ロック探偵のMY GENERATION

ミステリー作家(?)が、作品の内容や活動を紹介。
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DEEP PURPLE, "Burn"

2024-09-17 22:24:20 | 音楽批評


先日、クーラ・シェイカーの記事でHushという曲が出てきました。
これがディープ・パープルのデビュー曲でもあったということなんですが……ふと、そういえばこのブログでディープ・パープルについて書いたことがなかったなということに気がつきました。
だいたいこのブログの音楽記事ではロック史上に名を残した超大物アーティストをとりあげていて、主要なところはかなり抑えてるんじゃないかと思ってたんですが……意外にも、ディープ・パープルについての記事を書いたことは(
おそらく)なかったのです。
ディープ・パープルといえば、今年はいろいろと話題もありました。ということで、この機に記事を一つ書いておこうかと思います。


今さら説明するまでもないでしょうが、ディープ・パープルは英国のハードロックバンド。
1960年代に活動を開始した当初はオルガン主体のサイケデリック系ロックをやっていたのが、やがてハードロック路線に転向。ロックがその後細分化していくなかで、ハードロックというジャンルを確立するのに貢献したバンドの一つといえるでしょう。それから半世紀上にわたって、断続的ながら活動してきたレジェンドです。


今年の話題といえば、新譜の発表というのが挙げられるでしょう。
『=1』というアルバムを発表しています。
その中の一曲 Lazy Sod です。

Deep Purple - Lazy Sod (Official Music Video) | '=1' OUT NOW!

あらためて調べてみると、3年ぶりのニューアルバムとのこと。
3年前にも出してたんだ……というのが正直な感想です。ファンの方には失礼ながら、もはや新作を出してもあまり注目されない状態になっていることは否定できないでしょう。
ただ、今回は、新ギタリストにサイモン・マクブライドを迎えての最初のアルバムということで、いくらか注目されているようでもあります。
先代ギタリストのスティーヴ・モーズ、私は嫌いじゃないんですが、まあちょっとバンドとして惰性でやってるような感じになってた部分は否めないのかな、と……そこに、平均年齢からすれば若手といえるギタリストを迎えたことで、また新陳代謝も期待できるんじゃないでしょうか。


さらに、今年はもう一つ大きな話題として、イエスとの対バンツアーというのもありました。
イエスといえば、かつてフェスのトリの座をめぐってもめた挙句に機材爆破事件を起こしたという因縁もありますが……それも、今ではよき思い出といったところでしょうか。


しかしながら……どうも、ディープ・パープルのこうした活動はいまひとつぱっとしない気もします。

メンバー的には、決して悪くありません。
現在の第10期(!)ラインナップは、初期メンこそイアン・ペイス一人しか残っていませんが、イアン・ギランとロジャー・グローヴァーがいて、メンバーの半分以上は、全盛期といってよいであろう第二期のメンツをそろえています。
にもかかわらず、高揚感に欠けるというか……「あのディープ・パープルが新譜を! イエスと対バンを!」というふうになかなかなってこないのです。
それは、看板をはれるスターの不在というところでしょう。
歴代メンバーのなかでその筆頭にあげられるのは、もちろんリッチー・ブラックモアですが、ほかにあるいはグレン・ヒューズであるとか、デヴィッド・カヴァデイル、いればそれなりに重みをもったであろうジョン・ロードとか……ジョン・ロードはすでに世を去り、グレン・ヒューズはディープ・パープルに絶縁状を叩きつけているということがあるわけですが、リッチー・ブラックモアはどうなのか、と。リッチー・ブラックモアが参加してのツアーということになれば、もっと大きく盛り上がってたと思うんですが……
この点に関しては、ブラックモア自身はディープ・パープルでもう一度やりたいという気持ちはあるといいます。
しかし、十数年前にグレン・ヒューズら第三期メンバーがブラックモアに復帰の話をもちかけようとしたものの、連絡がとれずに頓挫したとか……結局、やる気があるのかないのか、どうもはっきりしないのです。そのヒューズも、現行ディープ・パープルのメンバー、特にイアン・ギランとはかなり仲が悪いらしく、先述したように絶縁状態にあります。こんなふうにメンバー同士が仲が悪いのも、それはそれでロックかもしれませんが……しかし、あのガンズ&ローゼズでオリジナルラインナップが復活し、今またオアシス再結成ということがあるわけですから、リッチー・ブラックモアがディープ・パープルに復帰するぐらいのことはあってもおかしくないんじゃないかと。
残された時間は、決して多くはありません。ディープ・パープルというバンドが、最後にもう一度伝説を作るか……注視したいと思います。

