ロック探偵のMY GENERATION

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イーグルス『ホテル・カリフォルニア』

2017-09-06 18:35:32 | 音楽批評

 

このブログでは、いつもは拙著『ホテル・カリフォルニアの殺人』について書いていますが、今回は、作品のモチーフになっているイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」について書こうと思います。

いわずと知れた名曲ですね。

この曲はイーグルスの代表曲で、1976年の発表。
それからおよそ40年が経った今でも、ラジオなどを聴いていると時々流れてくるロック史上に残る名曲ですが、その歌詞が鋭いアメリカ批評になっていることでも知られます。
イーグルスのメンバーらはヒッピー的な価値観を根底に持っていて、それが作品にあらわれているわけですね。

曲は、神秘的なアルペジオのイントロではじまります。
マイナースケールを基調とした調べからは、荒涼とした砂漠の景色が浮かんでくるようです。

そして、このおよそ1分ほどもある長いイントロの後に、歌が入ってきます。
ドン・ヘンリーのハスキーボイスが、この曲調によく合っていますね。

ちなみに、後ろでツッチャカ、ツッチャカ、刻むようなギターの音が入っていますが、これはレゲエを意識しているそうです。
70年代当時、レゲエが一種のブームになっていて、イーグルスもそれを取り入れました。そんな背景もあって、この曲は製作中「メキシカン・レゲエ」という仮タイトルで呼ばれていたそうです。もっとも、あまりレゲエのようには聞こえませんが……


はじめに歌われるのは、砂漠をさすらっていた旅人が、ホテルを見つけてそこに一夜の宿を借りるまで。この部分は純粋にストーリー的な描写で、アメリカ批判と評される歌詞が出てくるのは、主に2コーラス目から。

そこでは、ホテル・カリフォルニアの退廃的な情景が歌われます。

ティファニーにいかれた女は、メルセデスベンツを持っていて、たくさんの男たちに囲まれている。彼らは、踊りに明け暮れてる……
このあたりの詞は、まさに享楽的な物質文明への批判になってます。それは、この後にくる有名な歌詞でもっとも顕著です。

 俺は館主を呼んだ
 “ワインをもってきてくれないか”
 彼はいった
 “私たちは、1969年以来そういったスピリッツを扱っておりません”

一般的な解釈として、ここでいう spirit というのは、“酒類”という意味と“精神”という意味がかけられているといわれます(もっとも、アルコールの厳密な分類では、ワインは“スピリッツ”に含まれないそうですが)。
そうすると、館主のせりふは、「私たちは、1969年以来そういった精神を持っていません」という意味にとれます。
1960年代の公民権運動に代表される社会運動が終焉し、政治の季節から経済の季節へ移り替わっていく……そんななかで、精神性が失われていくことへの嘆きがその根底にあるのです。ロック業界が商業主義に走っていることへの批判とも解されますが、私は、もっと幅広く社会全体への批判ととらえています。

そのように考えると、この歌の舞台がカリフォルニアであることは、そこが単に彼らの活動拠点でああったという以上の重要な意味をもってきます。
カリフォルニアはアメリカの西端であり、フロンティアが終焉した地です。
また、英語のCalifornia という言葉は、かつては“夢のような素晴らしい場所”といったような意味で使われていたこともあるそうです。
そこにむかって進んでいけば、きっと素晴らしい何かが待っている――アメリカの歴史のなかで、カリフォルニアという場所はそういう位置づけにあったわけです。
ところが、実際にカリフォルニアまで開発が進み、フロンティアが消滅し、それから振り返ってみると、矛盾ばかりが目につくようになり、“アメリカン・ドリーム”の虚構があらわになってきた。
イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」の根底にも、そういう問題意識があると思えます。
この歌は、ホテル・カリフォルニアの虚構を歌うことによって、フロンティア精神、アメリカンドリームといった言葉の欺瞞を鋭くついているのです。
この歌が発表された1976年というのは、アメリカの独立200周年にあたるわけですが、これも偶然ではないでしょう。


歌の最後で、主人公はホテル・カリフォルニアからの脱出を試みます。

 前にいた場所へ戻る道を見つけなけりゃならなかった

という歌詞は、物質文明、拝金主義に堕してしまったアメリカを嘆き、自由や平等といった理念を取り戻そうというメッセージに聴こえます。
しかし、そんな主人公に対して、夜警は冷たくいいます。

 落ち着きなさい
 私たちはみな、すべてを受け入れるよう定められているのです
 いつでもお好きなときにチェックアウトしてかまいませんが
 あなたは決してここから出ることはできないのですよ……

この絶望的な言葉で、歌は終わり。
そこからは後奏に入り、重厚なギターアンサンブルとともに、深い余韻を残しながら曲はフェードアウトしていきます。
しかし、アメリカの夢(あるいは悪夢)は終わりません。曲がフェードアウトした後も、亡霊たちは踊り続けるのです。ホテル・カリフォルニアという幻影のなかで……