ロック探偵のMY GENERATION

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石橋湛山に学べ

2020-08-19 19:41:59 | 時事


安倍総理の検診が波紋を呼んでいます。

健康に問題があるなら職を辞すべきという意見が一方にありますが、それに対して総理を擁護する反論もあります。

たとえば乙武洋匡さんの次のようなツイートがあります。

  「たいして働いてないだろ」
 「休みたいなら辞職しろ」
  「そのままずっと休んでろ」

  この国でブラック企業がなくならない理由がよくわかった気がする…。 どんなに政治思想が相容れなくても、体調が悪いときに浴びせるべき言葉ではないかな


しかし、これはちょっと筋が違う気がします。

なにしろ総理大臣というのは、一国の命運を左右する立場です。
一般の労働者と同じようには考えられないでしょう。



かつて自民党に、石橋湛山という総理大臣がいました。

この人は現行憲法下では歴代二番目に在任期間が短いのですが、それは彼が、就任直後に脳梗塞を患ったためです。
病身では、十分に総理大臣としての職責を果たすことができない。だから退くということで、退任したのです。


総理大臣として責任ある態度とは、そういうことだと思います。

もう少し補足すると、石橋湛山は戦前ジャーナリストをやっていて、昭和5年に銃撃事件に遭った浜口雄幸が辞任しなかったことを批判していました。
浜口雄幸は、テロによって瀕死の重傷を負い、その半年後に命を落とすわけですが……それまでは総理の座にとどまっていました。このことを、石橋湛山は批判していたのです。銃撃テロに遭った政治家に職を辞すよう求めるというのは、厳しい意見です。そういう批判をしていた以上、自分が病身で総理の座にとどまり続けることは許されない――と、湛山は考えたのでしょう。

他人を批判する以上、その基準は当然自身にもむけられるべき――潔い態度といえます。

さらにいうと、石橋湛山が自民党総裁になったときの総裁選は、岸信介との一騎打ちでした。
人も知るとおり、岸信介は現総理の祖父にあたります。
この岸信介が総理総裁の椅子を狙って運動していて、一回目の投票ではトップとなり、湛山との決選投票となります。それを受けて、「こいつだけは総理にしてはいけない」という危機感をもった当時の良識ある自民党政治家たちが“反・岸連合”を形成しました。
その結果として湛山が勝利するわけですが、先述したとおり、彼はわずか二か月ほどで職を辞します。そしてその後、岸信介が総理大臣となるわけです。歴史のいたずらというか……実に残念な成り行きでした。

ひるがえって、現代です。

繰り返しますが、健康上の問題があるのなら、総理大臣という立場から身を引くのが責任のある態度でしょう。
平時ならともかく、このコロナ禍で、GDPは過去最悪の落ち込みという状況です。もっとも指導力を発揮すべきときにそれができないのであれば、潔く自ら退くべきです。

最後に、「石橋湛山記念財団」のウェブサイトに掲載されている石橋湛山の言葉を引用しておきましょう。これもまた、現代の政界に通用する鋭いメッセージです。


《私が、今の政治家諸君を見て一番痛感するのは、『自分』が欠けているという点である。『自分』とはみずからの信念だ。自分の信ずるところに従って行動するという大事な点を忘れ、まるで他人の道具になりさがってしまっている人が多い。政治の堕落といわれるものの大部分はこれに起因すると思う。
政治家にはいろいろなタイプの人がいるが、最もつまらないタイプは自分の考えを持たない政治家だ。金を集めるのが上手で、また大勢の子分をかかえているというだけで、有力な政治家となっている人が多いが、これは本当の政治家とは言えない。
政治家が自己の信念を持たなくなった理由はいろいろあろうが、要するに選挙に勝つためとか、よい地位を得るとか、あまりにも目先のことばかりに気をとられすぎるからではないだろうか。派閥のためにのみ働き、自分の親分の言う事には盲従するというように、今の人たちはあまりに弱すぎる。
たとえば、選挙民に対する態度にしてもそうである。選挙区の面倒をみたり、陳情を受けつぐために走り回る。政治家としてのエネルギーの大半を、このようなところに注いでいる人が多過ぎる。》