……せっかくなので、ついでに動画をいくつか。

フリートウッド・マックのカバー Oh Well。

DEEP PURPLE "Oh Well”


代表曲といえば、これでしょう。
Smoke on the Water。

Deep Purple - Smoke on the Water (from Come Hell or High Water)


ローリング・ストーンズのカバー、「黒く塗れ!」。

Deep Purple - Paint It Black (from Come Hell or High Water)


クーラ・シェイカーもカバーしたデビュー曲 Hush。

この動画は、ジョン・ロードのトリビュート・イベントでの演奏。
ディープ・パープル・ファミリーとしてイアン・ペイス、ドン・エイリーが参加し、アイアンメイデンのブルース・ディキンソン、モーターヘッドのフィル・キャンベル、イエスのリック・ウェイクマンなど豪華なミュージシャンをゲストに迎えています。

DEEP PURPLE "Hush" (HD official) from "Celebrating Jon Lord"

リック・ウェイクマンを意識してか、途中でイエスのRoundabout を忍ばせるという遊び心をみせます。爆破事件の因縁がここでも……というところです。


そして最後に、同じイベントからBurn。
これも、Smoke on the Water と並ぶ代表曲でしょう。ウェイクマンやディキンソンは引き続き参加。さらにここでは、グレン・ヒューズも登場します。

Celebrating Jon Lord - The Rock Legend "Burn"



Kula Shaker - Rational Man

2024-09-04 21:36:28 | 音楽批評


前回記事で、オアシスについて書きました。

オアシス再結成の余波は、まだ業界をざわつかせているようですが……ブリットポップ系のバンドの再結成ということで、ふと、Kula Shaker というバンドのことを思い出しました。
そんなわけで、今回のテーマはクーラ・シェイカーです。


細かく区分すると、クーラ・シェイカーはポスト―ブリットポップというふうに分類されることもあるようです。

前回書いたように、オアシスのBe Here Now がバブル崩壊の引き金になったということで、90年代後半にブリットポップは失速。そして、それ以降に台頭してきたアーティストをポスト―ブリットポップと呼んで区別する見方もあります。
このへんの線引きは難しいところですが……たとえばトラヴィスやキーンといったバンドがそこに含まれます。また、もっと前からやってはいたけれど、ブリットポップ全盛のころにはそこまでヒットせず、90年代後半ぐらいから頭角を現してきたバンド……ということで、レディオヘッドやヴァーヴを含めたりもするんだとか。
レディオヘッドということで考えると、内省的な側面というか、ちょっと深いことをいう、難解なロックという部分に焦点があたっているのかなとも思えます。そういうところが、ブリットポップには欠けていたんじゃないか、逆にブラーなんかは、そういうところがもともとあったから、ブリットポップが停滞していっても凋落せずに活動を続けることができたんじゃないか……そんなことも考えます。

で、このポスト―ブリットポップ期を代表するバンドの一つが、クーラ・シェイカーです。

非常に個性的なバンドであり、曲によっては、これはブリットポップに含まれるのかと思わされるものもあり、一歩間違えればキワモノ扱いされかねない部分もあるんですが……世の中には、このクーラ・シェイカーこそがセカンド・サマー・オブ・ラブの直系であると評する人もいます。
たしかに、そうかもしれません。そしてそうだとするならば、はるか60年代のサマー・オブ・ラブにまで連なる、ロックンロールの本流に位置しているともいえるのではないでしょうか。

