潜水艦と空母艦載機の脅威は大きい。
石油や鉄鉱石、ゴムなどのために蘭印を占領してもそれを運べないではなんにもならない。
初めから占領などしない方がいい、という意見もあった」
「そのとおりになったわけだ」
「我らの敬愛する井上成美さんがこう言っておられた。
---国力・国情を比較するに、米国が我が国を海上封鎖するのは不可能ではない。その場合、我が国は物資窮乏に陥るだろう。
しかるにこちらが米国を封鎖することは可能か?
こういう考えをするのところが井上さんらしいのだが、
考察の結果はもちろんノー。
まず米国の海岸線は太平洋と大西洋の両方にあってとても長い。
我が艦隊で封鎖するのは無理だ。
次に陸地の国境が北と南にあるのでこれも封鎖不可能。
そもそも、
米国は物資が豊かだ。
自国内の生産で需要をすべて賄って残りを輸出できるほどなのだから封鎖そのものが無意味。
これを井上さんは開戦の11ヶ月前に言っておられた」
「現実主義だな」
「戦争に現実以外のなにがあるか?」
「幻想。
小さな幻想は小さな事態についての楽観的予想。
うまくいくことを前提に話をすすめる。
それを積み重ねると大東亜共栄圏のような大きな幻想ができる。
当事者は幻想とわかっていても国民は信じてしまう。
秘密兵器で一気に戦局をひっくり返すという噂が終焉直前まであった」
先生は言う、
「最後の5分まで闘う、そうしておれば・・・(神国日本には)必ず神風が吹いて、最後には日本が勝つ」
この小説にある秘密兵器とは、たぶん、神州不滅の幻想のことだろう。
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朝日新聞 2021年12月23日 文化蘭連載小説
池澤夏樹・作 「また会う日まで」 影山徹・画
希望と失意 22
「1941年の段階で陸軍は支那の平定だけでなくソ連へ進撃することも考えていた」とMは言った。
「それに海軍が南方か。三正面とは忙しいことだ」
「戦争の基礎は物資だが、これについて楽観論と悲観論がまぜごぜになっていた。
そして現場に近い者ほど悲観論に傾いていた。
開戦のすぐ前に鈴木企画院総裁という人が閣議で『食糧も大丈夫也』と言ったと伝えられる。
しかしそれは朝鮮や支那、それに台湾から仏印までの生産を当てにしての話だ」
「調達できても輸送の問題がある」
「そのとおり。
日本は島国だから物資は船で運ばなければならない。
南方からの長い航路を輸送船で運ぶにはどうしても護衛が要る。
敵の潜水艦と空母艦載機の脅威は大きい。
石油や鉄鉱石、ゴムなどのために蘭印を占領してもそれを運べないではなんにもならない。
初めから占領などしない方がいい、という意見もあった」
「そのとおりになったわけだ」
「我らの敬愛する井上成美さんがこう言っておられた。
---国力・国情を比較するに、米国が我が国を海上封鎖するのは不可能ではない。その場合、我が国は物資窮乏に陥るだろう。
しかるにこちらが米国を封鎖することは可能か?
こういう考えをするのところが井上さんらしいのだが、
考察の結果はもちろんノー。
まず米国の海岸線は太平洋と大西洋の両方にあってとても長い。
我が艦隊で封鎖するのは無理だ。
次に陸地の国境が北と南にあるのでこれも封鎖不可能。
そもそも、
米国は物資が豊かだ。
自国内の生産で需要をすべて賄って残りを輸出できるほどなのだから封鎖そのものが無意味。
これを井上さんは開戦の11ヶ月前に言っておられた」
「現実主義だな」
「戦争に現実以外のなにがあるか?」
「幻想。
小さな幻想は小さな事態についての楽観的予想。
うまくいくことを前提に話をすすめる。
それを積み重ねると大東亜共栄圏のような大きな幻想ができる。
当事者は幻想とわかっていても国民は信じてしまう。
秘密兵器で一気に戦局をひっくり返すという噂が終焉直前まであった」