それを象徴する一曲が、Hush。

Kula Shaker - Hush (Official UK video)

60年代に発表された曲のカバーです。
そのあたりに詳しい人ならご存じのとおり、あのディープ・パープルのデビュー曲でもあります。初期のディープ・パープルはオルガン主体のサイケデリックバンドで、この曲をカバーしてデビュー……というふうに、ロック史において重要な一曲なのです。



クーラ・シェイカーといえば、その特徴としてよく指摘されるのは、ジミヘンの影響を色濃く感じさせるギター、そして、なんといってもインド神話の影響を強く受けた世界観、そこからくる濃厚なサイケデリック臭……ということになるでしょう。

たとえば、Govindaという曲があります。

Kula Shaker - Govinda

ジョージ・ハリスンに同タイトルの曲があります。カバーではありませんが、同じインドの神様を基にしているということです。ハリスンのGovindaは、かの浅川マキがカバーしていたりもします。そういう目のつけどころが、クーラ・シェイカーはやはり凡百のバンドと一線を画しているのです。



厳密にいえば、クーラ・シェイカーが出てきたのはブリットポップの末期であり、デビューアルバム『K』は、ブリットポップの波に乗って大ヒットしたとも評されます。そして、セカンドアルバムはそれほどの成績をあげられず、99年にバンドは解散……そう考えると、失速したブリットポップの側のバンドなのではないかとも思えます。
キーボードのジェイ・ダーリントンがオアシスのサポートをやっていたりもして、そういうところからも、前期ブリットポップの側のバンドとみなされるかもしれません。

しかし、クーラ・シェイカーは2005年に再結成しています。

オアシスが再結成に15年かかったのとは対照的です。
そこは単純にかかった時間で測れるものでもないでしょうが……あるいは、クーラ・シェイカーの場合、ブリットポップ失速の影響を受けはしたけれど、それほどのダメージは受けていなかったんじゃないかと。
比較対象として、同じぐらいの時期にデビューして大ヒットし、同じような経緯で解散したエラスティカというバンドがあるんですが、そちらのほうは今にいたるまで再結成していません。両者を比べてみると、そこには何か差があるとも思えます。
その差がなにかと考えたら、それはやはり、クーラ・シェイカーというバンドに一過性のブームではない何かがあったということなんでしょう。60年代のサマー・オブ・ラブにまでさかのぼるロックンロールの歴史を踏まえているというか……このブログでは、ロックンロールのグレートスピリッツということをよくいってますが、まさにそこに接続しているということです。

再結成バンドは、ライブはやるけど新譜は出さないというようになることもよくありますが、クーラ・シェイカーは再結成以来新譜も発表してきました。
今年も、新作を発表しています。
そのなかの一曲、Rational Man の動画を。

Kula Shaker - Rational Man (Official Visualiser)

この曲が収録されているのは、アルバムではなく両A面のシングルで、タイトルはPEACE WHEEL。そのタイトルが示すとおり、平和をテーマにしています。まさに、ラブ&ピースということであり、それがロックンロールのグレートスピリッツということなのです。そういう普遍的なテーマを根底に据えているからこそ、クーラ・シェイカーは一時のブームで消え去ることなく活動し続けているんじゃないでしょうか。



Oasis - Whatever

2024-08-31 21:05:03 | 音楽批評

オアシスが再結成を発表しました。

ギャラガー兄弟の仲の悪さから、絶対にないだろうといわれていた再結成……しかしこれが、デビュー30周年、解散から15年という節目に実現しそうなのです。


オアシスといえば、いわゆるブリットポップを代表するバンド。

その前にマンチェスター・ムーブメントというのがあって、そのマッドチェスターの熱狂が去り、荒廃したマンチェスターから登場したバンド……というふうにいわれます。ノエル・ギャラガーは、マッドチェスターを代表するバンドの一つ、インスパイラル・カーペッツのローディをやっていたことがあて、マッドチェスターとは直に接続している部分もあります。

代表曲というといくつか候補が浮かびますが、まあたいてい挙げられるのは、Don't Look Back in Anger か、Whatever でしょう。
ここでは、Whatever のほうを。

Oasis - Whatever (Official Video)

Whatever というのは、90年代のロックを象徴するような単語だということをいつかこのブログで書きました。他人の言動を意に介さないという宣言、非妥協的態度の表明……ニルヴァーナは、どうにでもしろ、知ったことじゃねえという捨て鉢な態度としてこの言葉を使いましたが、オアシスのWhatever はもっとポジティブです。きみはいつも他人の望むように物事を見ようとしているけど、きみが何をしようと、何をいおうとまったく問題ないんだ……といったことがそこでは歌われていました。
しかし、その歌詞とは裏腹に、オアシスは時代の寵児としてのイメージを背負わされることになります。
ムーブメントをけん引したアーティストの宿命というやつで、ブリットポップの旗印がオアシスにはついてまわります。Whateverでは、「何を選ぼうが僕の自由だ/歌いたけりゃブルースだって歌うさ」と歌われますが、ブリットポップの旗印はそれを許してはくれません。そして、ムーブメントが終焉すると、その旗印はある種の十字架のようになるのです。
オアシスの解体も、結局その十字架のゆえではなかったかと私は思っています。
先述したマッドチェスターとのつながりというのもそうですが、時代の旗手となったがゆえに、UKロック史の文脈のようなことを否応なしに背負わされてしまうわけです。リンゴ・スターの息子がサポートでドラムを叩いている、しかもフーとのかけもちで……なんていうのも、その一環でしょう。そうして文脈を背負わされるがゆえに、ブラーとのチャート決戦といったような話も出てきます。まわりが過剰に煽り立てていくわけです(実際にライバル視はしていたようですが)。
結局、そうしてブリットポップという時代を背負わされていたがために、ブームが終焉を迎えた後にもその旗手であったことが暗い影のようについてきます。これもまたムーブメントをけん引したアーティストの宿命で、それが、本人たちにも名状しがたいもやもやとして残り続けるんじゃないかと私は想像しています。
オアシスの場合、アルバムBe Here Nowが“失敗作”と酷評され、それが一種のバブル状態になっていたブリットポップを終息させるきっかけにもなった、いうなればバブル崩壊を引き起こす原因となった、とされているだけに、本人たちにも相当なしこりが残っていたと思われます。オアシス自体はブームが終焉しても大物バンドとして活動を継続していけるだけのポピュラリティを確立していましたが、ブームの終焉で消えていった者たちは数多いて、彼らの亡霊みたいなものがのしかかってくるのをギャラガー兄弟も感じていたんじゃないでしょうか。それが解散劇にまで影を落としている……というのは、決してうがった見方ではないと私は思ってます。直接の原因は兄弟喧嘩ですが、あの兄弟の仲が悪いのは昔からであって、あのタイミングで解散となったのは、もういい加減このへんでいいだろという感覚があったためだと思われるのです。
 
今回オアシスが再結成したというのは、解散から10年以上の時を経て、ようやく時代の文脈云々というところから解放されたということなんじゃないでしょうか。何になろうが、何を選ぼうが自由なんだ……時代のくびきから解放されたことで、真にそういえるようになったのではないかと。
そのへんは、前世代のマッドチェスターをけん引したストーンローゼズと通ずるところがあるでしょう。ローゼズも、今回のオアシスと同様、やはり解散から15年後に再結成しました。ムーブメントの記憶が消化され、歴史の一ページとして相対化、客観視されるようになるにはそれぐらいの時間がかかるということなんでしょう。
逆にいえば、そういう時代性云々を抜きにして評価されるときがようやく来たということです。
オアシスというバンドがその真価を試されることになるわけです。もっとも、それ以前に、本当に再結成してのツアーを最後までやりおおせるのかという問題がありますが……




Sepultura, Guardians of Earth

2024-05-12 22:03:58 | 音楽批評


今回は、ひさびさに音楽記事です。

前回、過去記事ということで、スリップノットについて書きました。
ジェイ・ワインバーグ脱退後にスリップノットに新ドラマーとして加入したのが、セパルトゥラのエロイ・カサグランデだったということなんですが……そこで名前が出てきたついでということで、今回のテーマは、セパルトゥラです。


セパルトゥラは、ブラジルのメタルバンドです。

前回の記事で書いたとおり、活動終了を決定し、フェアウェルツアーに臨むところです。
近年、大物アーティストでそういう話がよくあるわけなんですが……しかし、セパルトゥラの場合、そんなに高齢のバンドというわけではありません。結成は1984年。メンバーチェンジで若返ったりもしていて、現ボーカルのデリック・グリーンはまだ50歳ぐらい。年齢的な問題で引退ということではないでしょう。カサグランデの脱退はフェアウェルツアーのリハが始まる3日前だったといいますが、そういったところから考えると、バンド内に何かごたごたがあって結束を保てない状態だったのかとも思われます。まあ、推測の域を出ませんが……


このセパルトゥラというバンド、なかなか私の琴線にひっかかるものがありました。
ツボをおさえているというか……そういうところがあるのです。
それゆえに、グローバルなメタルソサエティでリスペクトを受けてもいるようです。
それを示すのが、コロナ禍に行っていたSepalquarta という企画。
ゲストを迎えて過去に発表した曲を再録するという企画なんですが、ここに参加しているゲストたちが非常に豪華なのです。以下、いくつか例をあげましょう。


このときはまだメガデスにいたデヴィッド・エレフソンを迎えて。

Sepultura - Territory (feat. David Ellefson - Megadeth & Metal Allegiance)

エレフソンのシャツに日本語で「ロックンロール」と書いてあるのが気になりますが……


モーターヘッドのフィル・キャンベルを迎えて。

Sepultura - Orgasmatron (feat. Phil Campbell | Live Quarantine Version)

レミー・キルミスターがプリントされたクッションが泣かせます。


アンスラックスのイアン・スコットを迎えて。

Sepultura - Cut-throat (feat. Scott Ian - Anthrax - live playthrough | June 17, 2020)

モーターヘッド、メガデス、アンスラックス……いずれも、このブログで真にリアルなメタルバンドとして取り上げてきました。こうした顔ぶれから、セパルトゥラというバンドがワールドワイドな存在であるということだけでなく、信頼に値するアーティストであることが伝わってくるのです。


もう一曲、Trivium のマット・ヒーフィを迎えたSlave New World。

Sepultura - Slave New World (feat. Matt Heafy - Trivium)

おそらくこのタイトルは、Brave New World のもじりでしょう。シェイクスピア劇からの引用で、ハクスリーが書いたディストピア小説のタイトル。それをモチーフにして、アイアン・メイデンやモーターヘッドといった名だたるメタルバンドが曲を作っているというのをこのブログでは紹介してきました。
セパルトゥラは、彼ら一流のセンスで、それを Slave New World=“奴隷たちの新世界”として歌ったわけです。こういうところが、つまりは「ツボをおさえている」ということなのです。


ちなみに、マット・ヒーフィはミドルネームを“キイチ”といい、日本出身のミュージシャンです。生まれは山口県岩国市。
ここで日系の人とコラボしたのはたまたまかもしれませんが……しかしセパルトゥラは、日本に浅からぬ関心をもっているようなふうもあります。

たとえば、日本の和太鼓を取り入れた曲があったりします。
日本の和太鼓集団「鼓童」とコラボした「かまいたち」です。

Kamaitachi


そして、日本への関心ということでは、こんな曲もありました。
Biotech Is Godzilla。ゴジラソングということで、このブログとしてははずすことができません。

Biotech Is Godzilla

どういう経緯でかはちょっとよくわからないんですが、この曲はデッド・ケネディーズのジェロ・ビアフラが制作に加わっているらしいです。
デッド・ケネディーズといえば、パンク/ハードコアの方面でアメリカ代表ともいうべき存在。先述した大物メタルバンドだけでなく、デッド・ケネディーズまでがからんでくる。いかにセパルトゥラがすごい奴らであるかが伝わってこようというものです。

スラッシュメタルのシニシズムと、パンクのラディカリズム……そこに通底する透徹した目。そして彼らは、突き放すシニシズムだけではなく、闘争するアティチュードももっています。
そんな彼らのスタンスが凝縮されたような一曲がGuardians of Earth です。

Sepultura - Guardians of Earth (Official Music Video)

「地球の守護者」というこの歌は、アマゾンの森林破壊を告発する内容。ブラジルのバンドである彼らだからこそでしょう。
MVは、まるでレイジ・アゲンスト・ザ・マシーンを彷彿させるようなものに仕上がっています。時代を超え、ジャンルを超え、国境を超えるスピリッツ……セパルトゥラは活動を終了しますが、そのスピリッツが消えることはないでしょう。



Tom Waits, Ol'55

2023-12-06 20:56:02 | 音楽批評


今回は音楽記事です。

最近大物バンドのフェアウェルツアーという話がたくさんあって、そのなかで「爺さんたちのポンコツ道中」なんてことをいいましたが……そんなことを書いていて、トム・ウェイツのOl'55という曲を思い起こしました。

実はトム・ウェイツも今年でデビュー50周年であり、Ol'55が収録されているデビュー・アルバム『クロージング・タイム』は今年で50周年を迎える名盤ということになります。
そのシリーズの流れにも乗っているということで、今回はトム・ウェイツについて書こうと思います。


フェアウェルツアーをやっている、あるいはやっていたバンドというのがいくつかあるわけですが、なかでもとりわけ、イーグルスがかかわってきます。
というのも、このOl’55はイーグルスがカバーしていて、彼らの代表曲の一つともなっているのです。
そのイーグルスバージョンを載せておきましょう。

Ol' 55


トム・ウェイツは、アイルランド出身のシンガーソングライター。
その独特なしわがれ声と音楽世界は強烈な個性を持ち、“酔いどれ詩人”の異名をとっています。一般的な知名度はあまりないと思われますが、いわゆるミュージシャンズミュージシャン的な存在で、ミュージシャンの間では強くリスペクトされています。
このブログで今年登場してきたアーティストを中心に、それらの例をいくつか挙げてみましょう。


ラモーンズ。
ラモーンズがトム・ウェイツの I Don't Wanna Grow Up という曲をカバーし、トム・ウェイツもまたラモーンズのトリビュートアルバムに参加しているという話を書きました。その記事ではトム・ウェイツのオリジナルバージョンを載せていましたが、ここでラモーンズのカバーバージョンも載せておきましょう。

Ramones - "I Don't Wanna Grow Up" - Hey Ho Let's Go Anthology Disc 2

ブルース・スプリングスティーン。
今年デビュー50周年で“同期”にあたるスプリングスティーンも、トム・ウェイツへの強いリスペクトを表明しています。
ライブでトム・ウェイツのJersey Girl をカバーした音源がありました。

Jersey Girl (Live at Giants Stadium, E. Rutherford, NJ - 8/22/1985)

ロッド・スチュワート。
彼も、トム・ウェイツの曲をいくつかカバーしています。同じ“酔いどれ系”のよしみもあるかもしれません。
そのなかからDowntown Train の動画を。

Rod Stewart - Downtown Train (Official Video)  

スティーヴ・ヴァイ。
ヴァイは、トム・ウェイツとのコラボを熱望しているということです。
そのために、John the Revelator という曲をレコーディング。

Steve Vai : John The Revelator / Book Of The Seven Seals

トラディショナル的な曲ですが、このデモ音源をトム・ウェイツに送ってコラボを打診したそうです。
しかし、トム・ウェイツの返事はノー。
これはヴァイがどうこうというよりも、基本的にトム・ウェイツはほかのアーティストとのコラボといったことはしないようです。まあ、とはいえ、スティーヴ・ヴァイとトム・ウェイツというのはイメージとして結びつきがたいところはありますが……ただし、ヴァイへのアンサーという意味合いもあってか、トム・ウェイツも同じ曲のカバーを後に発表しています。

Tom Waits - "John The Revelator"


ここで、日本に関する話題を一つ。

今年の10月、新宿で「第一回トム・ウェイツさんと酔いどれる会」というものが行われたそうです。
本人が来たわけではありませんが、音楽評論家の萩原健太さんなどを迎えて、トム・ウェイツの曲を聴きながら酔いどれるという……遠い日本でそんなことが行われるぐらい、トム・ウェイツは世界的なアーティストなのです。

そんなわけで、もう少しトム・ウェイツのカバーを列挙してみましょう。

ロバート・プラントとアリソン・クラウスによる Trampled Rose。

Robert Plant & Alison Krauss - "Trampled Rose"

ジョーン・バエズによるDay After Tomorrow。
バエズは、世代的にはトム・ウェイツよりもちょっと前の人ですが、そういう人にもリスペクトされているのです。

Day After Tomorrow

エルヴィス・コステロによる「夢見る頃はいつも」。
トム・ウェイツの代表曲の一つです。

Innocent When You Dream

ウィリー・ネルソンによる Picture in a Frame。
ウィリー・ネルソンといえば、トム・ウェイツよりも数世代前の、もはや神話上の人物ともいえるブルースの巨匠。そんな人も、こうやってトム・ウェイツをカバーするのです。

Picture In A Frame

今年亡くなったジェーン・バーキンもトム・ウェイツの曲をカバーしていました。

Alice
 
女声でもう一曲、ノラ・ジョーンズによる The Long Way Home。
この雰囲気は、トム・ウェイツ本人に近いものがあるかもしれません。

Norah Jones-The Long Way Home


ここで、アルバム『クロージング・タイム』について。
『クロージング・タイム』は今年50周年ということで、その他の50周年名盤と同様、やはり再発盤が出ています。(それにくわえて、アルバムタイトルにひっかけて、アルバムジャケットを使った「閉店/開店お知らせボード」なんてものも売られているんだとか)。
このアルバムのときはまだデビュー当初で、後の時代ほど声がしわがれてはいませんが、独特の雰囲気はすでに醸し出されています。場末の酒場感というか……まさに、酔いどれ詩人の世界です。
で、アルバムの一曲目に収録されているのがOl'55です。
55年型の古い車に乗って、暁のハイウェイを走るという歌……そこに、時流に流されずに自分自身の道を行くというような姿勢を読み取ることもできるかもしれません。
ここで、本人バージョンの音源も載せておきましょう。
1999年のパフォーマンスということで、声はもうかなりしわがれています。

Tom Waits - Ol' 55 (Live on VH1 Story Tellers, 1999)


トム・ウェイツといえば、今年はアイランドレコード時代のアルバム5作品がデジタルリマスターで再発ということもありました。

そのなかには、名盤と名高い『Rain Dogs』も含まれています。
このアルバムには、ローリング・ストーンズのキース・リチャーズが参加していました。このこともまたトム・ウェイツがミュージシャンの間でリスペクトされている証でしょうが、さらに本作は、後のUKロックにおける超大物にインスピレーションを与えてもいます。
その大物とは、レディオヘッドのトム・ヨーク。
当時17歳の少年だったトム・ヨークはこのアルバムにすっかり魅了され、「トム・ウェイツは、1985年に本物であろうとする何よりも、はるかに本物に感じられるダークさとユーモアを持ったキャラクターを演じていた 」と語っています。
ウィリー・ネルソンから、トム・ヨークまで……トム・ウェイツをリスペクトするアーティストは実に幅広く、それでいて、そこには通底する何かがたしかにあります。
そう……トム・ウェイツは、たしかに本物なのです。

最後にもう一曲、Tori Amos によるカバーで、Time。

Time

 マチルダは尋ねる
 “これは夢? それとも祈り?”

  俺が戻ってくるまで
  バイオリン弾きにはひまをやってくれ

  時がたてば、どんな夢にも聖者が宿るのさ……

この詩情に酔いどれてください。